第25話 大好きなみんなと
翌日の月曜日の授業中、窓に映る青く澄んだ空の中に一筋の飛行機雲があり、それをぼんやりと眺め続けていた。
先生がどのような授業内容を喋っているのかはわかるが、内容は頭には入ってこなかった。
昨日の試合が終わったとき、私のバスケ人生の1つが終わった感覚があった。
ミズキちゃんとの試合は昨日のことだというのに、もう昔の出来事になってしまったことが寂しく思う。
まだミズキちゃんとのバスケが終わったと実感したくはなく、小さい頃からのバスケを一緒にしてきた情景を思い出しては感傷に浸っていた。
昨晩スマホでハヤトくんに聞きたいことがあり、メッセージを送っていた。
「明日、公園にきて」
「絶対だからね!」
「部活は19時前には終わると思う」
「ああ、わかった」
今日の部活は軽めの練習と、今週末に行われる3回戦の対策のミーティングだった。
部活が終わる頃はもう辺りは暗くなりかけており、私は「今終わった」と連絡した。
足を動かしては筋肉痛で痛みを感じたが、急いでいつもの公園に向かった。
公園につくと、ハヤトくんは小学生向けのリングに向かってシュートを打っていた。
「ごめん、お待たせ。」
「うん、大丈夫だよ。」
私は話したかったことを早速話そうとしたが、ハヤトくんが返事した流れで続けた。
「昨日の試合すごかったな。手に汗にぎったよ。あの試合ミズキの方が勝つと思ったからなぁ。」
ハヤトくんは遠くから放ったシュートを難なく沈め、ボールを拾いに行きながら、話を続ける。
「でも、ヒカリがあんなに3P決めるなんてな、かっこよかったよ。」
拾ったボールを私に目掛けてパスをする。
受け取った私は、3Pシュートほど離れている距離から両手でシュートを放った。
バックスピンによって網目が綺麗な模様に変わったボールは、アーチを描きリングに吸い込まれていった。
「かっこよかった」という言葉をもらったことで、今日聞きたかったことの1つは十分に満たせた。
「ミズキちゃんって本当にバスケやめたのかな…?」
「昨日の今日だからなぁ。実際にはわからないけど、『もう思い残すことはない。』とは言っていたな…。」
ミズキちゃんから初めてバスケを教えてもらったのはちょうどこの公園だ。
木にくくりつけていた小さなリングは今はもうないが、その木を見ると、幼いミズキちゃんが楽しそうにワンハンドシュートをしながらバスケをする姿が残像として浮かび上がっている。
「…そっか。」
私は目を閉じ反芻しながらゆっくりと何度も頷いた。
「ありがとう、教えてくれて。ミズキちゃんに絶対に第一志望の大学に受かってねって、応援してるからねって伝えて。」
「ああ、わかった。」
その後少しだけ、私の昨日のプレイについて振り返りながらハヤトくんからアドバイスをもらった。
その頃にはもうあたりは街灯の光が眩しく感じるほど暗くなっていた。
「ありがとう、今日は呼び出しちゃったりして。」
「いや、いいよ。オレも昨日のプレイ良かったと伝えたかったから。本当に上手かったよ。」
私は改めて褒められ、こそばゆくなるような嬉しさが込み上げてきた。
「ありがとう。ハヤトくんのおかげだよ。」
私はそう言うと、右手の手のひらを高く上げ、ハイタッチを求める。
ハヤトくんはこの右手に向かって手を叩こうとしたが、私はスッと避ける。
「…え?」
ハヤトくんは空振りしたことに驚きを隠せない。
「この右手にはハヤトくんの上手いパワーが宿ってるからね。まだ返さないよ。」
「ちょっと、待て、返せよそれ。大学でも良い選手になりたいんだよ。」
「やだよー。」
私は小生意気な笑顔を返し、走って逃げた。
「待てよ。」
と右手はつかまえてやると、私に手のひらを向けながらハヤトくんは追いかけてくる。
「キャー、変質者ですー。」
「警察呼ばれるからそれはやめろ!」
走りながらも笑い声を混じらせながら喋っていた。
追いつかれそうなのか私は顔だけ後ろを振り向くと、もう手が届きそうな距離まで縮まっていたなっていた。
その瞬間、私はよろけて転びそうになったが、ハヤトくんの手は私の手を掴み、一気に体を引き寄せてくれた。
無事地面に転ぶことはなかったが、私の両手は胸の前で折り畳まれながらも、ハヤトくんの手は私の背中にまわっており、向かい合って抱きしめられる形になった。
(え、この状況は気まずい…。…でも、温かいな…。)
包み込まれた温かさによって心が溶け、飲み込まれそうになってしまい、私も両手を背中にまわしたい衝動に駆られた。
しかし、恥ずかしさが勝ってきて、折り畳まれていた両手を一気に伸ばして突き離した。
その後、数秒の沈黙が流れたが、耐えきれなくなった私は何か話さなきゃと頭がてんぱっている中、無理やり言葉を絞り出した。
「…へ、変質者じゃん…。」
「…い、いや、不可抗力じゃん…。それに、すぐ離れようとしなかったじゃん…。」
それを聞くや否や、私の心が見透かされたような気がして、私の顔からはすぐにでも火が吹きそうになった。
さらに悟られるのを恐れた私はすぐに顔を隠すように、すぐさま背中を向けた。
「…ち、違う!……もう帰る!」
ハヤトくんは頭を掻きながら気まずそうなトーンで言った。
「…家まで送るよ。」
