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拉致、そして

軽い読み物としてお楽しみください。


ストームマウンティー中継ステーションの管制レーダーに映ったそれは、最初は隕石だと思われていた。珍しく直撃コースに入っているため、確認のためにパトロール艇が向かわされた。


「パトロール032よりSW管制塔へ。対象は隕石ではない。繰り返す、対象は隕石ではない」

「SW管制よりパトロール032へ。対象は目視できましたか?」

「パトロール032よりSW管制塔へ。対象は船だ。識別信号も出ている。確認したところ軽巡洋艦となっているが、質量が通常の3割程度だ。見た目は自家用ヨットだ。それも単距離の。あのサイズで跳躍できるのか?」

「SW管制よりパトロール032へ。こちらからコールしますので、識別ナンバーを送ってください」

「パトロール032よりSW管制塔へ。転送した。これより通常パトロールに戻る」


管制官は管制ログを確認し、システムが識別信号をキャッチしていたにも関わらず対象サイズの小ささから漂流船かなにかと判断し、管制官への指示を出さなかったことが判明した。設定変更の上申をすべきだが、今は船を安全に導かなくてはならない。


「SW管制塔より接近中のLC23001へ。所属と艦名、桟橋利用の意思を連絡されたし。繰り返す。接近中のLC23001は、所属と船名および桟橋利用の意思を連絡されたし」

「LC23001よりSW管制塔へ。こちらは帝国軍辺境73区所属の軽巡航艦【夕張(ゆうばり)】、桟橋の利用と燃料の補給を申請する。桟橋の№を乞う。尚、上陸はしない」

「SW管制塔より【夕張】へ。確認がとれた。328番桟橋へ接岸されたし」

「LC23001よりSW管制塔へ。了解した。接岸後に再度コールする。以上」


管制官との通信を切った僕は、一呼吸置いてから操縦席から振り返った。暫定でレーダーと通信を担当する真琴はシートの上で眠そうに眼を擦っていて、機関士席の亜紀良は寝込んだ美咲の様子を見に船室に行ったきり戻っていない。

取り敢えずステーション(ここ)まで辿り着いてホッとしたが、まだ接岸という精密操縦が求められるので、気合を入れなおして艦の操縦に集中する。桟橋に着けたら寝るぞと考えながら、少しあの日の事を思い出していた。



僕こと後藤勝己ごとうまさみは、ゲーム関連企業の孫請け会社で社畜をしていた。

毎日深夜まで行われるサービス残業と休日出勤が常態化していて、僕は風邪を拗らせているにもかかわらず缶詰め状態で病院にも行けず、一月ほど絶不調だった。買って来てもらった市販の薬では回復の兆しも見られず、「職場で蔓延させるな」と事務備品倉庫の端で作業をさせられたことも拍車をかけたのだと思う。これ以上は救急車を呼ぶようだと脅かし、2時間だけと許可を貰って予約を入れた内科に来た。


「電話で予約をした後藤です。初めてなので診察券はありません」

「承っております。先ずはマイナカードを此方の機械で処理していただき、問診の記入と検温をお願いします。終わりましたら声掛けください」

「はい」


問診表と体温計を受け取り、マイナンバーカードを機械にセットして顔認証を行うがエラーだ。それではと暗証番号に切り替えて入力してから、『マスクをしっぱなしではエラーにもなるな』と考えたが再度エラーだ。


「保険証を認識しないのですが」

「資格確認証はお持ちですか?」

「えっと……、有ります。これです」

「はい、確認しました。カードのICがダメになっている恐れもありますので、早めに市役所で確認してください。きょうは資格確認書がありましたので保険資格有りとして処理します」


全額負担にならずホッとしつつ体温を測り、問診表に必要事項を記入していく。


『咳をし始めたのって先々月の終わりだったよな? 熱なんて測ってないけど同じくらいから出ていたと思う。市販薬、ツブラの葛根湯とビブを服用、っと。お! 39.2℃もあるじゃん。そりゃぁ辛いやね』


