33.深淵
ウィシェルはすぐ隣から聞こえた叫び声に飛び起きた。
見れば、闇の中、ベッドの上で体を起こしたスウリが首に下げたペンダントを握り締めて額を膝に押しつけていた。
「スウリ?」
隣のベッドに上がって彼女の震える肩に触れるが、何の反応も見せない。自分が起きているという自覚が無いようだ。
スウリは何事か呟いている。
ウィシェルはそっと耳を寄せた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……、ごめんなさい」
ただひたすらに、誰かに謝り続ける。
その小さな両手が壊れ物のように握りしめているものを知れば、誰に対する謝罪かは分かってしまった。
肩に乗せていた手の平を反対の肩に回して、スウリを抱き締める様にすれば、再び彼女は口を開いた。
「あなたには、あなたにだけは何の罪も無かったのにっ………………」
小さいが、酷く悲痛な声だった。
ウィシェルは両手でスウリの頭を抱えるようにしながら、自分は大きな失敗を犯していたのではないかと思った。
流産の後で自分を責める母親は多い。いや、殆どが自分の責任だと思ってしまうのだ。事実とは関わり無く。
もちろん、スウリがそう考えない保証など無い。だから注意深く彼女の様子を伺ってはいた。けれど、彼女は本当に穏やかに過ごしていたのだ。皇帝との離縁を決めた覚悟の現れなのだと納得していた。
そうじゃなかったのかもしれない。
腕の中の震える存在の傍らで、ぞくりとウィシェルの背中に震えが走った。
あの城で、彼女が気を抜く事の出来る瞬間は果たしてあったのだろうか。誰からも視線を向けられるあの場所で、本当の意味で憩う事など出来たのだろうか。
ここに来て、城から解放されてようやく、たとえ夢うつつの中であっても、心が解放されたのでは無いか。
だったら自分はもっと早く、こんな風に壊れてしまいそうな泣き方になる前に、彼女の心の傷に向き合うべきだったのでは無いか、と。
スウリが泣き疲れて眠ってしまうまで、ウィシェルは彼女を抱き締め続けた。