第20話 溶けて混じり合う気持ち
控室につくと、私とアイナが対面になるように部屋の両脇のベンチに座った。
リカさんはもし私たちが激昂し距離を詰めても間に入れるようにと、私たちのちょうど中間になる位置で横から見るようにパイプ椅子を持ち出して座った。
そして重い空気の中、リカさんがアイナの方を見ながら最初に口を開いた。
「…確かに、今日のヒカリのパフォーマンスは最低だよ。それでも、ぶつことはないじゃん…。」
アイナは両手を膝について、しばらく黙って下を向いていた。
表情は見えなかったが、涙がポタポタと手に落ちていたのはわかった。
そしてアイナが涙で鼻をすすりながら、途切れ途切れに話していく。
「…私はこの試合に…勝ちたい。まだ、みんなと…一緒にプレイしたい…。今日負けたら…その瞬間、リカさんたちとはもう一緒にプレイできないから……。」
リカさんは唇を噛み、苦い表情をしていた。
「…そして、ヒカリとも…まだまだ一緒に試合をしたい。…このチームもっと上に行けるよ…。私たちはもっと強いんだよ…。」
今日の私のプレイの不甲斐なさがフラッシュバックし、私の体は強張り塞ぎ込む。
「確かに…私はヒカリのこと…分かっているようで分かっていなかった…。本当は…中学2年の時、先輩たちが引退した後、…モデルをやらず、…私はヒカリと一緒に…バスケをするべきだった。…もっとヒカリのこと知れたと思う。…もっとバスケを通して、楽しいことや辛いことを…分かちあえたと思う。」
アイナは一呼吸をつき続ける。
「…でも、…ヒカリが肘を怪我したときは…怖くて避けてしまったの。ミズキちゃんのことも…心配してたのは本当だけど、…当時避けられてたヒカリを…1人で受け止める自信がなかった…。あれから肘のことは、ずっと避けていた…。最低だよ私…。」
アイナは顔を上げてぐしゃぐしゃな表情のまま、私の目を見つめ続けた。
「ヒカリから…あのときのこと出てこないのを良いことに…、うやむやにしていたの。ヒカリの奥底では…しこりとして残っているのはわかっているのに…。ごめんね、私がヒカリの辛さに寄り添うべきだった…。あのときは辛かったよね…。ごめんなさい…。」
アイナは立ち上がると同時に私に歩み寄り、私の手をとる。
それに促されるかのように私も自然と立ち上がった。
「ううん、アイナが謝ることじゃないよ…。私が幼稚で自分勝手なだけだよ…。」
私がそう言うとアイナは「ううん」と首を振ったあとぐしゃぐしゃの顔の中でも微笑む。
そして少し間をおいてアイナは続ける。
「ヒカリがずっと…ミズキちゃんのこと追いかけていたのに、…試合で戦うことになって、困惑しちゃうのはわかるよ。…でも、…もうミズキちゃんでなく、…私たちを見て欲しい。…今日一緒に勝って…一緒に喜びたい…。」
私の目頭は熱くなり、涙が頬を伝っていた。
ミズキちゃんに固執していたのは間違いないが、それでも周りを蔑ろにしていたとも思っていなかった。
しかし、アイナの本心を聞いたことで、今の私の間違いに気付けた。
「…私の方こそ…ごめんね…。ずっと過去にこだわり続けていた…。」
私の中では、アイナ、リカさんやユウコさん、アオイやノリちゃんと桜伏見高のバスケ部の面々が思い浮かんでいた。
「今はこんなに一緒にバスケしたい人といるのに……。」
私はそう言うとアイナに腰に手を回し、顔をアイナの肩に押し付けて言葉にならない低い声の嗚咽をしながら泣いた。
「…アイナは…バスケ以外でも、…ずっと側にいてくれたよ…。…ありがとう…。」
「…ううん、…私の方こそ、…バスケに誘ってくれてありがとう…。」
私たちは抱き合い泣き続けた。
次第に心が軽くなってくるのがわかる。
そしてリカさんも立ち上がると私たちを抱き、いつもとは違って優しいトーンで耳元に話しかける。
「ヒカリのバスケは小さい頃からずっと、ミズキから教わってきたかもしれないけど、ヒカリもミズキと同じくらい上手いし、ヒカリにしかない特徴があるよ。殻破っていこうぜ!」
私は言葉に出せず、「うん!」と大きく頭を動かし頷いた。
リカさんの言葉は私の心に真っ直ぐに届いた。
ミズキちゃんには到底及ばないと自己評価していた私は勇気づけられ心がじんわりと暖かくなった。
だんだん涙も落ち着きはじめた頃、ガチャと控室の扉が開き、アオイを先頭にみんなが入ってきた。
アオイが目にしたのはビンタし合った後からの抱擁の光景だったため、開口一番に「ええ!?落差激しかですよ!」と突っ込んできた。
なんだか急に恥ずかしくなってきた私たちは何もなかったかのようにパッと離れる。
そして、目が腫れぐちゃぐちゃになっている顔をこれ以上突っ込まれたくないと思い、顔を見せまいと、アオイには見えない方向に背け少し遠ざかる。
そんな私たちの様子には気をとられず、アオイは前半戦の報告も兼ねて話した。
「前半で15点差で負けとるなんてありえんちゃ。むしろうちらがその点差で勝っとるはずやったとよ。もぅ!」
方言が出っぱなしで怒り心頭なのが伝わるが、間違いなく私のせいで耳が痛い。
ひとしきりアオイが試合のことを話すと、今の劣勢の結果に重苦しい空気が流れ、みんなは黙る。
「もう大丈夫!絶対追いつけるから。」
ずっと私たちのことを見守っていたリカさんが沈黙を破った。
これまでの私たちのことを見ての発言だろう。
上辺だけの不安を紛らわせる励ましではなく、言葉に力が宿っていた。
その後、コーチも入ってきて後半からの作戦が言い渡される。
前半あれだけの失態をして声は震えていたが、私は言わずにはいられなかった。
「コーチ!…私を後半スタートから使ってください!」
「もうヒカリは大丈夫です!」
リカさんもすぐさま後押ししてくれる。
コーチは少し眉をしかめていたが、私を後半スタートからコートに入れることを約束してくれた。
私は不安に押しつぶされそうにはなったが、アイナやリカさんの顔を覗くと、目は優しく微笑んでいて、口元はしっかりと引き締まった表情で頷いてくれた。




