第19話 コート上の窮地
交代したアオイは国立第一がプレイの特徴を掴めずにいるのか、リカさんへのパスをよく通していた。
その期待に応えるようにリカさんは力でねじ伏せながら得点を積み重ねた。
中学校時代ミズキちゃんと共にプレイしてきた面々はしっかりと対策を立てられていたようだったので、アオイはうってつけの人選だった。
みるみる点差が縮まっていく。
しかし、リカさんへのマークを2人がかりにし厳しくディフェンスをしてくると、シュートを外すことが増えた。
そして次第にリカさんの表情からは焦りも見られ、強引なプレイが増えていった。
「オフェンス、チャージング!」
審判はリカさんのファウルをとった。
「…あーもう!くそっ!」
慌ててユウコさんが駆け寄る。
「リカ落ち着いて。ファウルとられそうだったら一回外にパス出して。」
ユウコさんになだめられるもイライラが止まらない様子だった。
点差が縮まらなくなっていたが、今はリカさんのポストプレイが一番成功率が高いため、チームとしてはリカさんに頼らざるを得なかった。
その中で、第2Qの終わりが近づいた頃、リカさんが3つ目の個人ファウルをとられた。
「やばい!3つ目か…。」
リカさんが呟くと同時に、ブザーが鳴った。
コーチがタイムアウトを取ったようだ。
この試合5つの個人ファウルでリカさんが退場してしまうのはまずい。
「あぁもう!マジか!…ごめん、みんな!」
ベンチにみんなが集まるや否や、リカさんは頭を下げつつ両手のひらを合わせ頭上に掲げて言った。
「ううん、今までありがとう。ベンチで冷静になってて。リカが戻るまで私たちでなんとか喰らいつくから。」
ユウコさんが落ち着かせようと試みるも、リカさんのイライラはなかなか止まらないようで、頭をゴシゴシしている。
リカさんがベンチに下がる代わりに私が投入されることになった。
ポストの位置はアイナ一人に任されることになったが、リカさんと同じプレイを期待するのではなく、アイナにパスを渡らせて、ディフェンダーを中に引き寄せたところを外で待ち構えている私たちにパスをし、ミドルシュートや3Pシュートを狙う作戦だった。
タイムアウトが終わり、コート上でアオイと一緒に立つことで初めて気付いたが、スタミナは十分にあったアオイが肩で大きく息をしていた。
慣れない高校バスケのゲームスピードと、さらにはミズキちゃんとの対峙で相当なスタミナを消耗しているようだ。
「はぁはぁ…ヒカリ先輩、…お願いしますね。」
「…う、うん。」
私の顔は強張っていた。
頼られてもその期待に応える自信が全くなかった。
(リカさんが抜けた今、私がやらなきゃ。私がこのチームを引っ張って行かなきゃ……。)
そう自分で念じないと、足元から崩れていきそうで、このコートに立っていることすらままならなかった。
私がアオイからのスローインを受けるとすぐにでも、ミズキちゃんは私に近づいた。
ミズキちゃんのマークはアオイから私に変えている。
すぐにでもボールを手放したい衝動にかられたと同時に、「パス!」という声がハイポストにいたアイナから聞こえてきた。
私はワンフェイク入れた後、アイナにパスを入れようとすると、ミズキちゃんが私の動きを読みボールをカットした。
私がベンチに退く前と同じような光景が繰り広げられる。
リカさんがベンチに下がってしまい、ここからチームを勢いづかせなければいけないのに、同じような過ちを繰り返している。
(まずい…まずい…まずい……。)
私の顔からは血の気が引いていき、胸が苦しくなってくる。
目は虚ろなまま呆然と立ち尽くした状態から両手を膝についてしまった。
その間もボールを持ったミズキちゃんはドリブルでリングに向かいどんどん遠ざかっていく。
少し遅れた位置で、アイナとアオイがダッシュで追いかけている。
アイナがなんとか追い付き、必死に手を出すが、レイアップシュートのモーションに入っていたミズキちゃんの手に当たりファウルをとられた。
そして、不運にもそのシュートは決まってしまい、バスケットカウント(シュート動作中に相手からファウルを受け、なおかつそのシュートを決めた際はフリースロー1本を得る)をとられた。
ミズキちゃんはアイナにぶつかられた影響でバランスを崩し、3、4歩前のめりに体が流されていた。
しかし、踏ん張って倒れず、胸の前で両手の拳を力強く握りしめてガッツポーズした。
ミズキちゃんがフリースローを打つためにフリースローラインに戻ろうと歩いていたよりも先に、アイナはセンターラインにいる私のところまで歩み戻り、そして、私の目の前で立ち止まった。
「ヒカリ!」
アイナは悲しさに耐えかね声を張り上げていて、しかし、ひどく震えていた。
普段のアイナからは聞こえてくることがまずない声量と語気が、両手を膝につき足元の一点を見ていた私の顔を即時に上げさせていた。
そして、その次の瞬間、アイナの手のひらが私の左頬に向かって飛んできており、バチン!と重い音が辺りに鳴り響く。
その光景を見た人がいたのか、周りからざわめきが聞こえる。
「なんで!…なんで追いかけないの!!いつものヒカリだったら、真っ先に追いかけているよ!」
アイナの声はかわらず大きく、それでいて震えていた。
頬を叩かれた勢いで再び、足元に視線が落ちる。
しかし、顔の痛みはすぐに脳に到達し、さっきまでの血の気が引いた状態とは対象的に、頭に血が登り、顔には生気が戻りつつあった。
奥歯を噛み締め、すぐに睨みつけるような眼差しでアイナを見上げる。
アイナの目尻は下がり涙を浮かべながら、視線が揺らいでいた。
その目の揺らぎは私が肘を怪我した時、ミズキちゃんを心配しに向かう時の目に似ており、当時の情景が一瞬で蘇る。
あの時の悲しみが今の怒りと一体化していき、怒りが大きく膨れ上がっていく。
そして私の右手はアイナの左頬を思いっきり引っ叩いた。
「あの時、肘を怪我して苦しんでいたのに、アイナは私のこと見てくれなかったじゃない!!いつもの私ならって、私の何がわかるの!!」
一度目のバチン!という音で注目を集めたからか、私のビンタを見た人は多かったようだ。
周囲がざわつき、すかさずリカさんがベンチから飛び出した。
「何やってるんだよ!試合中だろ!」
リカさんが怒鳴りながら駆け寄り、両手で私たちの距離を離した。
コーチやレフェリーたちも駆け寄り、周囲の大人たちが私たちの肩に手を当て近づけさせないように距離を保つ。
そしてコーチから控室に向かうよう告げられ、仲介役兼監視役として、リカさんが私たちを両脇に抱える形で連行していく。




