第3話 コート上の不協和音
3年生が引退してからは、私はスタメンになっていた。
アイナも持ち前の持久力と身長、手の長さを武器にスタメンを脅かす存在にまで成長していた。
ある日の練習中、私は3Pラインより一歩後ろでボールを受けるとドライブをしてペイントエリア(リング真下の長方形のエリア。リングに近いほどシュートの決定率は高いため狙い所。)に侵入し、レイアップシュートを仕掛けると、アイナのブロックを受けてしまった。
「ナイス!アイナ!」
アイナと一緒にディフェンスしていたリカさんがすかさず褒める。
「はい!」と返事したアイナの声には嬉しさと自信が混じっていた。
次は私がディフェンスの番になり、アイナがペイントエリアあたりでパスを受けた。
私が距離を詰めようとしたが、詰まる前にフックシュート(片手で体の横から弧を描くように放つシュート。ディフェンスからはボールが届きにくくなる。)を放ち、ボールはボードに当たってリングをくぐっていった。
「ナイシュー!」
ミズキちゃんはアイナとハイタッチしながら褒め、アイナの顔は綻ぶ。
フックシュートはアイナの身体の長さを加えるとブロックするのは容易ではなかった。
「アイナすごいね!いつ覚えたの?」
私は褒めつつも少し頬は強張っていた。
「ふふ、ヒカリの活躍を見てたら、私も試合に出たくなったから頑張ってるのよ。」
私の上から見事にシュートを決めた後も相まって、言葉には力強さがあり、アイナの成長を嬉しく思う反面、私は唇を強く噛み締めていた。
◇
冬の新人戦が近づいた頃、他校との練習試合のとある場面で、私は3Pラインより少し後ろでボールを受けた。
目の前のディフェンダーにフェイントを入れ、引っかかったところを難なく抜き去り、ゴールに向かった。
向かった先には、リング付近でプレイするポストの位置にアイナが立っていたが、アイナの横を通り、相手ディフェンダーが混雑している中でジャンプシュートをした。
ゴール自体は決めることができたが、試合後にこのプレイに対して、ミズキちゃんから指摘された。
「あのプレイ、アイナちゃんにパスして良かったんじゃないかな?アイナちゃんがフックシュートしても良かったし、パスをリターンしてもらうとフリーになれたよ。」
私の眉は八の字になりながらも応えた。
「…はい…気をつけるね。」
アイナにはパスしたくないという気持ちがあった。
おそらく、アイナもこの気持ちには気づいているようで、私がボールを持ったときは、積極的にパスを要求せずに、すぐにでもスクリーンアウト(シュートしたボールのリバウンドを確保するために、相手を背中で押さえてボールに近づけさせないようにする動き)をできるよう準備をしていた。
試合後に帰宅し、ベッドに寝転がり天井を見上げていると今日のミズキちゃんの言動が蘇る。
指摘されるプレイだったのはわかるが、自分の中での消化不良が否めない。
(シュート決めたんだからいいじゃない…。)
◇
いよいよ新人戦が始まった。
私はスタメンで試合に出ることになり、ミズキちゃんと再び全国大会に出ることを目標に、集中力が研ぎ澄まされていた。
1回戦は私の集中力の高さから2P、3Pともにシュートを高確率で決め、途中出場したアイナもフックシュートを武器に多くの点を決め難なく勝利した。
次の2回戦の中盤に差しかかかった頃だった。
5点差とまだリードしている状況だったが、ここ3分ほど自チームは無得点と流れは悪くなっている。
(点を決めて今の悪い流れを早く変えなきゃ…。)
私が3Pライン付近でパスを受け、ドライブでリングに向かった。
ポストにはアイナが陣取っていて、手を挙げて「パス!」と要求してきた。
しかし、自分で点を決めようとアイナを通り過ぎ、スピードを上げた瞬間、反対サイドから駆け込むミズキちゃんが早った声で「パス!」と言いながらゴールに向かっていた。
すると、アイナによって死角になっていた位置から、相手ディフェンダーが急に立ち塞がるように出てきた。
ミズキちゃんはこれに気づきパスをもらおうとしていたが、私はすでにレイアップシュートしようと勢いよくジャンプしていた。
(まずい!ぶつかってしまう!)
それがわかると同時に体が反射的にディフェンダーを避けようとしていた。
それが逆効果だったのか、ディフェンダーとは真っ向にぶつかることはなかったが、半身で相手の肩にぶつかると私は上半身から地面に落ちようとしていた。
相手ディフェンダーは後ろにのけ反りながら、近づいていたミズキちゃんを巻き込み、3人が雪崩れ込むように倒れた。
その直後、ゴンッ!と大きな音がフロアに響いた。
私の耳にもその鈍く重い音は聞こえていたが、その音より、私の耳、というより私の体全体でブチッと弾ける音を感じとっていた。
それは上半身から落ちていた私が地面に咄嗟に右手を着いた瞬間だった。
右肘に激痛が走る。
私の中では何が起きたかはおおよそ察しがつき、痛みより不安が広がっていく。
身体が流れるままコートに倒れ込んだ。
「いやああ、ああああああぁぁ……ッ!」
私は叫ばずにはいられなかった。
「ヒカリ!?ヒカリ、大丈夫!!?」
アイナがすぐさま近寄って、震える右肘を左手で抑えながらうずくまっている私に声をかけてきた。
私は今まで味わったことのない痛みと不安で目を力強くつぶりながら悶え、何も返事することができない。
「ヒカリ、起き上がれる?救護室に向かおう。」
起き上がれそうもないことを伝えようと微かに目を開いたが、視界に入ったのはアイナの奥で仰向けでぐったりとした様子で倒れているミズキちゃんだった。
自身の激痛が全身を駆け巡る中でも、ミズキちゃんになんてことしてしまったんだと思い、追い討ちをかけるように心が締め付けられる。
「担架!担架早く!」
様子を見に来た審判は早口で叫んでおり、呼び寄せるジェスチャーは大きく速くなっていた。
ミズキちゃんの周りに人が集まりざわめきが大きくなる。
事態の深刻さにアイナはミズキちゃんを振り返る。
駆けつけてきた担架はミズキちゃんを乗せようとしている。
その様子に気づき、アイナはミズキちゃんの方をチラチラと何度も見ていた。
そしてその場を離れようとするアイナと一瞬目があった。
アイナの視線は揺らいでいた。
その後、ミズキちゃんの方へ向かい運ばれる担架についていった。
心細さも相まって不安が恐怖に変わり、うずくまる体はより丸くなる。
私はこの後どうなってしまうのだろうか。
(…助けて...、助けて...、助けて...!)
一刻も早くこの恐怖を取り除いて欲しいと願い続けながら、私も担架で運ばれコートを後にした。




