月の裏側へ
小窓から見える外は既に漆黒の闇で、有りえない程の星々の光が見えている。これが映像でないならば、大気圏を抜けて宇宙に飛び出したようだ。
地球を飛び発ってからどれくらい経っただろうか。急に月の表面が窓の外に現れ、暫くして再び宇宙空間が見えたと思ったら人工物のトンネルに入っていく。そう言えば、常にお尻に重力を感じていた。これはアトラクションか何かで、まだ地上に居るのではないだろうかと淡い期待を抱かせる。
残念なことに拘束を外されてシャトルから出ると、急に重力を感じなくなった。無いわけではないが、チョット跳ねただけでどこかに飛んで行ってしまいそうだ。腰に綱が括られているので、それに引き摺られるように建物へと入る。
「適合者の諸君。我々は君らを歓迎しよう。先ずは個室を与えるので寛いでくれたまえ。その後、気が向いたらで良い、学習システムを用いてくれたまえ。さすれば君らがココに来た理由も、これから成すべき事も理解できるだろう」
ヘルメット内に聞こえてきた男の声は、そう一方的にしゃべって終了した。
ここでは警棒を持った男たちに追い立てられ、与えられた個室に監禁された。
部屋に入って直ぐ、ヘルメットは外されて回収されている。ここには空気はちゃんとあるので、重いヘルメットの回収は助かるとも言えるが、月ならば外には空気が無いので脱走防止なのだろう。
部屋はベッドと机の他にトイレが有るだけで、机側の壁にはモニターが埋め込まれている。机にはキーボードがあるが、マウスは見当たらない。
キーに触れるとモニターが点き、メッセージが流れはじめる。
『地球は、我々エンシャール帝国の管理下にある。君らは種としての有用性を試される機会を得た。選ばれた君らはその有用性を我々に示さねばならない』
『地球の指導者たちは、自治領ごとに我々の技術を取り入れて戦闘艦を作る選択をした。
日本は帝国北部のチャンド自治領人を祖とする遺伝子であるため、チャンド自治領が主体となってサポートをしている』
『既に艦艇が複数完成しているので、君らはその航行に必要な知識を学び、成績優秀な者から艦艇のテスト航行に出てもらう。サボタージュも個々の責任において受有だが、武装の無い補給艦の勤務やミサイルを抱えての片道切符はさぞかし辛いだろう、と推測できるだけの知恵があることを期待する』
やはり頭をいじられていたのだろう。
画面に浮かぶ文字は日本語どころか地球上のいかなる文字でもないはずだが、普通に読解できている事に疑問は有れど驚きは無い。
さて、艦艇に乗れと言うことは宇宙戦争に参加しろと言うことだろうか。しかも既存の戦闘艦ではなく、提供された技術を組み入れただけの継ぎ接ぎ新造艦で?
最前線で壁になるのは御免だ。
ならば火力は犠牲にしても、足が速くて航続距離が長い艦が良いだろうか。小回りが利くのも捨てがたいが……。
調べてみると艦種は大きい順に怒級戦艦・巡航戦艦・重巡航艦・軽巡航艦・駆逐艦となっていて、軽武装の補給艦・輸送艦まであった。そうなると、狙い目は軽巡航艦になる。戦艦と重巡は火力重視で足は遅いだろうし、駆逐艦は小回りと足の速さは良さそうだが航続距離は短そうだ。補給艦や輸送艦は端から眼中にない。
ならば、軽巡の艦長ないしは操縦士、砲術士になれる知識を取得する必要がある。
3課程を選択したので、学習内容は多岐にわたった。
