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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
45/85

45.求職

「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」


 本日の宿の一室で、机に並べた数枚の紙の上をスウリの指が行き来する。


 奇妙な行動に首を傾げたウィシェルは、彼女の背後からそれを覗き込んだ。


「……求人票じゃない!」


 思わぬ大声に、スウリは肩をびくりと揺らして振り向いた。


「そうだけど……。どうしたの?」


「どうしたのって。それ、持って来ちゃったの?」


 机の上に並べられた紙を指差して、ウィシェルは聞いた。


「うん。いらないのは戻してくれればいいって言ってくれたから」


「ああ、そういう事。勝手に持って来たのかと思ってびっくりしちゃったわ」


 一息ついて、求人票の内容を覗き込む。左から順番に。


 花屋の店番。


 古書店の資料整理。


 食堂の給仕。


 酒場の給仕。


「…………」


 そこでウィシェルの目は動きを止めた。


「スウリ……」


「なに?」


 最後の一枚に指を突き刺して、ウィシェルは言う。


「これは?」


「酒場の給仕ね。お酒を運んだり、お会計したりするんでしょう?」


「そうね。でも、酒場よ?」


 スウリとウィシェルの二人には酒場と言うと嫌な思い出がある。しこたまウィシェルの兄に叱られた、あの二時間が甦る。


 ……甦るが、ここは背に腹は変えられないのだ。


 務めて軽く言う。


「給仕をするだけで、お酒を飲む訳じゃないわよ。それに、もう叱られる様な子どもじゃないわ、私たち」


 確かにこの国の成人である十八歳を二人ともとっくに超えている。


 だがしかし、このまま酒場で働く事を許す訳にはいかないだろうと、ウィシェルは説得方法を考えた。


 ここで、黙って女性陣のやり取り聞いていたクゥセルが口を開いた。


「スウリ、スウリ」


 ちょいちょい、と指を動かして彼女を招く。


 席を立ったスウリは、クゥセルの座る寝台の傍まで歩み寄った。


「どうかした?」


 不思議そうにする彼女に、クゥセルはにっこり笑って聞く。


「明日も城館に行く?」


「ええ」


 普通に「明日も朝食はパンにする?」と言う様に聞かれたから、スウリも普通に答えてしまった。


 頷いてしまってから、慌てて口を手で塞ぐ。 


「……明日も城館に行くですって?」


 今日だってあんなに心配したのに……?


 耳に届いた台詞以外にも、何ともおどろおどろしい声が背後から聞こえてくる。ウィシェルの心の声だろう。


 振り向いては危険だと、スウリの本能が言う。


 反対に、能天気な声が前から聞こえた。


「城館の執務館にはでっかい図書室があるんだよな〜」


「……図書室ですって?」


「しかも、魔具に関する資料もたぁ〜っぷり。なにせ、チルダ・セルマンド大陸と交易をしている唯一の都市だもんなー」


「………………………………………………」


 黙り込んでしまったウィシェルを背負って、スウリはクゥセルの時に軽すぎる口を塞ぎたくなる。しかし、彼女はそれを諦めざるを得なかった。


 こんな時ばっかり騎士っぽくして、隙を作らないんだから! 


 スウリが内心で毒づいたのが聞こえたのか、クゥセルはあっさりと核心をついた。


「本に釣られて、明日も城館に行く約束しちゃったから、仕事は夜の方が都合がいいんだよ。なっ!」


 同意を求められても、答えられるような状況では無かった。


 続くクゥセルの「わー、夜の仕事って卑猥な響きだなあ」なんて言葉は右から左へ素通りだ。


 おそるおそる振り返ると、その顔に凄まじく引きつった笑みをたたえたウィシェルがいた。


 先ほどまでスウリが座っていた椅子をず、ず、ず、と音を立てて自分の前に持ってくる。


 それから彼女は無言でそれを指差した。その指は力強く繰り返し「座れ」とアピールしていた。


 二日前の晩とほぼ同じ光景が繰り広げられた事は、想像に難くないだろう。


 違いは、クゥセルが不参加だという事だけだった。









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