14.詳明
日も傾いて、木々の間から燃えるような赤い光が射し込むようになった。
昼休憩を終えて、再び港湾都市オンドバルへの道を進み始めた馬車は、やがてトーバルの街にたどり着いた。
トーバルは小さな街だ。漆喰が名産で、どの家も木の壁に漆喰を塗っている。風雨の為に少し汚れた灰色が目に優しい。
街にある宿屋は五軒で、そのうちの一つにスウリたちは泊まることにした。
「ここが今日の宿ね」
きょろきょろと居間のような空間を見回しながらスウリは言った。
「何だかふつうの民家風ね」
ウィシェルも一緒になって視線を動かす。
「はいはい、お嬢さんたち。部屋が取れたから行きますよー」
鍵と自分の荷物をぶら下げたクゥセルが歩み寄ってきて、ウィシェルの鞄を一つ持つ。
「自分で持ちますよ!」
慌ててウィシェルが遠慮するが、「敬語やめたら出直してくれ」と一蹴された。
「スウリのも持つか?」
聞かれて、スウリは激しく首を振った。
「大丈夫。服しか入っていないから!」
中身を知られたら何を言われるかわかったものではない。
「? まあ、いいけど」
彼女の様子に首を傾げつつもクゥセルは引き下がった。
階段を上り廊下の突き当たりまで行くと、クゥセルが部屋の鍵を開けた。
「まさか、一部屋ですか?」
戸惑った声をあげるウィシェルに、彼は笑うだけだ。
開かれた扉の先には火の気の無い小さな暖炉と四人掛けの机があった。左右の壁に扉が一つずつ。家族向けの、寝室が二つあるタイプの部屋だった。
知己とは言え男性と同室かと思っていたウィシェルはほっと安堵した。
左側の扉を開けてみたスウリは思わず笑ってしまった。
「何?」
彼女の背中から部屋をのぞき込むようにしたクゥセルも「うわ。ここまでは確認しなかった」と声を漏らした。
「こっちの部屋はクゥセルには無理ね。私とウィシェルで使いましょう」
二人の覗いた部屋は子ども用で、小柄な女性陣ならまだしも長身のクゥセルでは足が飛び出てしまうサイズのベッドしか無かったのだ。
夕食は一階の奥にある食堂でとった。
「スウリ、何にするの?」
「これ、何?」
壁に掛かった黒板にメニューが書かれている。その中で見たことのない料理の名前を指さして、スウリは聞いた。
「コパトの煮付け。蟹だ。やたら大きいハサミの中身が旨いぞ」
クゥセルが答える。
「お兄さん、良く知ってるね」
「ああ。港町で遊んだこともあるもんでね」
話しかけてきた宿屋の女将にクゥセルが片目を瞑る。
彼女は「おやまあ」と笑い飛ばすが、それとは正反対にウィシェルの視線は冷ややかだった。
「これは今日オンドバルの港から運ばれてきたんだよ。帝都に売りに行く隊商から買ったんだ」
「じゃあ、海の蟹なんですか?」
女将の言葉にスウリが疑問を挟んだ。
「そうさ。今じゃ本当に色々なものが手に入るよ。少し前までは海の生き物なんか食べたことも無かったからね!」
楽しげに言う彼女に厨房から顔を出した男が相槌を打つ。
「そうそう。元々この街にゃ宿一つ無かったんだよ。それが、街道整備のお陰で漆喰以外の稼ぎが出来るようになったって訳だ。街道舗装は皇妃様のご提案だってね」
「じゃあ、ワシらはあの方のお陰で楽が出来るってもんだ! いや、寝台で寝られるっているのは素晴らしいぞぉ……」
この宿の常連らしい白髪の男性がしみじみと言う。
彼の前にある料理がどうやら『コパトの煮付け』らしい。本当に大きなハサミが皿から飛び出ていた。
「乗合馬車でオンドバルに行くとなると二泊とも車中泊。あれはこの歳では腰に響くわ」
頷きながら聞いていたウィシェルが「大変だったんですね」と労うと、男性は眉尻を下げた。
「一番困ったのは賊じゃよ」
「賊?」
聞きなれない言葉にスウリは少し身を乗り出した。
「生業の立たなくなった奴らが盗賊になって乗り合い馬車や近隣の街村を襲うんだよ」
「そんな……」
女将の言葉にスウリは身を縮こまらせた。
怯えさせたと思ったのか、女将は優しく微笑んだ。
「今じゃそいつらの被害も殆どないさ。巡回騎士様がいるからね」
「巡回騎士……」
やはり聞きなれない言葉にスウリはクゥセルを振り返った。
「今日、明日で回ってくるのかい?」
彼はスウリの視線に小さく頷いてみせると、女将にそう聞いた。
「いや。昨日来たばかりだから、あと三日は来ないねえ」
「そうか。騎士様の雄姿を見られるかと期待したんだけどね」
残念がって見せる彼を、女将は「あんたの方が格好いいよ!」とおだてた。