帝国の歴史はその版図拡大を知り、敵の勢力を知るのに役立った。戦略や戦術と言ったものは基礎知識を得た後はひたすら戦闘シミュレーションだ。操縦方法や火器管制制御は、AIのサポートが得られるようで、凝った空戦ゲームよりも操作が楽だった。勿論、艦種を選んでの訓練なので、希望の艦種に乗れなければ使い物にならないかもしれない。
主砲はレーザー砲だ。連射は主機の出力に左右されるが、ミサイルなどより速度が速い分当てやすい。駆逐艦はレーザー砲が少ない代わりに電磁砲を搭載していて、その射出はレーザーほどではないが物理打撃効果を期待できる。
レーザー砲は宙域によっては曲がることもあるそうなので、戦闘宙域によっては夾叉を取る必要がありそうだ。教習内容にはその知識は無かったが、指摘をすれば必要だとの回答があった。質問すれば教習にない内容でも答えてくれるので、ただ聞いて覚えればよいと言う訳でもなさそうだ。
食事は1日3食、決まった時間にチューブに入った半固形の物が配られる。水はストロー付きボトルに入ったものが朝に配られ、コールすればお替りが貰えた。食にこだわりはないし、3食決まって食べられる事が殊の外嬉しい。時間は24時間制で、時計を見ながら個々人でスケジューリングする必要がある。もっとも娯楽は無いので寝るか食べるか勉強するかだ。部屋から出られないので、他の人と会話をすることも無く、運動は狭い室内でスクワットや腕立てなどをする程度となっていた。重力が少ないなら、鍛えておかないと地上で歩けなくなりそうだ。
週1回、選んだ学習課程の試験が行われて、合格点に満たないと先の課題に進めない様になっている。僕は艦長課程と操縦士課程の他に砲術士課程を取っていて、週末の全ての時間がテストに充てられていた。今のところ落第点を取ったことは無いので、順調だと言えるかもしれない。
ココに閉じ込められて8週間が経過したところで、搭乗希望の艦種を選択する指示が画面が現れた。勿論、軽巡航艦を選択する。すると、選択肢がふたつ現れた。ひとつ目はレーダー出力の高い艦で、ピケット艦としての任務も熟す艦だ。もうひとつは主砲と高射砲が強化されていて、遊撃としての任務を熟す艦だ。
詳細を読んで最初の艦を選択した。砲火力が低い事を補うために、ラム戦ができるように回転衝角を持っている事が気に入ったからだ。衝角自体が高強度単結晶なため、これを破壊するには超弩級戦艦の主砲を直撃させなくてはならない程だと言う。要は、エネルギーの要らないバリアのような物だと解釈した。
抽選結果は来週との事だったので、軽巡の仕様書を眺めながら更なる学習に力を入れて1週間を過ごした。
そして結果発表の朝、朝食と共に辞令が配られた。
宛 マサミ・ゴトウ殿
帝国軍辺境73区指揮指令は貴殿を帝国軍特務少尉に任命する。
これは辺境73区の新造艦テスト部隊にて艦長を務めるための特例処置であり、その功績によっては正式な帝国軍少尉に昇進する事が可能である。
本日正午よりLC21001軽巡航艦【夕張】へ乗艦するとともに、与えられた任務の遂行に尽力する事を期待する
望み通りの配属に思わずガッツポーズをとってしまった。これで狭い部屋ともオサラバできるし、望んだ役割で希望した艦に乗れる。
辞令が表示されていたタブレットは折りたたむとポケットサイズで、そのまま携帯情報端末として支給されるとの事だった。そこには軽巡【夕張】の詳細なデーターも入っているため、後で確認しようと思う。
さて、次の希望は汗臭い宇宙服を脱いで風呂に入りたいのだが、果たしてそういった施設はあるのだろうか?
