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民の望んだ皇妃  作者: 界軌
本編
12/85

12.重臣~快意

「まだ残っていたのか?」


 椅子にひっくり返る様に座り、行儀悪く円卓に足を置いたゴールゼンがセヤに聞いた。


「一応、礼を言っておこうと思いまして」


「礼?」


 首を捻る彼にセヤは首肯した。


「先程、皇帝陛下へ失言をしかかった際に、助け船を出していただいたでしょう」


「ああ……。あれな」


「ありがとうご……」


「礼など仰る必要はありませんよ」


 セヤの感謝の言葉は、きっぱりとした言葉で遮られた。


 第三者の出現に二人が振り向けば、そこには書類を抱えた美丈夫が立っていた。


「おお。何しに来た、ノエル」


 騎士団副総長ノエル・レオンだ。


「この人は、誰かが揉め事を起こして、会議場が騒然となる瞬間を待っていたのです。その時にタクティカス卿の辞職を言い出せば儲け物と考えていたのですから」


 総長の問い掛けを完璧に無視してノエルはセヤに向き合う。


「……つまり、わたしとランダバのやりとりは」


「この人の望むお膳立てをしてしまったのですよ」


 こめかみに筋を作ったセヤがゴールゼンを横目で睨んで言った。


「でしたら、礼など不要ですねっ。既にわたしは貴方に恩を売っていたようだ!」


「あ~あ。そう、怒るなって」


「わたしは怒ってなどいませんよ。もちろん!」


 どう聞いても怒っている口調でそう言う。


「まったく。騎士というのはこれだからっ。折角皇妃様が医薬局の予算を増やしてくださっても、城内に関して言えば、貴方達の治療に割かれる分が増えるだけでしたよ!」


「あ~。まあ、ほら、訓練って怪我してナンボだしなあ……」


 ゴールゼンが誤魔化そうとすれば、セヤは更に喰らいつく。


「辞職されたと言う、タクティカス卿が最も酷かった! 二年前のあのウィシュ・バロウ山での行軍訓練!」


 当時の事を思い出して痛くなってきた額に指先を当てて、彼は嘆いた。


 皇帝ノールディンが帝位に着いた直後で、まだ医薬局の予算も上がっていなかったから、彼らの治療で危うく予算を使い切るところだったのだ。ウィシェルから事情を聞いたフェリシエが皇帝に頼んで予算の補填をして貰ったという逸話が漏れなくついてくる。


「あ~、あの訓練。あいつら、どんだけ酒を盛っても訓練の内容を明かさないんだよな~? なんなんだ一体?」


 今から二年前、皇妃付き近衛騎士団の結成が行われた後、団長クゥセル・タクティカスは「近衛騎士団の結束を高める」と称して、帝都の北に広がるウィシュ山脈、その最高峰ウィシュ・バロウ山での行軍訓練を実施した。


 帰ってきた騎士たちは、クゥセル・タクティカスに絶対服従を誓っていた。人間としての尊厳をぎりぎり失っていなかったのが不思議なほどに。


 また、彼らはこの訓練に関して異様に口が重く、ゴールゼンが順番に酔い潰していっても誰も口を割らなかった。最終的にはクゥセル自身が総長と対決したらしい。


「まあ、過ぎたことを言っても仕方ありませんね。それより、何故、ウィシェル・ペディセラの辞職のことを知っていたのですか?」


 ふと、セヤは不思議に思って聞いてみた。昨晩遅い時間に彼を訪ね、ウィシェルはそのまま辞職していった。正式に辞職が受理されたのは、今朝の事だ。


「蛇の道は蛇ってね。それなりに情報網があるんだよ」


 そう言ってゴールゼンは片目をつむるが、ノエル・レオンが冷静に指摘した。


「タクティカス卿が言ったのでしょう。彼はその辺り、そつがありませんからね」


「お前、言うなよ、そういうこと……」


 成る程そういう訳か。納得したセヤは一つ頷いた。


「わかりました。わたしはこれで失礼します」


 小さく会釈してその場を立ち去っていった。


「しょうがねえな。俺らも仕事に戻るか」


「決済をお願いします」


 そう言って、ノエル・レオンは抱えていた書類の束を差し出した。


「まさか、その為にここに来たのか?」


 まだ会議中だったらどうするんだよ。ぼやくゴールゼンにノエル・レオンは口を開く。


「貴方が逃げ出して、総長としての責任を果たされなければ困りますからね。思ったより早く会議が終わっていたので少し焦りました」


 歩き出したゴールゼンに続きながら、副総長は欠片も焦りの色を見せない無表情で言った。その様子は、現皇帝がノールディンでなければ『氷帝』の称号は彼のものだった、と少なくない人間に言わせるだけの説得力があった。


 小さく嘆息した後、騎士団総長は首を捻った。ノエル・レオンの言う『責任』に、クゥセル・タクティカスの一件が含まれている事を感じ取ったからだ。


「クゥセルもなあ……。一応俺は聞いたんだぜ、辞める理由」


 ぺらぺらと渡された書類をもてあそびながら言う。


「それで、彼はなんと?」


「にっこり笑って『賭けをしましょう』だぜ?」


「……それで、また負けたのですね?」


「はい!」


 やたら元気良くゴールゼンは言った。


「ぎりぎりまで陛下に悟られないようにしてくれって。それが負けた代償だ」


「奥方様に……」


「頼むから黙っててくれよ。『取り返しにいく!』って言いだしかねん」


 頭を振って、情けなく彼は言う。賭け好きの妻を、賭け好きの彼は止められない。


「まあ。まったく、情けないのは俺もそうだが、俺の弟子たちも、だよなあ……」


 彼が『弟子』と呼ぶ人間は限られている。


「きっぱりと城を出て行ったフェリシエ様が一番格好良いって、どういうことだ」


 語る内容とは裏腹に、彼の表情は明るかった。


 ノエル・レオンも、普段の無表情に僅かな笑みを乗せた。皇妃の行動を小気味良く思っているのは事実だった。









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