第4舞 繋がり
第4舞:繋がり
「・・・私は・・・」
そうライトが主語だけ呟いたと同時にピアスに仕込まれていた通信機から雅さんの声が響いた。
『昶!今すぐそこを離れて!そいつこそ今回の裏情報の正体!昶の目の前にいるそいつは・・・――!!』
何者からか追われているらしい。通信機の向こう側から複数の追いかける足音と、銃声。
そして目の前で真剣を構えて言葉を紡ごうとするライト。そして狙われている俺。
『「社長の最高傑作、殺戮兵器のアンドロイドだ!」』
雅さんとライトの声が被ると同時に、ライトが一気に攻めてくる。ピアスの向こう側では雅さんが撃たれたのか、呻き声をあげた。同時に起こる危機に頭が上手く回ることができず、何とか避けたのだが、肩を少し斬られた。
「っく・・・。」
『にげ・・・ろ・・・!』
雅さんも苦戦しているようだったが、俺に最後にそう連絡を入れると通信を切られた。
・・・なんとか逃げなくちゃ。目の前の相手がロボットとわかれば、どんなにがんばっても勝ち目はない。
どうやって皮膚の下の鉄の体をこんなちっぽけな銃弾で打ちぬけというんだ。
「・・・死ねない。俺は、まだ死ねない。」
ライトとは反対方向にある窓に向って走り出し、窓ガラスを破ってビルから飛び出す。
丁度下にあった電線の上に着地し、その上を駆け抜ける。
あの狭い空間から脱出できたためこれで生存確率は多少あがったかもしれないけれど、まだ大丈夫ではない。
ライトもビルから飛び降りて、電線の上を追いかけてきた。
「くそっ・・・!!」
死ねるかよ・・・。俺はまだ死にたくない!
明日は卒業式なんだ。クラスの皆揃って卒業しなきゃ、意味ないだろ!!
電線からビルの屋上へ飛び移ると、ビルの上を駆け抜けて、次へ次へと飛び移る。
そうやっているうちに、いつの間にかライトの姿は見えなくなっていた。あいつにプログラムされているシステムがどの範囲まで追えとか、そういう風に組み込まれているか、もしくはマスターの命令を受信して戻ったか・・・。
とりあえず、一休みをしよう・・・肩をやられたし、腹を殴られたけれど、肺の辺りが痛い・・・肋骨何本か逝ったなこりゃ・・・。
夜空を見上げ、気がつけばもう朝はそこに来ていた。
ああ・・・この任務式開始までに終わるだろうか・・・。
俺はとりあえず雅さんに連絡を入れてみる。しかし、雅さんの通信機はなかなか通信を受け入れてくれない。
なんのための通信機だよ・・・これじゃ雅さんが生きているか、捕まってしまったか・・・わからないじゃないか。
「・・・雅さん・・・。」
初めてだ。こんなに不安になるのは。
いつもはまわりに友達がいて、母さんがいて、理沙も遊びに来て、達也もすぐそばにいて、雅さんともいて・・・。
いつもそこに俺がいて、俺のすぐそばには皆がいることが当たり前だと思ってた。
けれど、今日、本気で殺されそうになって、雅さんを失いそうになって・・・初めて分かった。仲間がいる本当のありがたさ。
戦っている中、本当は足が竦みそうで、でもそんな中思うのは母さんや友達。そして雅さん。
もう会えなくなるなんて嫌だ。ここに達也がいたら、本当にお前は泣き虫で弱虫だなとかいわれてしまいそうだけれど、本当に不安で仕方なくなった。
「・・・・・・行かなきゃ・・・。」
それでも俺は恐れを知らない戦士のように戦い続ける。そうしなければ、きっとこの世界から悪い部分は取り除かれないのだろうから。何処の誰が、たった1人で何が出来る。もしそういわれたら。
確かに1人じゃなにもできない。できるとすりゃ、そりゃー募金活動とか、チャリティーの支援とか、その程度しか見つからないよ。それでもこうして、演じ屋として人のために、世の中のために俺は演じ続けよう。
そして、少なくとも俺の目の前に見える世界だけでも。それは本当に無意味に近いことなのかもしれない。
けれど、それで人が喜んでくれるなら。誰かが救えるなら。
「・・・戦い続けるさ。な、親父。アンタもそうだったんだろう?」
何処からか、爽やかな風が吹きぬけ、俺の頬を包み込むように撫でていった。
きっとそれは、親父だったんだと思う。
「・・・ターゲット確認。」
頭上から降ってきた声に俺は睨みつけ、銃を構えた。
やはり頭上にいたのはライトで、ビルから真剣を構えたままの体勢で一直線に降りてきた。
俺はそれを銃の仕込みナイフではじき返し、ライトと距離をとった。
「どうだい、私の最高傑作、ライトは。」
不意に聞こえてきた声に路地の方へ視線を送ると、そこには金髪とも茶髪ともいえないような色をした短髪の男性が立っていた。
「・・・マスター。」
