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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
43/85

43.宵月

 僅かに土埃の舞う街道を、二騎の馬が駆けていく。


 各家で夕食が済み夜も更けきった時刻に、この二騎はトーバルの街にたどり着いた。


 馬から先に下りた若い男が、自分の馬の手綱をもう一方の体格のいい男に手渡した。


「お前は馬を預けてこい。俺は宿を取ってくる」


 手綱を押し付けられた方は俄かに動揺を見せ、口を開く。


「お待ち下さい、ノルド様。お一人で行動されては……」


 ノルドと呼ばれた方はひらひらと片手を振り、連れに背を向ける。


「べったりと張り付かれる方が怪しいだろう。さっさと行け、セイル」


 質素な服に身を包みながらも、城の廊下を歩いている時と変わらぬ澱みない歩みに、セイルと呼ばれた男はそっと溜め息をついて、「わかりました」と答えた。


 この二人は、ノルド、セイル、という偽名を使う皇帝ノールディンと近衛騎士団長ハインセル・イマジアであった。


 馬を任されたハインセルは二頭の馬の手綱を引いて宿の脇にある厩へと向かった。


 彼の気配に気がついた宿の主人なのだろう、恰幅のいい男が飼い葉桶を持ち上げてこちらに振り返る。


「二頭預けたいのだが」


 ハインセルの声に彼は軽く眉をあげた。


「おや。随分遅い時間に来たね。もう他の馬は夕食を終えちまったよ」


「手間を掛けさせるが飼い葉を分けて貰えるだろうか?昼から何も食べさせていないのだ」


 馬を気遣うハインセルに、向き合う男は相好を崩した。


「はいはい。構わないよ。うちの宿に泊まるんだろう?」


「ああ。今、連れの方が部屋をとっている」


「……連れの、方?」


 耳慣れない言い方だったのだろう、男は首を傾げた。


「主だ。裕福な商家の子息だから、私のような護衛を連れている」


 そういう設定にする、と出発してすぐにノールディンから説明を受けていた。


「ははあ。それでこんな立派な馬なんだね。軍馬っぽいからてっきり騎士様かと思ったよ」


 鋭い主人の言葉に内心ひやひやと汗をかいていたが、ハインセルがそれを表情に出す事は無かった。


 こう言った場合の対処法もノールディンから享受されている。


「主の趣味なのだ。軍用馬が好きでな」


「ああ、なるほどなるほど。坊ちゃまのご趣味なら納得だ」


 かかと笑う男に悪気が無いとはわかっていても、皇帝陛下を揶揄する台詞に怒りが沸き上がる。しかしハインセルはなんとかそれを押さえ込んだ。 


 そうとは知らない主人は、ハインセルに宿の方を親指で差してみせた。


「後はやっとくから、あんたも行っといで。食事がまだなんだろう?」


「ああ。では、宜しく頼む」


 彼は厩を出て、主の元へと急いだ。





 ハインセルに先駆けて宿に入ったノールディンは、玄関先で行き会った宿の女将と話を付け、早々に部屋をとった。


 階段を上がり、突き当たりの扉を開く。


 荷物を床に置くと、数歩進んで口を開いた。


「いるな。梟」


 その声に呼応して、隣室の扉が開かれる。


 室内に入って来たのは細身の男だった。


 扉を閉じると、その場に跪き頭を垂れる。


「御前に」


 一瞥を彼に送り、ノールディンは告げる。


「報告を」


「はっ」


 短く答え、梟は顔を上げる。


「皇妃様はイエラトリの街を無事に出発され、本日昼頃に港湾都市オンドバルに到着された由にございます。ただ……」


「なんだ?」


「直後にオルナド・バーリク伯の手の者が近づき、城館に招待されたようです」


「……叔母上か」


 嘆息を吐くノールディンに、梟はただ目を伏せる。


「城館に留め置いているのか?」


「いえ。二、三時間の後にお連れ様方の元に戻されたとのことです」


 お連れ様、のところでノールディンの眉が跳ね上がる。


「あの馬鹿は何をやっているんだ」


 吐き捨てる様に『馬鹿』と言った対象はもちろんクゥセルだ。


 梟は悩んだ。


 部下の報告の中で最も印象に残ったのが、スウリとウィシェルの肩に手を回して「両手に花〜」と言っているクゥセルの姿だったからだ。


 要するに他には何もしていない。オルナド・バーリク伯の執事にスウリが連れられた時もこれと言って何もしなかったらしい。


 珍しく言い淀む部下の姿に、何がしか思い当たる節のあったノールディンはそれ以上詳しく聞くのを止めた。


「まあいい。引き続き……、見ていろ」


 監視しろ、と言いそうになった言葉はかろうじて飲み込んだ。


「畏まりました」


 慇懃に礼をする梟を見下ろしながら、彼は言い淀んだ。


「…………あれは、この後、どこへ行こうとしている」


 どこか沈痛さを含むその声に瞠目した梟は、思わず上げそうになった頭を、ぎしり、と固まらせた。


「申し訳ありません。その件については未だ判明してはおりません」


「わかった。戻れ」


 端的な主の言葉に頷いて、梟は再び隣室へと消えた。


 ノールディンはその後を追う様に、一度閉じられた扉を開く。


 梟がいる事を期待した訳では無い。既に彼がこの部屋を去っているのは分かっていた。


 無人の部屋で、ノールディンは窓辺に立つ。


 弓張月まで数日を残す月が窓から見えた。


「お前は今、何を考えている……?」


 この場にいない人物に、そっと囁く。


 隣室に人の気配がしたかと思うと、声がかかった。


「ノルド様。女将が食事を用意して下さるそうです」


「ああ。今行く」


 そして彼は小さなベッドの並んだ部屋を後にした。









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