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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
47/85

47.悠々〜回顧

「聞いて! ウィシェル!」


 はしゃいだ声をあげるスウリと、野菜の飛び出した籠を抱えたクゥセルが帰って来たのは夕刻だった。


 港湾都市オンドバルの二日目。午前中は滞在先を探す為に三人で街を歩き回った結果、短期でもいいという部屋を借りる事が出来た。家具付きで寝室が二つある、三階の角部屋だ。港街なので、短期滞在型の下宿は多いらしい。


 もちろん台所もある。それを知って、スウリは張り切って食材を買いに出掛けていたのだ。


 いや、正確に言うと、働き口の面接に行った帰りに買い物に行って来たのだ。


「一体どうしたの。面接受かった?」


 ウィシェルが聞くと、スウリは嬉しそうに言った。


「そうなの、面接に受かったの!」


 そしてウィシェルに抱きついてくる。


「凄いわ、あのお店。奥の方に隠すみたいにたくさん本があったのよ!」


 興奮するところが微妙に違う親友にちょっと呆れながら、ウィシェルはその背中を宥める様に叩いてあげる。


「そう。良かったわね」


 ちなみにウィシェルはあっさりと近所の病院に就職が決まっていた。明日から早速仕事だ。


 クゥセルの方はどうだったのかと視線を向けると、彼は抱えていた籠を食卓の上に置いているところだった。


 しげしげとウィシェルが見ているのに、ちっとも目が合わない。彼女の視線を避けている様にも見える。


「ねえ、スウリ。何かあったの?」


 体を離したスウリは首を傾ける。


 しばらく悩んでいたが、「ああ」と何事か思い出して口を開いた。


「そう言えば、私、男の人にお茶に誘われたわ」


 ウィシェルは瞬いた。


 その言葉の意味をしばし考えて、やっと飲み込めた所で叫んだ。


「……どこのどいつに!」


「え? 知らない人」


 きょとんとした顔で言うスウリに、まあそりゃそうだ、とがっくり肩が落ちる。


「お茶に誘われて、どうしたの?」


「しつこくて困っていたら、ビークが助けてくれた、みたい? あの子が何か言ったらさーっといなくなちゃったの。凄いわよね」


「ビーク? ああ、あの生意気な子ね」


 やたらとスウリに懐いていたな、とウィシェルは思い出す。


 彼は大家の子どもで、初めて会ったというのにスウリの腰にまとわりついては「スゥ、スゥ」と甘えた声で呼び掛けていた八歳児だ。


 お気に入り(スウリ)に大しては素直な愛情表現を見せる少年なのだが、一転クゥセルには敵愾心を丸出しにし、こっそり彼の脛を蹴り飛ばしたのは一回や二回では無かった。ウィシェルに関してはなんと無反応だ。あれはあれで腹が立つ。


 三人はまだ知らない事だが、ビークはこの辺りで悪ガキの大将として有名だ。報復は子どもらしく容赦を知らない為、スウリに声を掛けた男たちは彼に恐れを成して逃げ出したのだ。


 それはともかくとして、問題は荷物持ちで一緒だった筈のクゥセルだ。


「……貴方は、一体なにをやっていたのかしら? クゥセル」


 下から睨み付ける様にしてやると、少し怯んだ顔を見せる。


「いやいや、俺だって大変だったんだって!」


「果物屋のお姉さんと仲良く話していたのよね?」


「へえ…………」


 冷たい声と視線がクゥセルを突き刺す。


「違う違う! その後、熊みたいな親父が接客を代わって、そいつにずっと捕まってたんだって!」


 彼よりも更に頭一つ分大きな男に、丸くて黄色い果物について産地から美味しい食べ方まで延々と語られていたのだ。男と話して喜ぶ趣味は無いから、クゥセルにとっては甚だ不本意な時間であった。


 その間に野菜の値下げ交渉をしていたスウリが二人組の男に声を掛けられて、埒も空かない事を話し続ける彼らは一体何がしたいのだろうと彼女が首を傾げているところへ、颯爽とビークが登場したと、そういう事だ。


「結局、貴方もその男どもと似た様な事をしていたのよね?」


 低い低い声が確信を持ってクゥセルの行動を断じる。


 違うと言い切れなかった彼は、ふと名案を思い付いた。


 隣に立っていたスウリをささっと自分の前に押しやる。


 いぶかしげな顔をするウィシェルとこちらを見上げるスウリに、笑いながら言い放つ。


「俺よりスウリだよ。絶対そういう時の対処法を教えてやった方がいいって!」 


 のらりくらりと躱そうとするクゥセルに説教をするよりも、素直なスウリに警告を発した方が話が早いとウィシェルは頭を切り替えた。


 スウリに向き合うと、前のめりの姿勢で口を開いた。


「いぃーい、スウリ。まず、知らない人には付いていっちゃダメよ!」


「大丈夫よ。それはアンジェロのおじい様やウィシェルのお兄様に散々言われたもの」


 素晴らしいわ、おじい様、お兄様!


 内心で家族に拍手喝采を送る。


「そして、女の子にしつこく声を掛けて来るのはろくな人じゃないんだから、相手にしちゃダメ!」


「……はーい」


 傍らで始まったウィシェルの教育的指導を聞きながらじりじりと後退して、クゥセルはソファの背もたれに隠れるように座り込んだ。ずるずると体を下にずり下ろしていって、落ち着いたところで息を吐き出しながら目を細める。


 スウリが今日体験したのは、明らかにナンパだ。


 ナンパと言うと、彼には一つ忘れられない出来事があった。


 ぼんやりと、クゥセルは彼女と初めて出会った日の事を思い出す……。









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