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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
23/85

23.乱入〜萌芽

 例えば、城で夜会があったとしよう。


 もちろん皇妃フェリシエは着飾って出席し、皇帝の横に座る。


 初めの挨拶が済んでしまえば皇帝も皇妃もそれぞれの役割を果たさなくてはならないので、常に共にいる事はできなくなる。


 そこに群がるのは高位貴族たちだ。


 皇帝の耳が傍にある限り、彼らはフェリシエの装いを褒めたりしているが、彼が一度離れれば彼女の周囲には悪意が渦巻いた。


 一人の政治に携わる貴族がこう言う。


「先だって皇妃様は街道整備の企画を出されたとか。いや、ご苦労なさったでしょう。そのような事は部署の者にお任せくだされば宜しいのですよ」


 裏を読んで訳せばこうだ。


『しゃしゃり出てこないで大人しくしていろ』


 ある侯爵夫人が言う。


「そうですとも、難しい政治の事は殿方に任せて、またお茶会を開いて下さいませ。出席できるとは限らないのが残念ですが、楽しみにしておりますわ」


 意訳するとこうなる。


『女が政治に関わるなんてもっての他! 貴方主催のお茶会に出席することなどまず無いでしょうが、精々皇妃らしく奥にいなさい』


 彼らは微にいり細に入りフェリシエの付け入る隙を探し、とことんまで遠回しに攻撃してくるのだ。


 フェリシエは飽くまで丁重に笑顔を絶やさず応対していたが、同じく夜会に出席していたゴールゼン夫妻がそこに割り込んで助け舟を出すことも少なくなかった。


 ローリィが言う『会員たち』とはそう言った貴族たちの子弟なのだ。両親に知られれば、褒められるなどと言う事は決して無く、ともすると制裁処置さえ起きかねないのだ。


「そりゃあ、大っぴらにはできないな」


 納得するゴールゼンにローリィが切なげな溜め息と共に言う。


「でしょう? 彼らも陰で応援はできても、お味方になることが出来なくて、歯がゆい思いをしていたのよ」


 聞いていたアーノルドが眉間に皺を寄せて疑問を呈した。


「ですが、会員数が百人以上もいるのなら、団結して何かなさる事は可能だったのでは?」


 答えたのはマイルだ。


「あっそれだけ人数がいるのは『お守りする会』のほうですよ! そっちの会員は殆どが騎士と騎士見習いなんです。社交の場では無力なんです」


 しょんぼりと肩を落とした。


 騎士になるのは大概が貴族の二男以降の男子だ。騎士養成学校には先代皇帝の治世から平民も入学出来るようになっていたが、なんにせよクゥセルのように爵位を持ち、当主を務めながら騎士となっている者はとても珍しい。


 家の跡取りでは無くても、貴族の子弟なら皆社交会には出るものだが、騎士という職に就いてしまえばどうしても華やかな場からは遠ざかるのだ。


 そういった理由から、『皇妃様を陰からお守りする会』の会員が、夜会のような社交の場でフェリシエに力を貸す事はほぼ不可能だった。


「じゃあ、『見守る会』の方は……」


「女性ばかりよ。それに人数も五十人もいないの。発起人ご自身が公の場にあまり姿を出されないから、だから『陰ながら』とついているのよ」


 ローリィはままならない怒りを滲ませて言った。


 帝国貴族社会の欺瞞に気付き憂いを抱く者はいれども、未だその存在は日を浴び始めたばかりの芽のようなものだった。土の下で力を蓄えている段階とも言えよう。


 そこで、ふとローリィの皇妃びいきを思い出して、ゴールゼンは呆れた声で言った。


「お前の場合、全然『陰ながら』になっていないじゃないか。一体何回フェリシエ様とお茶したんだよ」


「だ、か、ら、わたしは十二番なのよ! 本来なら五番くらいを頂けたはずなのに!」


 もちろん参加した順番に会員番号は振られていくのだが、皇妃に近い立場の者程発起人の独断と偏見から下位の番号を振られていた。その事をかなり不服に思っているのだろう。ローリィは腕組みをして、ハイヒールでかんかんと床を蹴った。


「わかったわかった。それで、『見守る会』の他の会員はユーシャナ様みたいに大人しい方ばかりなのか?」


「大人しい、というよりも……。そうね、親の言いなりで自分で考える事を知らない頭の軽い小娘ではない子たちってところかしら?」


 ローリィの毒舌にマイルが「う〜わ〜。言っちゃいましたね〜」と口元を引きつらせた。


「ああ。もちろん『皇妃になり損ねた』と勘違いしている令嬢方はいらっしゃらないのでしょうね」


 そう言ったのはノエル・レオンだった。


 美しいその顔は一見ささやかな微笑みを浮かべている様に見えるが、瞳は全く笑っていない。何より、部屋の空気が何度か下がったのではないかと錯覚させる程、空恐ろしい空気が流れていた。


 アーノルドは一歩後ずさるくらいで済んだが、マイルに至っては自分で閉めた扉に張り付いてぶるぶると震えていた。


 動じていないのはゴールゼン夫妻で、夫の方がしみじみと言う。


「ああ。お前、現在進行形で迷惑被ってるもんな……」


 かつてノールディンが皇太子だった頃、その妻、未来の皇妃になるべく彼に群がる貴族の令嬢たちは多かった。しかし彼がフェリシエを皇妃に選んだ事で目標を失った彼女たちは、その熱意を次の標的(結婚相手候補)に向けた。