「…いい!一人で帰る。」
私は俯きながら、速歩きでベンチに向かい、置いていた荷物を乱暴に取りながら、帰路についた。
家に帰り部屋に着くと冷静になり、別れ際にあんな態度とって嫌われたのではと罰が悪くなった。
謝るメッセージを送ろうかとも思ったが、そう言ったことで、また勘ぐられるのも嫌だなという気持ちもあった。
この押し問答は寝る直前まで続き、結局メッセージを送ることはなかった。
その後、気持ちが晴れぬまま布団に入ったが、布団から感じた温かさによってハヤトくんに包み込まれた温もりを思い出し、あのとき、勢いで背中に手を回した方が良かったんじゃないかと振り返りながら後悔もしつつ表情が綻んだ。
◇
翌日の授業中も晴れ渡った空を眺めながら、昨日のことを思い返していた。
「…朝比奈さん、空見ながらニヤついてるけどどうしたの?」
私は注意されてビクッと体が動いた勢いで、机がガタッと音を立てる。
ゆっくりと先生の方に顔を向けると、笑顔でいて逆に恐くなってくる。
「……鳥さんのように飛んでみたいなぁと…。」
まわりからはくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「…相談に乗るからホームルーム終わったら職員室においで。」
運悪く担任の先生の授業中ということもあり、やってしまったという後悔と共に耳が赤くなっていた。
注意は最初の数分で終わり、その後は勉強のことだったり、部活のことだったりと私の近況について話し込んだ。
「あ、先生、部活の時間なんでそろそろ…」
「ああそうか。ついつい話し込んじゃったな、3回戦も頑張って。勉強も疎かにしないようにな。」
「はい」と返事し、職員室を出るや否や駆け足で教室へ荷物を取りに行き、その勢いのまま体育館へ向かった。
アイナには遅れるとは伝えたが、理由が理由なだけに気まずさがある。
その気持ちが足に載り、廊下を小走りしながらもスピードは上がっていた。
体育館に入る頃には、もう部活は始まっており、コートに沿ってランニングを始めていた。体育館に入ると同時にアオイとノリちゃんが並んで目の前を通過しようとしており、アオイが私に気付いて声をかけた。
「あ、先輩!遅いですよ。先生に呼び出しなんて何やらかしたんですか。」
アオイは私を指差しながら悪戯な表情で顔を覗き込んできた。
私はすぐに眉間にシワを大袈裟に寄せて睨み返した。
そんな様子を眺めていたノリちゃんは苦笑いしながら会釈して言う。
「先輩急いでくださいね。」
笑顔と親指を立てて返して急いで部室に向かった。
急いで練習着に着替え、バッシュの紐を結んで体育館に出る頃にはランニングは終わっており、2人組でストレッチをしていた。
目の前にはリカさんとユウコさんがいて、仰向けになったユウコさんの右足をリカさんが真上に持ち上げていた。
「おう、遅かったな。こっぴどくやられた?何やらかしたんだ?」
リカさんは私に気づくとニヤニヤしながら聞いてきた。
「別になにもしてませんよ!」
「理由隠すのって怪しいなあ。」
リカさんは再びニヤニヤしつつも疑った目をしている。
「もうリカったら、そんなに詮索しちゃダメよ。」
ユウコさんはそう言いながらリカさんを制止し、私は(ユウコさんは優しいなと)思いながらうんうんと頷いた。
そして、ユウコさんは続ける。
「ヒカリちゃんがそんなに悪いことするわけないじゃない。宿題忘れたとか授業中居眠りしてたとかだよね?」
「ユウコさんはそんな風に私を見てたんですか?」
「うふふ。」
そう笑みを返すユウコさんにも大袈裟に睨みつけて返すと、笑い声に包まれた。
私も遅れながらペイントエリアと3Pラインの空いているところに陣取って一人でストレッチしていると、他のみんなはストレッチを終えてボールを取り出していた。
「ヒカリ、時間かかったね。」
アイナがドリブルしながらゆっくりと近づく。
「アイナはみんなに何て言って遅れるって伝えたの?」
みんなからのいじられ様にアイナを疑ってしまう。
「先生から呼び出し受けたから遅れるって伝えただけよ?」
「…そっか。もう、大したことないのにみんな面白がりすぎだなぁ。」
そう言いながら私は立ち上がると。
アイナは見計らったようにボールを私の胸元へパスしてきた。
私はゴールに対して正面向くように一度ボールをつき、キャッチすると同時に両足で踏み込み勢いよくジャンプした。
その勢いをボールに伝えワンハンドシュートを放った。
ボールは綺麗なアーチを描きリングに当たることなく吸い込まれ、ボールとネットが擦れた振動によるパツッという音が耳障りよく響いた。
「ナイシュー。」
アイナはさすがと言わんばかりの笑顔で返す。
「今日も調子良さそう。」
私は親指を立てながらアイナに返事する。
ふざけてからかいあったり、みんなの笑顔を見ていると、みんなの信頼を感じられ、このチームでプレイすることに暖かさを感じる。
そして、先日のミズキちゃんに勝った試合を思い起こすと熱を帯びてこの気持ちは熱くなっていく。
「アイナ、次の試合も絶対に勝とうね!」
「もちろん!期待してるよ。」
私はこのチームが大好きだ。
このチームでみんなともっとバスケをしたい。




