38.招待
食事を終えると、職探しの話になった。
「ウィシェルやクゥセルはすぐに仕事が見つかると思うけど、私は困ったわね」
剣の腕が立つクゥセルは護衛業など働き口は多いだろう。医師という専門職であるウィシェルは何処に行っても引く手数多で言うまでも無い。
しかしこれと言って特筆すべき特徴を持たないと本人が信じているスウリとしては、自分が一番問題だと思っていた。
「アンジェロにいた頃は領主様の伝手で仕事が見つかったけれど、ここではどうやって探せばいいのかしら?」
「宿屋か、こんな大衆食堂の掲示板に求職票が張ってあるもんだよ。ここには、……」
そう言って周囲を見渡したクゥセルの視線がある一点で止まった。
「う〜ん。お客さんだ、スウリ」
「お客さん?」
オンドバルに自分の客となるような人物はいないのではと思いながら振り向けば、食堂の入り口から男が一人、入ってくるところだった。
黒い服を身にまとい片眼鏡を掛けたその姿に、スウリは見覚えがあった。
その男は真っ直ぐこちらに近づいてくると、スウリの傍らで立ち止まり、丁寧に礼をした。
場にそぐわない上品な男の登場に周囲はざわめいていたが、彼は全く気に留める様子は無い。
「ご機嫌麗しく、スウリ様。我が主が貴方にお会いしたいと申し上げております。ご同行願います」
港湾都市オンドバルの領主エルディーザ・オルナド・バーリクの執事は有無を言わせぬ口調で言い放った。
断る余地の無い誘いを受けたスウリを、クゥセルとウィシェルは食堂で見送った。
焦りにも似た心地で、ウィシェルは食後のお茶を啜る男を見上げる。
「ねえ、本当についていかなくって良かったの? 大丈夫なの?」
彼女の不安混じりの声に、クゥセルは「おや?」と首を捻る。
疑念が胸に湧く。
「あのさあ。ウィシェルって、実は本当に政治に興味無し?」
「はあ?」
ウィシェルからしてみれば、随分唐突に話の方向を反らされたように感じた。
聞き返す声にはどうしても不機嫌な色が乗っかる。
「いや、だからさ、オンドバルの女領主って……」
クゥセルは意味深に声を低めながら、指をくいくいと動かした。その動きにつられる様にウィシェルは身を乗り出していた。