 その標的の筆頭にあがったのが、未婚で見目も良くて家柄まで揃っている、クゥセル・タクティカスとノエル・レオン・オーレンスであった。


 ノエル・レオンはオーレンス伯爵家の長男だ。まだ爵位は継いでいないが、父親が決断を下せばいずれは伯爵となる。


 実は、皇帝ノールディンが皇妃を迎えた事で最も被害を被ったのは彼では無いかと言われているのだ。


 高位貴族の嫡子ともなれば、騎士として勤めていても社交の場に出なくてはいけない時がある。クゥセルはそうでもないが、ノエル・レオンはかなり嫌々出席する。そして、そこで出会う令嬢たちは遠回しに彼らに結婚を仄めかす。


 クゥセルの場合は爽やかに笑いながらこう言った。


「申し訳ありません。私には妻よりも優先してお守りしなければいけない方がいますので、結婚は当分先ですね」


 当然彼が皇妃付き近衛騎士団長であることは誰もが知っている。優先されるのが誰かは明白だ。


 ノエル・レオンの方は無表情にこう言った。


「申し訳ありませんが、私は今の勤めを優先したいので結婚する気はありません」


 仮にも伯爵家の跡取りが言う台詞では無いが、彼が騎士団副総長であり、この役職がとても多忙な事(二割はゴールゼンのサボり癖のせいとも言われている)は、やはり誰もが知っていた。


 二人はほぼ同じ内容を口にしたにも関わらず、クゥセルへのアプローチがその後極端に減ったのに比べて、ノエル・レオンの方は一向に減らなかった。むしろ敵は強気になってしまった。


 その理由を騎士団の暇人たちはこう分析した。『背景に女性がいるかいないか』だと。たとえそれが護衛対象だとしてもだ。

 

 それともう一つ、相手が冷めていればいる程燃えるのではないか、と。


 いずれにせよノエル・レオンにはいい迷惑でしかなかった。


「まあ、そうね。彼女たちは存在も知らないでしょうね」


 ローリィはふん、と鼻を鳴らした。


 そして本題に戻る。


「それで、結局フェリシエ様はどうなさったの?!」


 妻の厳しい視線に、ゴールゼンはぽりぽりと耳の裏を掻いてから答えた。


「今朝城を出られたそうだ」


「…………情報は事実ということね」


 腕組みを組み替えて窓の外を睨みつける。


「で、あなたはどうなさるの?」


「俺?」


 ローリィの問いにゴールゼンはきょとんと目を丸くした。


「結局のところ、あなたの弟子のしでかした問題でしょう? いえ、引き起こしたと言ったほうがいいかしらね」


「おいおい。流石に二十歳超えた弟子の面倒まで見る気はないぞ!」


 心底嫌そうに言う。


 けれどローリィは横目で彼を見るばかりで口を開かない。


 そればかりか残りの三人までゴールゼンの様子をじっと伺い始めた。


「…………っ勘弁しろよ。俺は弟子とはいえ、人の色恋沙汰に口出す趣味はないぞ」


 その台詞にローリィの眉が跳ね上がる。


「んまあ! 色恋沙汰?! あの、忍耐の固まりのようなフェリシエ様が城を出なくてはいけないような事態を、色恋沙汰?!」


 再び執務机の上に乗り上げて、夫と額がぶつかりそうな程詰め寄った。


「よいこと! あの方は二年もの間、平民と見下したり、素性の知れずと陰口を叩いたり、仕舞いには御子が出来ないと蔑むような輩と渡り合ってきたのよ! そんな方が、それだけの情熱を持って皇妃を務めてこられた方が、退かれたのよ。『余程の事』があったに決まっているじゃないの!」


「あ、……そうだ、が…………」


 切れの悪い夫の言葉に、ローリィは目を見張った。


「知っているのね。その『余程の事』が何なのかを、あなたは!」


「知ってはいる。だが……」


「言う訳にはいかないのね」


 見透かした彼女の言葉に、ゴールゼンは深い溜め息をついた。


「そうだ」


 じっと彼の瞳を見つめていたローリィは、やがて身を離した。


「このまま静観なさるおつもり?」


 あごを上げて、ゴールゼンを見下ろす傲慢な姿勢だが、その瞳には悲しみの色が見えた。


 だからゴールゼンは、彼にしては優しく、微笑んでみせる。


「もう一人の馬鹿弟子が何もしていないとも思えんしな。それに、諸悪の根源の方の弟子も、終わってる程の馬鹿ではないと信じているさ」


 その言葉に、少し安堵を見せて、ローリィは小さく微笑んだ。


「では、私は私に出来る事をするまで、ね」


 ゴールゼンは立ち上がり、無骨な指でそっと妻の頬を撫でる。


「誰しも、そうだろうさ」


 秘書官室へ向かう扉が音も無く開かれ、足音を忍ばせてアーノルドとマイルが退室する一方、ノエル・レオンは我関せずと自分の仕事をし始めた。


 すなわち、書類の不備をゴールゼンに直させるという任務を。


「お話が終わったのでしたら、さっさと席について仕事をして下さい」


 仕事モードに頭を切り替えた彼の目の前には、上司夫妻の作り出す甘い雰囲気など無いに等しかった。





 その二日後の昼、皇帝ノールディンは、永遠に終わらないかと思えた引き継ぎ業務を強引に終わらせた。


 スウリに遅れる事二日と半分で、ようやく城を出発することができた。









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