ライトがそう呟いた。と、いうことは、この男性こそ、あの会社の社長であり、ライトを作った張本人。
「邑上匡弘か・・・。」
「ふぅん。私の名前を知っているのかい。」
俺が彼の名前を呟くと、何がおかしいのかは知らないが、くくっと笑っていた。
「そこにいるライトはね、私が作った最高傑作であり、創造と破壊の結晶なんだよ。」
「理解不能だ。」
「そうだね、まだ君にはわからないだろうな。でも、素晴らしいとは思わないかい?私は自らの手を汚すことなく、人を殺めることが出来るんだよ・・・。そしてライトを介して殺害する様子のデータを回収し、より殺戮のシーンにリアリティを求めることの出来るゲームを作る。それに、ライトがいれば、不要な者は簡単に壊せる。」
そう言う彼の顔はとても歪んでいた。もはや、思考回路が正常ではない。彼は二次元の世界に入り込みすぎて戻れなくなっているのかもしれない。
「狂ってる。そして、アンタは可哀想な存在だ。」
俺がそう言うと、彼は更に顔を歪め、ライトに命令を放った。
「殺せ。ライト。」
「御意のままに。」
ライトが再び真剣を構えて切りかかってくる。俺はソレを避けて、何とかならないものかと銃弾を打ち込んでいくが、やはりどうにもならない。
苦戦していると、横から発砲されて、わき腹を打ち抜かれた。
「・・・っく・・・はぁっ・・・。」
「ふふ。愉快だ。」
社長さんは拳銃を構えてこちらに銃口を向けていた。狙撃はどうやら彼だったらしい。
その間にも切りかかってくるライトの攻撃を避けながら、俺は社長さんの拳銃めがけて発砲した。
しかし、特に銃にこれといった変化が見られないためか、社長さんは腹を抱えて笑い出した。
「ははは!君は本当に愚かだな!まともにターゲットも狙えないなら、拳銃など持つな!」
そう言って社長さんが俺の頭目掛けて拳銃の引き金を引いた。
しかし、銃弾は飛び出すこともなく黙っている。
「な・・・に・・・?まだ銃弾は入っているはずだぞ・・・?」
困惑した様子で何度も何度も引き金を引く社長さんにおかしくなって、俺は笑いながら言ってやった。
「ふふ・・・社長さん。俺が打ち抜きたかったのはアンタでも拳銃でもない。その中だ。」
「な・・・っ!?」
そう、俺が銃弾を打ち込んだのは社長さんの銃口の中。俺の銃弾が詰まって、中の銃弾が飛び出すことが出来ずにいるってわけ。俺の銃撃の腕舐めんなよ?
そう余裕の表情で社長さんをみていると、ライトがまた切りかかってきた。
それをまた避けたのだが、俺は油断していた。ライトは仕込みナイフをグローブの下から飛び出させ、それで俺に切りかかってきた。
・・・カランッ・・・
そう音を立てて左目の部分だけ、仮面が欠けてしまい、変装用の特殊メイクもそこからはげ始めた。
「・・・その下に貴様の素顔があるのだな・・・楽しみだ。」
「・・・ライト。俺はお前を絶対に・・・解放してやる。」
「解放?ふん、何を馬鹿なことを・・・――」
余計なことを喋ってくる社長に向けて片方の銃で威嚇射撃をした。
すると、社長さんは素直なものですぐに黙り込んだ。
ライトが真剣を構え、俺が二丁銃を構え・・・同時に路地へと飛び出し、追いかけあいながらの攻防戦が始まった。
大分空も明るくなってきた。卒業式・・・間に合うかな。
通勤・通学をし始めた人がこちらをみているが、もうこの際通報されても構わない。
ライトは俺以外は狙う様子はないようだから、なるべく付近に人がいないのを確認しながら、人気のない場所へと誘い込んで行っていたのだが・・・そろそろ俺も限界、かも。
肩も切られてるし、脇腹からはかなり出血してるし・・・肺も苦しい。
「・・・っ・・・。」
目眩がしてきて、思わずよろけたのをライトは見逃さなかった。
「ぐああぁっ・・・!!」
彼の真剣が俺の腹に完全に貫通した。まるで串焼きのように。おいしくないって俺・・・。
「・・・。」
無言でライトが串刺しになったままの俺をそのまま真剣で持ち上げるものだから、もう悲鳴にならない痛みが走る。
痛いんだか熱いんだか・・・もうわけわかんない。
ただわかるのは、出血多量による感覚の麻痺と、こいつを、ライトを止めること。もうそれだけしか頭になかった。
「・・・ライト、・・・っ・・・アンタは、本当に・・・人・・・殺して・・・いい気持ち・・すん・・・のか・・・?」
「・・・私はそういう風にプログラムされている。」
「そう・・じゃない・・・・・・いくら、アンタが・・・人でなくて・・・も、・・・アンタにも・・・意思・・ある・・・違う・・か・・・?」
「意思・・・?」
訳がわからないといった様子でライトは眉を寄せた。
はは、確かにそうかも。この人ロボットなのにね。どうして俺、ロボットに説得してんだろ。自分でもよくわからないや。
