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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
21/85

21.乱入〜困惑

 時は少し遡る。


 皇妃フェリシエが城を出て、その件について重臣会議が開かれたその後の事だ。


 副総長ノエル・レオンに連行、もとい、付き添われて執務室に戻った騎士団総長ゴールゼンは、渡された決済をなんとか終わらせて、執務机の椅子に腰掛けて船を漕いでいた。晴れた日の午後だ。うだるような暑さから解放され、冬が来るまでの憩いと言ってもいい日よりだった。


 そこに乱入者が現れた。


「ちょっ、取り次ぎくらい待ってくださいよ!」


 名目上は秘書官だが、実質は雑用係の、マイルという青年の声が扉の向こうから聞こえた。


 騎士団総長の執務室には二枚の扉がある。一枚は副総長の執務室に通じ、もう一枚はマイルのいる応接室兼秘書官室に通じていた。


 乱入者はそちらにいるらしい。


「だから今取り次げと言って……、いや、いい!」


 どかどかと大きな足音が聞こえたかと思うと、扉が激しく叩かれた。


「総長、いますね!」


 声に聞き覚えのあったゴールゼンは、瞳こそ開いたが椅子に座ったままでいた。


 蹴破らん勢いで開かれた扉の先に立っていたのは、皇妃付き近衛騎士団の副団長アーノルド・セネガンだった。


「よお、アーノルド・セネガン。立派なご挨拶だな」


 片手を上げてみせると、アーノルドは柳眉を上げて大股で近づいてきた。


「なんですかっこれは!」


 右手で潰しそうな程握りしめていた羊皮紙を広げてゴールゼンに突きつける。


 今朝サインした記憶のあるゴールゼンは軽く答える。


「ん? 任命証。っていうか、辞令?」


「見ればわかりますよ!私が騎士団長代理とは、どういうことかと聞いているのです!」


 ちょうどその部分を指差して叫ぶ。


「団長は、タクティカス団長はどうしたのです!」


「おう、あいつな。辞職したぞ」


「じ……」


「ええっ!!」


 開かれたままだった扉を閉めようとしたマイルが、アーノルドより激しく反応した。


「なんでですかっ」


「とりあえずお前には関係ない。しっしっ」


 手の甲をひらひらと動かしてマイルを追い払う。


 渋々と彼が部屋を出て行くと、ゴールゼンはちらりとアーノルドを見上げた。彼の持つ辞令を取り上げてせっせと伸ばしてやった。


「お前なあ、今じゃ羊皮紙は紙より高いんだぞ。なんだって副団長以上の辞令は羊皮紙って決まってるんだか……。経費の無駄だ、無駄」


「皇妃様が、城を出られたと噂になっています」


 クゥセルが出仕してこない理由を知ったアーノルドは、どこか呆然としながら言った。


 自分がわかりきったことを聞こうとしていると、思いながらも口にする。


「団長は、共に行かれたのですか……?」


「さぁて?」


 はぐらかすようなゴールゼンの返事に苛立ちを覚えながらも、自制を保とうと努力する。


「戻ってこられるのですか?」


 誰が、とは言いがたかった。


「俺に聞かれても困るんだがなあ……」


 がしがしと頭を掻くゴールゼンだったが、ふと、にやりと笑った。


 その表情が言っている。「面白いことを思いついた」と。


 おもわず踵を返しそうになったアーノルドの背中に太い腕が回る。肩を組まれた姿勢で、逃れる事は難しそうだ。


「まあまあ。お前の不満とか、不安とか、よくわかるぜ? あの連中をこれからまとめていかなきゃならんかと思うと、なあ?」


 猫なで声でそう言われて、正直な話、気持ちが悪かった。


 だが、同時に近衛騎士団の面々の顔が浮かぶ。クゥセルに対しては従順な彼らも、アーノルドの言う事は話半分しか聞いていない。実は半分も聞けばいい方なのだが、団長不在の件で頭に血が上っていたアーノルドはそれを失念していた。


「そ、それは、そうなのですが……」


 うっかり同意を示してしまった。


 得たり、とゴールゼンは更に畳み掛ける。


「俺が直々にお前の相談に乗ってやるぜ? ほら、頑張ればお前も『団長代理』から『団長』になれるかもしれないだろ? その辺とかを、な?」


 アーノルドにだって人並みに出世欲くらいある。巧みとは言えないが、ゴールゼンは彼の弱いところを突いていった。


 二人の足は段々と出口へと向かう。書類仕事から逃れようという、騎士団総長の姑息な作戦だった。


 だがそんな使い古された作戦はノエル・レオンにあっさりと阻止された。


 隣の扉が開かれたのだ。


「おや、勤務中だと言うのにどちらへ?」


「ノエル!お前、あと一時間は戻らんはずではっ」


 さも残念そうに叫ぶゴールゼンに送られる視線に熱は無い。


「その予定でしたが、書類に不備を発見しまして。修正が必要になりました。机へどうぞ?」


 台詞としては促しているが、口調は完全にそれを強制していた。


「ふ、副総長……」


 顔を引きつらせるアーノルドに、ノエル・レオンは頷いてやる。


「もちろん貴方が悪いとは思っていませんよ。ですが、総長室に殴り込むなら時間を考えてくださいね」


「はっ。申し訳ありません!」


 胸に拳を当てて、腰を倒して礼をする。


「…………せっかくサボれそうだったのになぁ」


 こそこそと執務机に戻ったゴールゼンはがっかりと肩を落とした。


「では、私はこれで」


 取り敢えず出直そう、とアーノルドが扉の前で二人に退室の挨拶をした。


 が、背後からマイルの声が聞こえた。


「な、何やっているんですかっ! やめてくださ……、うわっ」


 本能でアーノルドは扉の前から飛び退いた。


 次の瞬間、今度こそ総長室の扉は蹴破られた。









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