32.幻痛
その夜、スウリは夢を見た。
真っ白い空間に座り込んでいる夢だ。
体は重く、両手も床についたまま動かせない。ただ首だけは自由で、白く靄がかったような周囲を見渡せた。
「一体、なんなの?」
ただ、これは夢なのだと感じるだけだ。それ以外は何もわからない。
ややもして、遠く、泣き声が聞こえてきた。
小さな小さな子どもが母親を呼ぶ声だ。そう思って顔を上げると、目の前に人影があった。
髪を結い上げ、華麗なドレスを身にまとったその人物は、皇妃フェリシエとして装った自分だった。
「私、なの…………?」
呆然とした心地で呟くと、彼女の腕の中で、白い布地に包まれた何かがもがいた。
目を凝らすと、それは光の塊のような赤ん坊だった。小さな手が時折布地の間からのぞく。
スウリは直感した。
あの子だ。
きらきらと輝く光がフェリシエの腕から徐々に溢れていく。泣き叫ぶ子どもの声が徐々に小さくなる。
「やめて、お願い…………」
胸に込み上げる途方も無い恐怖に、持ち上げるのがやっとの腕を必死で伸ばす。
「お願い、……お願いよ! …………その子を殺さないで!!」
泥にとられたように動かない体で懸命に叫ぶ。
けれど光は地に落ち続ける。
そして、白い輝きはひしゃげ、脆くも砕け散った。
ちらちらと風に流される光をまといながら、皇妃フェリシエは凪いだ表情でスウリに向かって屈み込んでくる。
「姿を変えようと、名を変えようと、これは私の罪……」
細い両腕が広げられると、白い布と儚い光が溶ける様に消えてしまった。
重く、垂れ込める様な後悔がスウリの顔を下へ向ける。重くて仕方ないのに、胸のどこかは引きちぎられて穴が空いているような気がする。
「わかってる! ……わかっているわ!!」
彼女を、自分を、責め立てる為に叫んだ。
勢いに任せて顔を上げて、……目を見張った。
目の前にいる自分の瞳から零れ落ちるのは、確かに涙だったから。
それを見て、スウリは思った。
ああ、ここは確かに夢の中だけど、この胸から引き剥がせない喪失感は本物なのだ、と。
皇妃フェリシエの髪がさらりと肩に流れた。ドレスは質素な平民の服に変わる。
彼女はくしゃりと顔を歪めて、口を開いた。
「私の願いがあの子を殺したんだわ」
静かに静かに言われたその言葉が、スウリの心に突き刺さった。
言葉にならない声で、彼女は叫んだ。