体温計と問診票を受付に渡し、空いている椅子に座って呼ばれるのを待つ。結構な人数が居たけれど、予約を入れていて指定の時間より早めに来たのだから直ぐ呼ばれるだろう。

少しだけウトウトしていると名前を呼ばれた。

診察室に入るとお爺ちゃん先生が居る。喉と目の充血を確認され、鼻から長い綿棒を入れられてコロナとインフルの検査をされた。


「結果が出るまで待合室にいて」

「はい」


10分ほど待てば再度呼ばれたので診察室に入る。


「コロナもインフルも陰性だけど、新型のウイルス感染症の疑いも有るから隔離だね。少しすると保健所の車が来るから乗って。会社には保健所から連絡が入るはずだから。はい、お大事に」

「迎えの車は裏に着ますので、こちらでお待ちください」


看護婦さんに連れていかれたのは救急の入り口なのか、病院の裏手にある両開きの扉がある所だ。


「あの。隔離って、期間はどれくらいですか?」

「1月ほど前に保健所から通達があったのですが、概ね投薬から3日ほどだそうですよ。薬は後ほど部屋に届けられますので薬局に行く必要はありません。では」


超ブラックの会社に戻ったら直るものも直らないし、流石に隔離された人間に出社は強要しないだろう。直った後に席が無くなっているかもしれないが、そうなったら労基署に駆け込んでやろうか。これまでの出社状況は記録しているし、やられたらやり返すまでだ。


30分ほど待たされたところで扉が開いた。数年前のコロナ過でよく見た防護服を着た男2人で、マスクもちょっと大げさなくらいしっかりしたものだった。


「後藤さん、ですね。解熱剤をお渡ししますので、ここで直ぐに飲んでください。他の薬は施設に着いて食事の後にお出しします。……、飲みましたね。では外の車にお乗りください」


前後がビニールシートで仕切られたワンボックスカーに乗せられて、走り始めて直ぐ眠気に襲われて寝てしまった。着いたら起こしてくれるだろうと安易に考えて。

目を覚ますとコンクリートに覆われた狭い部屋のベッドに寝かされていた。ここまで運んでもらったようだが、体調はかなり改善している様だ。熱っぽさはあるものの、酷かった頭の痛みは治まっていた。暖房が入っているようで寒くは無いが、随分と殺風景で扉を見ると鉄の扉で格子の付いた小窓がついている。


『まるで牢屋のような部屋だな。でも、薬が効いているのか体調はかなり良くなったぞ』


もっとも、最近は家にも帰れずに働かされて不調続きだったので、不調の線引きが普通の人とズレているかもしれないが。

ベッドから降りて部屋から出ようとするが、扉には鍵がかかっていて開かない。着ている物は検査着のような物だけで、スリッパも無いので裸足で歩いている。


「誰かいませんか~」


扉をたたいて声を上げたが、誰かが来ることも無く時間だけが過ぎてゆく。ベッドで横になって時間の過ぎるのを待っていると、ようやっと人が近づいてくる足音が聞こえてきた。


「ガチャ」


扉の下側に着いている小さな扉が開き、食事の載ったトレーが差し入れられた。


「あの! ココは何処ですか? なんで鍵がかかっているんですか?」

「起きたのなら食事をとって薬を飲むように。鍵を開けるかは検査結果によってだ。あと3日ほどかかるから大人しくしているように」


取り付く島もなく去って行った男の差し入れは、ロールパンとクリームシチューにパック牛乳だった。シチューの具は鶏肉とニンジン、ジャガイモにブロッコリーと玉ねぎだ。

病院食ではなさそうだが、食べないと薬も飲めないので黙って食べる。薬は錠剤が2錠とカプセルが1錠だった。服薬用の水は別についていたので、それを使って飲み込み寝ることにした。

