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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
37/85

37.支度

「さて。折り入って相談があります」


 港湾都市オンドバルに到着し、ここで昼食をとろうと三人は大衆食堂に入っていた。


 料理を注文して、端の方にある四人掛けのテーブルに腰を落ち着かせたところでスウリが口を開いたのだ。しかも禁止しているはずの敬語で。


「相談?」


 ウィシェルはきょとん、と首を傾けた。


「……大陸行きの船の事か?すぐにチケットがとれるとは思えないが、そんなに競争率は高く無いと思うぞ?」


 クゥセルはさらりと言った。


 しかしスウリは首を横に振る。


「その、前の話になるの」


「前?」


 こくりと頷くと、スウリは宣言した。


「お金が、ありません」


「………………」


 彼女は二人の沈黙を見て補足する。


「もちろんすっからかんでは無いわ。アンジェロで働いていた時のお金があるから、あと一週間極貧生活をする事はできるの。でも、それが限界」


 残る二人は静かに手をあげた。


 スウリはまず、僅かに手をあげるのが早かったクゥセルに発言を促した。手の平を彼に差し向ける。


「お前、色々金目のもの持っていたよな?あれ、どうした?」


「全部置いて来たわよ?」


 なんでそんな事聞くの。そんな感じで不思議そうにスウリは言った。


「え。置いて来たの?だって、あれ、スウリのものじゃない」


「金に換えればいいだろう?」


 驚いたウィシェルに、クゥセルも同意して続ける。


 スウリは眉を軽く上げて言う。


「だってあれはあの場所で必要だったものでしょう?やめた私が自由にしていいものじゃないわ」


 そのきっぱりとした考え方に、ウィシェルもクゥセルも二の句が継げない。


「それに、持って来たところでドレスはかさ張るもの。鞄に入らないわ。宝飾品は重すぎるし……」


 じゃあ、あの分厚い本は重く無いのか?


 疑問が胸に浮かんだ二人だったが、その問いを聞いたスウリの答えは予想がついた。これっぽっちも苦ではないと言うだろう。


「何より、私が売りにいったら、……凄く不審じゃない?」


「ああ、確かに」


 高価な宝飾品を売りに行くには今のスウリの平民姿は板に付いているし、何より若すぎる。


 無言で頷いたウィシェルと納得しきったクゥセルの台詞に、スウリは自分で言った事ながらむっと唇を尖らせた。


 しかし、ここで怒っても話は進まない。思い直して再び口を開く。


「そう言う訳で、しばらくはここで働いて生活します。と言うより、働かないと大陸へ渡れないの」


 それを聞いたクゥセルは、ぎしっと音を立てて背もたれにもたれた。


「俺自身、そんなに大金持って来た訳じゃないからな、稼ぐのは賛成だ。でも、いいのか?そんなにぐずぐずしていて」


 スウリは少しの間だけ視線を宙に飛ばしてこう言う。


「初冬の方が、航路が安定するんですって……」


 けれどすぐに苦笑を漏らした。今の言葉はただの言い訳だ。


「うん。お金が無いのも、航路が安定してた方が良いのも事実なんだけどね……。やっぱり、『やめます。はい、さようなら』って言うのは、後味が悪くって。せめて、どこか区切りになるところまでは見届けたいと思ってしまうの」


 具体的な主語は省いているが、スウリの言いたい事は伝わって来た。


「やっぱり変だよね。勝手な事しておいて、結末まで見れないって分かっているのに気にしちゃうって」


 くしゃっと歪んだその表情は、泣く直前のようで。ウィシェルもクゥセルも、ぐっと胸の奥を圧されたような感覚がした。


 その時、奥にあるカウンターから声が上がった。


「三十八番さーん!出来たよー!」


 咄嗟に三人はそちらに振り向く。


 手元の小さな札を見下ろしたスウリは返事をした。


「はーい。今行きます」


 札に書かれたのは料理の待ち番号で、今呼ばれた三十八番は彼女が持っていたのだ。


 席を立ってカウンターに向かう背中を見ながら、そっとウィシェルは溜め息をついた。


「泣くかと、思ったんだけどな」


 彼にしては珍しく、クゥセルはぼんやりと呟いた。

 

 ウィシェルは彼を睨みつける。


「昨日泣かせといて、まだ泣かそうって言うの!?」


「……あれは、やっぱり俺のせいか?」


「ぐっ……」


 昨夜のスウリの状態の原因が明確にクゥセルとは言えない。きっかけくらいにはなったかも知れないが、そんなあやふやな事で彼を責めたてるのは正直者のウィシェルには難しかった。


 その表情から彼女の考えている事を読み取ったクゥセルは髪をくしゃくしゃと掻き回す。


「それにしても、完全に割り切るってのはスウリにも難しいことなんだな」


「それは、……それは当然そうでしょうね」


 料理の載った四角いトレーを両手で持ってこちらに向かってくるスウリを見ながら、ウィシェルは言った。


「誰が何と言おうと、スウリはこの国を愛しているもの。そう簡単に切り捨てたりはできないわ」


「いや、間違っちゃい無いけどさ。そこは敢えて個人名にしといてやろうよ。何か哀れになってくるからさ」


「あら。私があの方に気を使う理由はこれっっっぽっちも無いわよ」


 奮然と顎を上げてウィシェルは言う。


 ああ、こりゃ相当頭にきていたんだな、とクゥセルは感じ取り、これ以上口を挟むのを諦めた。


「仲が良いのは結構ですが」


 戻って来たスウリが二人の間に流れる微妙な空気を無視して告げる。


「三十九番さんと四十一番さんが呼ばれていたわよ?」


 二人が手元の札を見ると、三十九番と四十一番と書かれていた。









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