11.重臣~明証
「会議中、申し訳ありません!」
扉を開いて入ってきたのは、大量の書状が入った大きな箱を両手で抱えた宰相の補佐官だった。
「重臣会議の最中だぞ、控えよ」
宰相が諌めるが、額に汗を浮かべた彼は首を振った。
「いいえ。お待ちする猶予がありません」
「…………? 申し訳ありません、陛下」
切羽詰ったその様子に徒ならないものを感じた宰相は、皇帝に許可を求めた。
「構わん」
皇帝の許可を得て、補佐官に先を促した。
補佐官は悲痛な声で訴えた。
「皇妃陛下への贈り物が国内外から届き、仮保管庫から溢れ、行き場を無くしております! それに、誕生祭の予定はいつかと問い合わせがこのように殺到して、捌き切れませんっ」
彼の両手に抱えられた箱から、数通の書状がひらひらと落ちてしまった。
「仮保管庫から、溢れそうだと?」
宰相は目を見開いた。仮保管庫とは言え、決して小さい倉庫では無いからだ。歴代の皇帝陛下の誕生祭の時でさえそんな事態に陥った記録はない。
「何故そんな急に……」
「今日で一月を切ったからだと思われます。皇妃陛下の二十歳のお誕生日まで……」
補佐官のその言葉に、宰相は愕然とした。
皇帝の誕生祭の前に皇妃の誕生日があったことを失念していたこともある。昨年は彼女が望まなかった為、大げさなことをしなかった。とは言え、完全に忘れ去っていたのだ。
だが、それ以上に彼女の年齢を思い出して驚いていた。
「あの方は、未だ二十歳に満たない年若さだったのですね」
その言葉に会議場が静まり返った。
「我々は、一体あの方に何を求めてきたのでしょうな……。たった二年程御子が出来ないからと女性失格の烙印を押し、皇妃失格の烙印を押した」
補佐官の持つ箱から一通、書状を手に取る。地方の小さな都市からの書状だ。フェリシエは訪れたことも無いだろう。
「こんなにも民に慕われている方に、そんなことをする権利は本当に我々にあったのでしょうか」
その言葉を最後に沈黙した宰相の横で、皇帝が立ち上がった。
「……陛下?」
ハインセルが彼に声を掛ければ、重臣たちの視線は一斉に皇帝に向いた。
「この重臣会議は無かったことにしてやろう。その方が、都合が良い者が多そうだ」
低く笑う。
思い当たる節のある者も、無い者でさえもどこか居心地の悪さを感じた。
皇帝は視線を先程のざわめきの原因に投げかけた。
「ゴールゼンとセヤは改めて報告に来い」
「はっ」
再び立ち上がったゴールゼンは胸に拳を当てて完璧な騎士の礼をした。
その後ろで同じく立ち上がっていたセヤがゆっくりと礼をした。
「かしこまりました」
その返答を聞くや否や皇帝は会議場を後にした。
一息ついた宰相が口を開く。
「それでは、今回の会議は解散とします。しかしどうか皇妃様のご意向については各々、しかとお考え頂きたい。くれぐれも」
宰相もまた補佐官を伴って会議場を立ち去った。
「とんだ皇妃様だ。去られて猶も面倒事を残されるっ。ユーシャナ様とは大違いだ!」
忌々しげに言ったのはオルバスティン公爵にすり寄っていた重臣の一人だ。
それに反応を返したのはゴールゼンだった。
「はっはっは! じゃあ、あれか? ユーシャナ様が皇妃様だったらこんな事にはならなかったと言うか?」
いっそ朗らかに言う彼に、重臣は噛みついた。
「当たり前だろう! 正統な貴族なら、こんな事態を引き起こしたりはしまい」
その台詞は皇妃フェリシエを貶しながらもゴールゼンの事さえ貶めるものだった。
ゴールゼンの表情は変わらないが、その瞳には冷たい鋭さが宿った。
「だったら、こうしないか? あんたらご自慢のユーシャナ様に、皇妃様に向けてあんたらが言った台詞の数々を言って見せてくれよ。微笑んでいなせるんなら、それはそれは素晴らしいお妃様だろうよ」
言われた方は顔をひきつらせ、オルバスティン公の顔色を窺いながら言った。
「言えるわけが無かろう!」
はっ、と鼻先でゴールゼンは笑った。
「まあ、言えるようになったら呼んでくれよ。俺は是非ともそれを見学したいからなっ」
その言葉に更に顔をひきつらせて、彼はそそくさと立ち去っていた。
そのやりとりを聞いていた者たちも三々五々政務へと戻っていった。
残ったのはゴールゼンとセヤ、衛兵ぐらいだった。