結局、毎食同じメニューで3日間を寝て過ごし、体調はすこぶるよくなったところで部屋から出され、連れていかれたのは取調室のような部屋だった。


「後藤勝己、28歳で間違いないね」

「はい。あの……」

「君の質問は後だ。先ずはこちらの確認に協力してほしい。家族構成は青森の実家に両親と兄夫婦、甥っ子が1人だね」

「はい」

「君が罹っていた病気は特殊なウイルスに依るものだ。阿佐ヶ谷の施設から散布されたのが1月ほど前で、ほとんどの者が1週間以内に受診していたが君は違った。理由は?」

「仕事が忙しくて休みも無く、病院に行く時間を捻出できなかったからです」

「随分と問題がある会社のようだが?」

「否定はしません。学歴もコネもない田舎者が都会で入れる会社なんて、そういった末端の所くらいですよ」

「そうか。話を戻そう。今、各国で極秘裏に行われている研究があり、その適合者を探し出すために散布されたウイルスに君は適合した。よって、日本国の代表として無条件でこの実験に参加してもらう事になる」

「言っている事がよく分かりませんが?」

「君は国の代表として選ばれ、実験に参加する。拒否権は無い。君は過労死し、加入したことになっている莫大な保険金が実家の家族に支払われた」

「はぁ。あの、ドッキリか何かですか?」

「至極真面目な話をしているつもりだが、君がどう捉えようと我々は関与しない。あと1週間我慢していればココに来ることも無かっただろうに、残念だったな。既に君は何もかも失っているのだから、無駄な抵抗はしないことだ。以上、連れていけ」


部屋の隅に立っていた迷彩服の2人に小銃を向けられ、慌てて立ち上がって両手を上げるが、銃を突き付けられたまま歩かされて車に乗せられた。乗って直ぐに手錠で手足を拘束され、袋を被せられての移動はかなりの苦痛を伴った。

どれくらい走ったのだろうか。車が停車し、袋を外された僕の視界に飛び込んできたのはうっそうと茂る木々だ。拘束を外されて車から降りればコンクリート製の小さな小屋があり、促されて入れば地下へと降りる階段が伸びているだけだった。階段を下りた先は研究施設なのだろうか、ガラス越しに見たことも無いような機器を操作する人に近いシルエットの者達が見える。


『宇宙人ってやつなのか? この先にはUFOでもあるとでも?』


そんな馬鹿な事を考えていると、突き当りの扉の先には長いレールに据え置かれた不格好な飛行機があった。いや、テレビで見たことがある。国際宇宙ステーションへ物資を運ぶ民間のシャトルだったはずだ。でも打ち上げロケットが無いので、モックアップかもしれない。


「衝立の向こうで服を着替えろ」


壁際にはいくつかのパーションが並んでいて、更衣室の扱いになっている様だ。そこに入ると白衣の男が一人いて、裸になるように言われた。逆らっても良いことは無いので素直に裸になれば、運び込まれた宇宙服を着るように言われる。ツナギ服と同じ要領で足を入れ、腕を入れて持ち上げるように肩まで着れば、後はファスナーを上げて終了だ。下着を付けていないが、ゴワゴワする感じもないし思いのほか軽い。

その後はヘルメットを被るよう言われ、被った後はツナギと結合されて気密チェックが行われた。

今思えば、この時すでに脳をいじられていたのだと思う。そうでなければ逆らうなり交渉するなり、何らかの抵抗をしていてもおかしくはない状況だったのだから。


シャトルの客室は20席ほどあり、5人が先客としてシートに拘束されていた。もちろん6人目である僕もシートに拘束され、同じようにバイザーを降ろされたので外から表情は見えなくなっただろう。そしてヘルメットのせいで外の音が聞こえない。大声を張り上げても、おそらくは他の人に聞こえはしないだろう。


そしてシャトルは18人の適合者を乗せてふわりと浮かがり、重力を無視して宇宙へと飛び発っていった。


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