ただ、もしかしたら、俺たち人間が気づいていないだけで、ロボットにも感情があるんじゃないかなって。なんかテレビで紹介されてた人型ロボットとか映画に出てくるロボットとか見てて、そう思ってたんだ。ずっと。
「そ・・・う、意思。」
「・・・私は・・・私・・・は・・・・・・。」
「ライト・・・。」
彼の名前を呼ぶと、彼は何処か悲しそうな表情でこちらを見つめた。やっぱりこいうの見てると、喜怒哀楽とかあるんだと思うんだよね。
そっと彼の頬に手を伸ばして、優しく触れた。そこから感じられるのは人間らしいほのかな体温と、少し違うけれど、似たような肌の感触。
「俺、アンタの・・・友達、に・・・なりたいな・・・。」
そう言葉をかけると、ライトの光りを失ったような瞳が何処か輝きを取り戻したように感じた。義眼だからそんなはずはないのかもしれないけれど。
「・・・人を殺めるのは・・・嫌だ。とても恐ろしい。殺めた事実がデリートされてしまえばいいのに。そう思うことがある。」
「うん・・・。」
ポツリポツリと、ライトが言葉を紡ぎだした。それを俺は吹っ飛びそうな意識のなかしっかりと聞いてやる。
「私の手は・・・真っ赤に染まってしまった・・・こんな私でも、許されるのだろうか・・・?」
「うん・・・。許される・・・よ・・・ライト・・・が悪い・・わけじゃ・・ない。」
「・・・私を友と呼んでくれるのか・・・?」
「・・・うん・・・・・・友達・・・だ・・・よ・・・――」
ああもう駄目だ。すごく眠くて敵わない。血が足りないんだよ・・・。ごめんなライト、最後まで話聞いてやれなくて。
ちょっとだけ寝かせてくれないか?本当、ちょっとだけだから。ああ、卒業式もうすぐだっけ・・・間に合うかなこれ・・・開式8時だからさー・・・5分前にでも起こしてよ。
「・・・おい、しっかりしろ・・・。」
ライトが揺さぶっている・・・と、思う。けど、俺の意識はそこでぷっつりと途切れた。
* * *
そこからのことはなにも覚えていないのだけれど、相変わらず無表情だが、一生懸命に俺を起こそうとしているライトの姿を、まだ生存していたらしい雅さんが見つけて病院へ搬送してくれたそうだ。雅さんもかなりの重症で、あったにも関わらず、自分より俺の心配をしてくれてたそうだ。ついでに、あの社長さんは捕まって、会社の方は勿論消滅したそうだ。まぁ、これは後日聞いた話なんだけれどね。
そして、今、目を開けば、白い天上と白いベッド。そしてベッドの横に置いてある椅子に座って俺の寝ているベッドにうつぶせになって眠っている・・・いや、多分これ寝てるんじゃなくて充電中か停止状態にあるのかもしれないけれど、ライトが視界に入った。
「・・・生きてる・・・。」
自分の体に触って確認をしていると、ライトが目を開けてこちらを見ていた。
「・・・おはよう、ライト。」
微笑んでそう挨拶をすると、ライトは何処か困ったようにオロオロを視線を泳がせた。
あ、でもとりあえずはナースコールを鳴らしてくれたよ。
「おはよ・・・う?」
「うん。おはよう、ライト。目覚めたときの挨拶だよ。」
「そうか・・・。」
理解したらしく、ライトは小声で、おはようと何度も呟いていた。
「全く・・・深手を負いすぎなんだよ君は。」
左のベッドとを仕切るカーテンが開いたかと思い、そちらを振り向けば、腕に包帯と目に眼帯をしている雅さんがいた。
「生きていたんですか!」
「まぁね。ちょっと負傷しちゃったけれど、僕、あの程度じゃ死なないよ。演じ屋の中で不死鳥の雅と呼ばれるこの僕がそう易々と散るわけがない。」
「あー・・・はいはい。」
「流したね。」
そうやって冗談をいい、笑いあっている間にお医者さんが駆けつけてきた。
俺の容態を確認しつつ、どういった状態で運ばれてきたのかとか何日寝ていたのかとか教えてもらった。
「・・・一週間デスト・・・?」
「そう。君は一週間も眠ったままだったんだよ。一時はどうなるかと冷や冷やしたよ。」
お医者さんがかなりマジな感じでそう言ったので、それほど俺はヤバイ状態だったということが推測される。
いや、本当・・・生きるって素晴らしいね。生き延びてよかった。
「あ・・・結局卒業式行けなかった・・・。」
深いため息をついて肩をがっくりと落とした様子の俺を見て、ライトが服を引っ張ったので何かと思い顔を上げれば・・・
「今から卒業証書を貰いに行くぞ。」
とか言われちゃったんだけど。
無理じゃね?え?ライトさん本気なんですか?いやいやいや。俺まだちょっと立てないんですけど。今確実に体動かしたら口から血の噴水だよ?傷口開いちゃうよ?
