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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
58/85

58.機縁〜危機

※暴力的なシーンがあります。

苦手な方はご注意下さい。

 別れを告げて駆け出したルムジの背中を見送ったスウリは、再び市場のある大通りを歩いていた。


 ジャシーファダ地方出身の少年との会話は、彼女の胸の内に強い衝撃をもたらした。


 皇妃フェリシエが界渡りである事が帝国の民に知られている事もそうだが、なにより、話し振りが酷く皇妃に好意的である事が大きかった。


 城での彼女の活動は往々にして批判的に見られ、フェリシエの意見は眉をひそめられる事が多かった。


 彼女とて国中の人間が一律に同じ考えであると思っていた訳では無いが、それでも急すぎる政治の改変は簡単には受け入れられないと割り切って自分を保って来た部分は大きい。


 そういう考えが、逆に城外の人々の考えを受け取る機会を減らしていたのでは無いかと思うと、もどかしい様な恥じ入る様な、そんな気持ちになってしまっていた。


 だからだろう。スウリはぼんやりと『いつも進む』道へと足を踏み入れていた。


 すなわち、クゥセルと一緒にいないと通らない人通りの少ない道へ……。


 路地の角を曲がって、大通りからの視線が行き届かなくなる位置まで進んだところで、スウリは視線の先に人影を捉えた。


 道を塞ぐ様に佇むその男は、黒いお仕着せに身を包んでいる。


 仮面に似ている、貼り付けたような笑みをその顔に浮かべて口を開く。


「ご機嫌麗しく、皇妃様」


 その確信に満ちた声に気がつきながらも、スウリは慎重に答えた。


「……どなたかと、勘違いをなさっておいでではないでしょうか」


 これで引いてくれるなら良し。そうでないのなら、と少し後ずさる。


 黒服の男は少し首を傾けて、笑みを深めた。


「残念ながら勘違いではありませんよ。……貴女が陛下に与える悪影響を懸念されている方々の命を受けました。どうぞ素直にご同道下さい」


 ずい、と男が一歩前に踏み出す。


「勘違いです。と言ったところで納得されないのでしょうね……」


 男の笑みは何も変わらない。


 だから彼女も態度をはっきりさせる事にした。


「では、お断り申し上げます。お帰り下さい」


 再び後ろに下がりながら、スウリは背後に視線を走らせて退路を探した。


 だが、その彼女の視界に影が差した。次いで鼻を突く刺激臭が漂い、良く無いものを感じたスウリはぎゅっと身を縮こまらせる。


 ところが、瞬く間にその刺激臭は彼女の傍から消え去った。それどころか、スウリの上に落ちていた影までもが彼女から遠のいていた。


 驚いて振り向いた先には、先程までスウリの背後にいたと思しき男が地面に引き倒されるという光景が広がっていた。


 どすん、と音を立てて転がったその男は、どうやら襟首を思い切り引っ張られて転がされたようだった。


 男の脇にはその犯人の足がある。


 そしてその足は、真下にある鳩尾に向かって容赦無く振り下ろされた。


 靴の踵による衝撃に、男は「げほっ!」と激しく咳き込んだ。


 その暴力的な行為に、スウリは思わず目を逸らしてしまった。縮こまらせた肩を左手でぎゅっと握る。


「貴方様は……っ」


 滅多に目にする事の無い荒事に怯えながらも、黒服の男が放った声に激しい動揺を聞き取った彼女は怖々と瞳を開いた。


 視線の先に知っている背中を捉え、スウリは自分の目を疑った。


 その大きな背中の持ち主は冷厳な言葉を放つ。


「お前たちは、自分が何をしているのか理解しているのか?」


「…………っ!」


 スウリに対しては自身が優位であるという姿勢を崩さなかった男が言葉に詰まった。


 だがしかし、主への忠義心か、それとも本人の意思なのか。彼は反論を試みた。


「その方は、貴方様を惑わす事しか致しません! 政治を乱し、国を乱します。どうぞ手放して下さい! ……我々に委ねて頂ければ、決して悪い様には致しません」


 黒服の男の懸命な言葉に対して、スウリの目前に立つ男が口にした答えは短かった。


「不愉快だ。失せろ」


 ぐしゃっと表情を崩すも、躊躇ったのは一瞬。黒服の男はすぐさま踵を返した。


 その背中に、冷たい響きの声が掛けられる。


「邪魔だ。これも連れて行け」


 そう言って、足元にひっくり返っている男を蹴り転がした。まだ脇腹が痛む男は「うぅ……」と呻き声を漏らすが、蹴った本人は表情一つ変えない。


 黒服の男が背後に合図すると、数人の男たちが更に路地裏に現れて、引きずる様にして悶絶している男を連れて行った。


 静かに黒服の男が一礼したのを最後に、彼らは姿を消した。


 そして、彼は振り向いた。


 普段よりずっと簡素な服を着た彼は長い足ですっくとその場に立ち、スウリを見た。


 ぽかん、とした顔で、彼女は呟いていた。


「ノール………………」


 自分の名が呼ばれた事に、ノールディンは驚きを隠せなかった。


 両目を見開いて、それから、彼女が身を縮こまらせたままである事に気がついた。


「……怪我は?」


 その問いに、スウリは未だ膜が掛かった様な状態の頭をぶんぶんと振った。


「そうか」


 安堵した様に目を細めたノールディンは、紛れも無く、彼女の知るその人のようだ。


 瞬きを幾らしても、その姿は消えない。


 驚いている為だろう、上手く働かない頭でスウリは目の前の光景を見続けた。


 そこからは、やたらとゆっくり時間が流れている様に見えた。


 ノールディンが、一歩こちらに歩み寄る。


 それから腕を持ち上げる。その手が伸ばされる先は、スウリの元だろう。


 彼の口が小さく開かれる。


 あ、名前を呼ぼうとしているのだ。


 直感的に、スウリはそう思った。


 そして、脳裏に一つの疑問が浮かんだ。



 ……………………一体、どちらの?



 その瞬間、彼女はびくりと肩を揺らした。


 気がつけば、弾かれた様に駆け出していた。


 ノールディンの横を擦り抜ける。


 スウリに向かって伸びかけていた手は、彼女の袖をかすっただけで、捕まえることは出来なかった。


 慌てて振り向くも、ノールディンに許されたのは、スウリが大通りに飛び出していく姿を見送る事だけだった。


 背後に控えていたハインセルが彼女を追ったが、その小柄な背中はすぐに人々の間に隠れてしまった。


 嘆息して振り返った彼は、路地に立つノールディンに歩み寄った。


「申し訳ありません、見失って……っ」


 彼は言葉に詰まった。


 僅かに俯いた主の姿は、近衛騎士として仕えてきた間で初めて見るものだったのだ。


 ノールディンはそのまま、スウリの袖をかすった手を拳に変えて壁を殴りつけた。


「くそっ!」


「陛下!?」


 思わず、ハインセルはそう呼び掛けてしまっていた。


「御手がっ」


 拳の力が強かったのか、壁が脆かったのか、ぱらぱらと焦げ茶色の欠片が地に落ちた。


「構うな!」


 振り向いた視線の鋭さに、さしものハインセルも一瞬怯んだ。それでも気を取り直した彼は、「しかしお怪我をされては……」と言い募る。


 その時、彼の背後で足音がした。


 軽快な調子で駆けてくるその足音は、明らかにこちらに向かっている。


 さっ、とハインセルはノールディンの前に立ち、剣の柄に手を置いた。









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