表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
35/85

35.清風

 ノール……


 起きて、ノール………



 聞き覚えのある声が繰り返し自分の名を呼んでいるのに、ノールディンは気がついた。


 次の瞬間、閉じていたはずの瞼が開かれて、柔らかい陽射しが目に飛び込んで来た。


 それだけではない。目前に、逆さまにこちらを覗き込む少女の微笑みがあった。


 けれど彼女の顔はすぐに驚愕へと変わった。


「きゃあっ!」


 小さく悲鳴をあげて視界から引っ込む。


 ノールディンが視線をずらせば、寝転がった彼の頭の上辺りに彼女はしゃがみ込んでいた。心臓の辺りを両手で握りしめて、目を白黒させている。唐突に目を開いた彼に酷く驚かされたようだ。


「なんて目の覚まし方をするの?」


 とがめる様な視線を彼に送って、それから安堵に似た溜め息をつく。


「……ああ、びっくりした」


 しかし、少女のその姿にこそ、ノールディンは驚いていた。


 髪を結わずに背中に流し、シンプルなワンピースを着ている。最後に見た時より幼い姿のスウリだ。


 それに、鼻をくすぐる清々しい香り。緑の深いこの場所は、エダ・セアの森だ。


 背中の下には地面を覆う短い草が隙間無く生えている。体を起こせば、直ぐ傍に聖域の泉があった。あの頃、いつも会っていた場所だ。


 ノールディンが身を起こす間に、スウリは何度か深呼吸を繰り返していた。


 やがて落ち着いたのか、一言も発しないノールディンに声を掛けた。


「ノール? 寝ぼけてる?」


「いや、起きた……」


 彼女の名を呼ぼうとしたノールディンの意思に反して、彼の唇は勝手に動いていた。試してはみるが、指先の動き一つ自由にはならない。


 過去を、夢で見ているのか……。


 恐らく出会って間もない頃だろう。夏が終わろうとしている気配がした。


「クゥセルがね、ノールは寝起きが悪いって言ってたから」


「……から?」


「張り切って起こそうと思ったのに、あっさり目を覚ましちゃうんだもん」


 スウリは少し唇を尖らせてみせるが、その表情からは怒りの気配は伝わってこない。


「それは、悪い事をしたな」


 ふっ、と過去の自分が笑んだのを知った。


 それから視界がぐるりと巡り、周囲を見渡していた。


「それで、そう教えた馬鹿は何処へいったんだ」


 馬鹿、と吐き捨てるように言えば、スウリが返事を返す。


「散歩に行くって」


 ノールディンの視線を追う様にスウリもぐるりと周囲を見回す。


 けれど彼に背中を見せる様に捻った姿勢で、そのまま固まった。いや、肩が震えているから、笑いを堪えているのだ。


「……それにしても、ノールとクゥセルって……」


「何だ。言いたい事は言え」


 口元を両手で押さえているせいでくぐもった声を発する少女に、憮然とした心地で先を促す。


 するとスウリはとんでもない事を口にした。


「良く似てるよね。さっきクゥセルも、『その馬鹿は寝起き最悪だから、宜しくね!』って言ったのよ。……なんだか、長年連れ添った夫婦みたいに息ぴったり。相思相愛ね」


 ノールディンはその言葉に頭が痛くなった。あんなのと相思相愛など、あってはならないことだ。


 と、未だに震えているスウリの姿にピンときた。


「もしかして、からかっているのか……?」


 多分、眉間には皺が寄っている事だろう。


「ふふっ……」


 耐えられない、とスウリは軽やかな笑い声を立てた。


 その楽しそうな様子に、ノールディンの口元は自然に緩む。


「まったく。俺をからかうなんて、あの馬鹿か、スゥリくらいだぞ」


 そう言ってやれば、数回瞬いた後、彼女の瞳が悪戯っぽく輝いた。


「ふむ。じゃあ、とっても貴重な存在ね!」


 僅かに瞠目して、それから過去のノールディンは小さく囁いた。


「ああ。そうだな。とても貴重な存在だ……」


 晩夏の木漏れ日が遠くなった。





 再び暗くなった視界に身じろげば、今度は自分の意思で目を開くことが出来た。


 視界には赤い闇が広がっている。その赤で、ノールディンは今自分がいる場所が皇帝の寝室だと知った。


 厚いカーテンに閉ざされているが、外の気配は既に朝だ。


 ベッドの上で身を起こすが、ふわりと森の香りが周囲に広がった様な気がした。


 一時動きを止めるが、一つ頭を振って意識を切り替える。目覚めたばかりとは思えない機敏さでノールディンは行動を開始した。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