「案ずるな。私が連れて行く。」
「・・・うわぉ。王子様みたいな宣言。惚れていいですか?!」
「構わない。」
「・・・すみません。冗談です。真顔で答えないでください。」
小さくライトが笑った気がした。
ライトは軽々と俺を持ち上げて、車椅子に乗せると、何故かロビーで車椅子を止めた。
わけが分からずにいると、突然、肩をトントンと叩かれ、振り返ればそこには、達也とクラスメイトの皆がいた。よくみれば、母さんに担任の相沢先生、校長先生もいる。
「おはよう、昶。」
「・・・・・・おはよ・・・。」
キョトンとした様子で達也を見上げて、そう呟くと、達也は飛びっきりの笑顔を向けて、俺の頭を撫でくり回してきた。
嬉しいような、不愉快のような・・・。
「ったく!お前は本当に寝坊助だな!」
「・・・。」
でも、やっぱり嬉しい。本当に、あの日は死ぬかと思ったんだ。もう二度と皆に会えないかもしれないって思ってしまうほど恐ろしくて・・・でも、こうしてまた皆と会うことができたし、ライトももう大丈夫みたいだし、友達になれた。
「ちなみに、貴方が演じ屋とはばれていませんよ、ただ、事件に巻き込まれていた友人を助けようとしたらこうなったと、ごまかしておきました。」
背後で雅さんがそう呟いた。それの言葉を聞いてライトも隣で頷いた。
そっか・・・。2人ともありがとう。
「卒業証書授与。3年Ⅰ組、喰牙昶。」
病院のロビーだというのに、校長先生は高らかに卒業証書を読み上げた。
「はい!」
病院で受け取る卒業証書なんてなんか変な気分だったけれど、みんなの思いがとても嬉しかった。
俺一人だけ写真に写っていないのはおかしいということで、不謹慎ながらも病院側にお願いして写真を撮らせてもらった。
達也が貸してくれた制服の上着を羽織って、皆で卒業証書を持って、笑顔で一枚。
そして母さんと担任、校長先生に雅さんとライトも加わって、もう一枚。
何処の卒業生よりも強い絆で結ばれている素敵な写真ができた。これは、皆の宝物だねって、クラスの誰かがそう言った。
* * *
「さてさて。お仕事だね。」
「今回の任務は花嫁を逃がしましょう~♪大作戦ってか。」
「・・・問題ない。全力で応えよう。」
あれから数年後。俺たち演じ屋家業はまだ舞台から降りることなく、寧ろ、仲間にライトを加えて活動している。
どんなに危険だろうとも、せめて目の前に広がる世界が悲鳴を上げるのならそれだけでも。
ちっぽけな努力といわれようが構わない。それで誰かが喜ぶのなら。
「・・・さてさて。一発華麗にやりますか。」
「そうだね。」
「了承した。」
『よかった、あの子元気そうじゃない。ね、貴方。』
湖の水面を白い足でけりながら、白いワンピースを着た女性が、陸のほうで腰を下ろしている男性に問いかけると、男性はニッと笑ってみせて自慢げに言った。
『当たり前だろう。俺たちの息子だぞ!』
『でも最後まで伝えられなかったのは父親だけは、本当に昶の実の父親だってことくらいね。』
『そうだな・・・あの頃俺は狙われていたし、お前は病死で先に逝ったからな。施設に預けるしか安全な方法がなかったんだ。・・・あいつがこっちに来る日には謝らないとな。』
『そうね。』
俺、ちゃんとわかっていたよ。
いつも夢にでてくる女の人が母さんだって。心のどこかでずっとそう思っていたんだ。
いつも語りかけていたんだよね。夢の中では忠告していたんだろ?『危ない、気をつけて。』って。
親父もいつもすぐ側で見ていたこと知っていたよ。
いつも風になって俺の周りにいるもんな。
もう大丈夫だから。俺、1人じゃないからそんな過保護にならなくたっていいよ。
演じ屋になれてよかった。
だって、そうだろう?
こうして皆と繋がれたから。