第8話 広がるビジョン
私たちの代で初めて挑む大会である冬の新人戦に向けてチームで練習していた。
正直なところ、戦力的にはミズキちゃんの代からは劣ってしまう。
アイナも試合に出ることがなく、私も予想していた以上に肘の状態が上向かず、シュートの決定率は芳しくない。
ミズキちゃんは高校受験に向けて勉強に勤しんではいるのだが、頻繁に練習に顔を出してくれた。
ミズキちゃんは中学に入る頃にはワンハンドシュートをやめていたが、私には決して両手打ちは進めてこなかった。
必死に私が片手で練習している姿を尊重してくれていたのだろうし、ミズキちゃん自身も元に戻ると信じてくれていたのだろう。
「1本1本同じフォームを意識して、手で放り投げちゃダメだよ、膝から力を伝えて。」
ミズキちゃんの声かけによって、折れそうになっていた心が何度も救われていた。
きっと、私のために練習に付き合ってくれていたんじゃないか。
そう思わずにはいられなく、必死でワンハンドシュートを練習した。
◇
日に日にシュートの感覚は戻りつつあり、新人戦が近くなる頃にはミドルシュートのレンジであれば元の決定率にまで戻っていた。
ただ、3Pを打つときだけは、脳が痛みを錯覚するのか、肘が縮こまりシュートをしても全く届きもしなかった。
そして、次第に3Pシュートすらしなくなっていた。
「ヒカリちゃん、ちょっといいかな?」
私が練習の休憩中に、コート脇の壁にもたれかかって腰掛けていたところに、ミズキちゃんが近づき、私の隣に腰掛けながら言った。
「ヒカリちゃん、PG(ポイントガード。ボールを運び、ゲームメイクを担う、司令塔の役割をするポジション)やってみないかな?」
私はフォワード(インサイドやアウトサイドで攻撃を仕掛け、得点を取る役割を担うポジション)でプレイしていて、ずっとワンハンドシュートで点をとることを楽しんでいたので、突然の提案に不意をつかれた。
「ヒカリちゃんは左手でもボールを上手に扱えるようになったでしょ。ボールは昔より取られなくなったと思ってるんだよね。あと、ヒカリちゃんって視野広いなって思ってるよ、シュートをキャンセルしてパスすることよくあるしね。」
普段のプレイを褒めてくれて内心は舞い上がりつつも、私の声には断りたい気持ちが滲み出ていた。
「で、でも、私になんかできるかな…。」
興味がないわけでもないのだが、PGはミズキちゃんが得意とするポジションであるため、近い未来にミズキちゃんとまた一緒にプレイすることを考えると、やりたいという気持ちが芽生えない。
「ヒカリちゃんならできるよ!それにこのチームはゲームメイクをする人がいないから、ヒカリちゃんが率先してあげて。」
今のメンバーを考えると、私が一番バスケの経験を積んでいる。
チームとして勝つという観点だと合理的な判断とも思えた。
私は今のチームで勝つこと、将来のミズキちゃんと一緒に勝つことを頭の中で天秤にかけつつ、しばらく悩んでいた。
「大丈夫、ヒカリちゃんならできるからね。」
ミズキちゃんはそう言いながら、私の手を両手でとり、にっこりと微笑んだ。
ミズキちゃんの期待に応えてみたいという気持ちが上回り、天秤は今のチームで勝つことにわずかばかり傾いた。
「う、うん。ちょっとやってみようかな…。」
最後に今のチームで勝つ方に傾かせたのは、小6のときの出来事だった。
あの時は、なかなか点を取れないチームの中、私が一人で点を取りに向かっていたこともあり、チームとしての息はバラバラだった。
今のチームでも同じことが起きるかもしれない。
しかし、PGをすることによってあのときとは違い、チームをまとめることができるのではと思った。
もう二度とあの時の気持ちは味わいたくなかった。
「うん、決まった。一緒にNo.1のPGを、目指していこうね!」
頼もしい限りだ。
ミズキちゃんの言葉には魔法が宿っているかのように、私はもうPGのことで頭がいっぱいになっていた。
◇
「パスの精度を意識してみて。パスの位置で受け手に『次のプレイはこうして欲しい』という、メッセージになるからね。」
「相手がタイトに守ったら半身になってボールを背後に隠そう。スティールしにきたらバックターンでかわせるよ。」
「相手をドリブルで抜けるときは抜いてシュートも狙っていいからね。」
