64.手紙〜憂慮
『エルディーザ・オルナド・バーリク伯爵様
唐突にこのような手紙を送りましたこと、お許し頂きたく思います。
私がこのような強引なやり方を行いましたのも、この度皇帝陛下がお迎えになられた皇妃様の事についてお聞きしたいことがあったからなのです。
いえ、お聞きしたいと言うよりも、聞いて頂きたい、と言ったほうが正しいでしょうね……。
先日、皇妃様主催の晩餐会にご招待頂きました。
それ以前にも、お茶会に幾度か参加させて頂いておりましたが、あの方が主催される会はいつも心尽くしの心地良いものです。
ところが、多くの方々はそう思われないようです。きっとお持ちになっている貴族としての矜持が邪魔をして、素晴らしい会であることを認め難いのでしょうね。
恥ずかしながら、私の夫もその一人で、晩餐会では皇妃様へ酷い言葉ばかり言い放っておりました。そんな夫を諌められない私自身も、恥ずかしくてなりません。
けれどあの方、フェリシエ様は、いつも穏やかな笑顔でそれを躱されます。むしろ、夫のどんな酷い言葉も受け入れて下さると言うべきでしょう。
夫はフェリシエ様が政治に関わることが厭わしいらしく、「おお、コーレイナ。この方は先だって、救貧院や施療院の創設を議会で提案なされてな。本来ならばもっと時間を掛けて吟味すべきところを押し切って決定してしまわれたのだ。そのご手腕、我らも見習わなければなりませんな」と此れ見よがしに言うのです。
戸惑う私に、フェリシエ様は安心させるような笑みを浮かべて下さって、その笑みのままで夫にこう仰いました。「長年帝国の政治をお支え下さっている公爵にお褒め頂き光栄ですわ。公爵もご存知なように、議会の承認と違って、人の命の時間は待って下さいません。早く創設が決まって、本当に安心致しました」と。
更には、「けれど、急ぎ過ぎたのは事実です。今後はもっと皆様と相談する時間を持ちたいと思います」そう言って下さるのです。
そのご身分を持ってすれば、夫の失礼な発言を咎めることも出来るというのに、あの方は決してそれをなさりません。
いつもきちんと化粧をされて気付き難いですが、あの方はまだ幼さを残されています。まだ十七歳とお聞きしました。私の孫娘よりも年下でいらっしゃいます。
それなのに、あの様な貴族の権謀術数の中で懸命に闘っているように見えるのです。いいえ、実際あの方は闘っていらっしゃるのでしょう。
そんなお姿を見れば見る程、勿論皇帝陛下や教育係の方々のご助力もあるのでしょうが、フェリシエ様は皇妃様に相応しい、素晴らしい資質をお持ちだと思えて止まないのです。
私は、あの方を応援したいと切に願っております。
けれど、夫はフェリシエ様が皇妃様に相応しく無いのだと、声高に主張します。
それを前にして、私はこの想いを吐き出す場所を手に入れられずにいました。
そんな折、オルナド・バーリク伯爵様が皇妃様と接する光景を拝見させて頂く機会に恵まれました。
私見ではございますが、女伯様はフェリシエ様にご好意を抱いていると感じました。
間違っているとしたら、この手紙は私に破滅をもたらすでしょう。良くて別宅に蟄居させられ、最悪の事態ですと離縁されるでしょう。
それでも私はこの手紙を出したくてたまりませんでした!
必死に闘っているフェリシエ様の為に何が出来るのか、私などには全く考えもつきません。
私の実家にも多少の権威がございますが、表立って味方させて頂けば、寧ろあの方を窮地に追い込むのではと、悪い考えばかりが巡ります。
どうか、お知恵を授けては頂けないでしょうか。
コーレイナ・ランダバ』
小さな吐息が、スウリの口からぽろりと零れた。
コーレイナ・ランダバ公爵夫人は、少しふっくらとした老婦人だ。
いつも控えめで、お茶会では、挨拶の後は静かに他の女性たちの会話に耳を傾けている人だ。夫婦で参加する夜会や晩餐会ではランダバ公爵の少し後ろで困ったような微笑みを浮かべている人だった。
度々夫とスウリの二人を心配そうに見ていたことは、気になってはいた。しかし彼女の視線にこんな意味が隠されていたなど、スウリは気が付きもしなかった。
手紙にもある通り、ランダバ公爵夫人が皇妃フェリシエを応援しているなどと知られれば彼女の身は破滅するだろう。
ただでさえ、ランダバ公爵は自分に逆らう者を許さない厳しさで知られている。妻であろうと子であろうと、己に逆らうならば容赦はしない人間なのだ。
次の頁を捲ると、そこにもやはり手紙が貼り付けてあった。
同じ紙、同じサイン。それが何枚か続く。
どれも皇妃フェリシエを案じ、彼女の働きに賞賛の言葉を贈るものばかりだった。時折やらかした彼女の失敗に、手を貸したかった、ともある。
ゆっくりと時間を掛けて読み、再びスウリが頁を捲ると、今度は便箋の色が変わった。別の人物からの手紙のようだ。