朝食を食べ終わって少しして、食器を下げに来たタイミングでロックが解除されて部屋から出された。そのまま案内された先はシャワールームで、着ていたものは回収されてデザインの違う宇宙服を支給された。先ほどまでの物より薄手で、タブレットが入るサイズのポケットが付いていた。シャワーは車のコイン洗車機と同じように、最初にお湯が出て、直ぐに洗剤が噴射され、2分の猶予時間内に髪から足の先まで洗うと、お湯が出て泡を流せると言う物だ。これ、髪の長い女性は大変だろう。延長停止ボタンはあるが、何分延長できるかは書いていないし、そもそも泡の量が長髪を洗うには少ないように思えた。
新しい宇宙服はこれまでの物より体にフィットしていて軽く、生地に収縮性があるのか動き易かったが体型が丸分かりだ。ヘルメットも小振りで、バイク用のフルフェイスに近いサイズ感だった。それでも戦闘艦に乗るのだから、気密性はちゃんと担保されているはずだ。
着替えが終わったら施設内の案内板に従ってドッグへと移動する。軽巡【夕張】とのご対面だ。
ドッグ内は無重力だったので、管制塔から飛び出して艦まで漂っていく。初めてのはずなのに、危なげなくと言うか、ちゃんと出来た事に少しうれしくなった。
軽巡【夕張】の係留場所はドッグの最奥だった。
手前の2隻は駆逐艦で、同型艦のようで違いが見られない。その隣は大きい方の軽巡航艦が1隻と一回り大きな重巡航艦が1隻。そして巡航戦艦と怒級戦艦が並んでいる。重巡と巡航戦艦はサイズ的に近いが、怒級戦艦は更に2回りほど大きかった。
そして最初の区画に居た駆逐艦とは形の違う駆逐艦が4隻あって、その駆逐艦に近いサイズの軽巡航艦が【夕張】だ。
【夕張】の全長はB01型駆逐艦と同等で、幅は7割程と細身だ。艦首には回転衝角が有り、艦中央付近の上下に主砲となる50口径連装砲塔が各1基計4門ある。艦後方の左右には副砲として40口径3連高角砲塔が2基あり、最後尾には推進ノズルが3個有った。
主砲及び副砲とアンテナ類は艦内に収納可能で、ラム戦時には突起が無い状態で敵艦に突っ込むことが可能だ。
艦載機は小型のランチでさえ搭載されていないので、迎えに来てもらうかボーディング・ブリッジで繋いでの移動とならざるを得ない。
砲塔は収納可能になっているし、通常の軽巡よりもサイズが小さいので致しかた無いとは思う。それでも転換炉は高出力型を2基持ち、最大推進力は65,000pfと巡航艦基準の8割の出力があり、船舶質量は巡航艦基準の半分ほどの3,200smで、最大船速はココに並ぶどの艦艇よりも早く、航行距離も長かった。
艦中央左舷のハッチから中に入ると、艦内には軽く重力がかかっていた。艦首側に乗員用の部屋が4部屋、艦尾側に2部屋とシャワールームや洗濯装置等がある。一番先頭の右舷側が艦長室なので、部屋に入って確認する。
部屋はこれまで監禁されていた部屋の2倍ほどあり、ベッドとロッカーに机が備え付けられていた。ロッカー内には予備用の宇宙服一式が入っていて、もちろん私服などは一切ない。
操縦室に入れば、非常灯だけが点いている状態だった。
『立上げ作業から一人でやるのか? 他の乗員はいつ来るのだろうか』
取り敢えず機関士席に着いて外部電源の供給を確認する。重力維持等の最低給電状態のようなので、艦内機器全てへと動力を解放する。次に通信士席に着いて通信ログを確認する。
『僕宛にメールが来ている以外には無しか』
一番前の操縦士席に着いてメールを開く。
宛 軽巡航艦【夕張】艦長
今回配属が決定したのは各艦の艦長のみである。
乗組員については添付のリストを参照し、艦長自らがスカウトすること。リストは取得課程別に成績上位者の一覧となる。速やかに確認し、3日以内に乗員をスカウトすること。乗員数に満たなくとも出航予定に変更はない。また、サポートロボが配備されるので、残りの乗員は3名である。
だそうだ。
残りの乗務員が3名ならば、砲術士課程の上位者1名に、機関士課程の上位者の中で砲術士課程でも平均以上の者が1名。残りは通信士とレーダー士の両課程で上位の者の中で艦長課程も受けている者が候補となる。
名簿からフィルタリングで該当者を抽出すると、何名かはグレーアウトしている。既にスカウトを受けたのだろうか。
さて、砲術士は上位10名の中で艦長課程12位が居たので、迷わずスカウトした。副長に任命しよう。
次に、機関士課程で砲術士課程を取っていたものが上位に居なかったが、機関士課程の14番手が砲術士課程の31番手だったのでスカウトした。
レーダー士課程で複数課程を取っている者は結構多かく、レーダー士課程6番手が通信士課程と機関士課程で順位表の中央を辛うじて上回っていたのでスカウトした。
こう見ると、複数課程で上位に食い込める者は僅かであることが分る。小型艦も大型艦並みに兼任せずに済む乗員数にしてほしかった。
もっとも、多ければそれだけまとめるのが大変になるだろう。誰も好き好んでこんなところに来たわけではないのだろうから。