「常に顔上げて、よく首振って。誰がどこにいるか確認しよう。」
「ヒカリちゃんも、コート上で声出していくよ、みんなをひっぱっていこう。」
私がPGでゲームをするようになってからは、適宜アドバイスをしてくれる。
そして、私がPGとしてのスキルを身に付けることで、着実にこのチームとしての武器になっていることを実感している。
3Pシュートは諦めていた。
PGとして3Pシュートもあると当然武器になるのだが、その代わりにめきめきと上達したパスによって、3Pシュートがなくても攻撃のバリエーションに困ることがなくなった。
そして何より、パスをすることが楽しいということを初めて知ったかもしれない。
PGとして様になっていた頃、練習の締めとして5対5のゲーム形式の練習をしていた。
「ヒカリ!パス!」
ゴール下に飛び込んできた味方がフリーになっており、気づくや否やすぐにパスを出した。
その後ディフェンスに詰められていたがなんとかシュートを決めていた。
「ナイスパス、ヒカリ!」
親指を立てて称えてくれたので、私も親指を立てて返した。
しかし、私としては声をかけられる前にフリーになることに気づきたかったなと反省し、次はどうしようかと考えを巡らせていた。
すぐにまた同じようなシーンに出くわした。
事前に首を振っておおよその味方の位置は把握していて、次はフリーになるタイミングでボールが届くようにパスを出した。
パスを受けた味方もこのタイミングで欲しかったのだろう。
びっくりした様子でボールを受け、そのままフリーでいとも簡単にシュートが決まった。
この瞬間私の背中から頭に向かってゾクッと鳥肌がたった。
私が通したパスをチームメイトが簡単にシュートして決める。
みんなが点を決め出すとぞれぞれが活き活きしてくるし、チームとしても勢いが出てくる。
そして、私も良いパスが決まれば気分が高まってくるし、褒められるのも気持ちが良い。
チームの中で生まれる相乗効果がこんなにも気持ちを昂らせてくれるのかと初めて気がついた。
それと同時に、小6のときはこういうプレイをしていれば良かったんだなと当時を振り返り反省をした。
◇
「ヒカリちゃんすごく上手になったよ。」
ミズキちゃんにPGを勧められてから1ヶ月ほど経ったが、自分でも実感があるほど、PGとしてのプレイは上手くなったと思えていたし、確実にプレイの幅が広がっていた。
「ミズキちゃんは教えるのがすごく上手いからだよ。…ミズキちゃんっていつもこんな感じでプレイしていたんだね。」
ミズキちゃんは首を傾げながら私を見つめてくる。
「今はすごくみんなと一つになってプレイしている感じがするんだ。チームとしてどうするべきかという考え方になっていて、苦しい時とかはみんなとどう解決しようって思っているよ。もちろん、自分で点を決める楽しみもあるんだけど、最後はやっぱりみんなとやり遂げてチームとして勝つのが楽しいんだなって思った。」
ミズキちゃんはニッコリした顔でうんうんと頷きながら聞いてくれていた。
他校との練習試合の場面で、私は3Pラインより少し後ろでボールを受けた。
1年前の今頃はドライブをして抜き去り、自分で点を決めることを考えていたが、今は違う。
ドライブを仕掛ける振りをして、私のマークとは別のディフェンダーが寄ってきた時にフリーの味方にパスを出す。
シュートは決まらないこともあるが、「大丈夫、次も良いパス出すから、どんどんシュート打とう!」と私は励ましの言葉を入れている。
昔の自分は、今のこのような姿は全く想像できなかったであろう。
味方のミスがあると、(上手くやって欲しかったな。)と思う瞬間が生まれ、この感情のままに言葉に出すと、みんなには負の感情が伝わり積極性が削がれる。
チャレンジする機会が減ったり、チャレンジしても消極的な分、上手くいかずミスが増えるという悪循環になっていた。
自分の瞬間的に湧き上がる負の感情に流されず、ちょっと我慢してチームのために何をすべきか考えてみる。
この一連の思考ができるようになったのはみんなに自慢できるほどの成長だと感じている。
練習試合は戦力的には相手チームの方が上と見ていたが、みんなの頑張りと私の成長の結果なのか、接戦の末、勝利を納めることができた。




