第13話 心に迎えた熱
私たちは選手控室近くで、一緒に帰るためにハヤトくんを待っていた。
「よ、お待たせ。」
エナメルバックを肩にかけ、出てきたハヤトくんの第一声はトーンが高く、はっきりとした声だった。
「あー、負けちゃったなー。せっかく応援しにきてくれたのにな、ダサいなー。」
そう言いながら私たちの憂いを帯びた視線を尻目に先頭を歩いていった。
ついていくように私たちは後ろを歩き、なんて返せば良いのか思い付かず黙っていたため、私たちの方が当の本人より落ち込んでいるように見える。
無言のまま駅に着いたが、電車に乗ってからは試合中のあのプレイはダメだったや、あのプレイは上手くいったなどと、ハヤトくんを起点に笑いも混じりながら喋るようになっていた。
最寄駅に着くや否やミズキちゃんのスマホに着信が入り、画面を見ると「あ、ママからだ。」と呟いた。
「買い出しして欲しいって。」
ミズキちゃんはしばらく立ち止まり画面を操作し、最後に「OK」と返事のメッセージを送信した。
「残念会になっちゃったけど、晩ご飯はお兄ちゃんにいっぱいおいしいもの食べさせようって。私スーパー寄ってくるから、2人で帰ってて。あ、ヒカリちゃんも家おいでよ!」
「そうだよ、ヒカリも来なよ。」
ハヤトくんはすぐにミズキちゃんの提案に乗っかってきた。
「うん、じゃあお言葉に甘えて。」
ミズキちゃんは私の返事を聞くとすぐに、「また後でね。」と手を振りながら私たちとは違う道へ歩み出した。
しばらく2人で歩いていたが、私は素直に気になっていたことを質問した。
「負けたのに落ち込んでないよね…?」
「いやいや、落ち込んでるよ。頭の中では、試合を振り返りながら、あの時ああすれば良かったな、次はああいう動きをしてみようかなって振り返っているよ。」
「そっか。でももっと落ち込んでるんじゃないかなぁって。だって、あの試合勝てば全国に行けたんだよ?」
「うん、もちろん勝った方が良かったけど、今日の試合めちゃくちゃ楽しかったよ。ずっとヒリヒリしていたし、今も興奮が冷めないね。」
ハヤトくんはさっきの試合を思い出したのか、鼻から息を大きく吐き出しながら、後半は早口になっていた。
そこからしばらくハヤトくんは試合のことを話していて、もうすぐ家に着きそうになった。
このまま家にお邪魔した後もハヤトくんとは話せるが、ミズキちゃん然り、両親の前で話すのをイメージすると当たり障りのない会話で終わりそうで嫌な気がした。
「少し、公園寄っていかない…?もう少しハヤトくんと話したい。」
「え、家で話せば良いんじゃないかな?」
私は立ち止まって、無言でハヤトくんを見上げて、目だけを見続けた。
「…うん、公園寄ろうか。」
私はニッコリした笑顔を見せて、公園の方へ足を向けた。
公園までは無言になってしまったが、着くと私から沈黙を破った。
「…私、バスケ辞めようかと思ってるんだ。」
「え、なんで?肘も治ったんでしょ?」
「うーん、もう痛くはないんだけどね…。」
私はハヤトくんが持っているボールを貸してもらい、3Pくらいの位置からシュートしてみた。
遠い距離からのワンハンドシュートは久しく行っていなかったから、自分でも(実はもう違和感もなくなったのでは?)と期待をしていたが、肘が伸びるときの硬い違和感はあり、ボールはリングに届くことなく落ちた。
「ミドルシュートくらいじゃないと届かないんだよね。」
「そっか。辛いな…。でもバスケ自体はできてるじゃん。」
「…うん。でも、もうミズキちゃんと全国大会目指すこともできないし、続けてもなぁって感じ…。」
しばらく間が空いた後にハヤトくんは言った。
「…バスケ以外にやりたいことでもできた?」
「え、……いや、何も…。」
直近のことを振り返ったが、バスケを引退して、ただ日々過ぎていく学校生活をこなしていただけだった。
受験勉強をしなければという名目があるだけに気にもしていなかったが、やりたいことがないことに気づかされた。
「…ミズキ、あんなにバスケ好きなのに、医者になるって言って、今はバスケより勉強している時間の方が長いんじゃないかな。高校受験前は、強豪高行っても通用すると思うから、『バスケに力いれなよ。』って言ってたけど…。今の勉強の打ち込み具合見てたら、もう医者の方を応援してるかな。」
私との意識の違いをまざまざと見せつけられ、無意識に苦い表情を作っていた。
「ヒカリもバスケ以外にやりたいこと見つけないとな。でないと、みんなからバスケやれって言われるよ。…バスケが嫌いになったか?」
と言いながらハヤトくんはシュートをしていた。
いつ見てもしなやかで力強さを感じるシュートフォームは見ていて惚れ惚れする。
放ったボールはリングに吸い込まれた。
地面に落ちたボールを拾ったハヤトくんは私にパスをし、顎でリングを指した。
ミドルシュートの距離でボールを受け取った私はシュートを放つと、リングに吸い込まれていった。
「ナイシュー。やっぱり上手いな。綺麗なフォームしている。」
(このフォームはハヤトくんをずっと真似してきたんだよ。)
そう思いながらも褒められたのは素直に嬉しく恥ずかしさから顔を下に向けて隠した。
しかし、シュートが入ったことによって堰を切ったのか、今日のハヤトくんの輝いていた姿、ミズキちゃんとのバスケの想い、小さい頃から夢中になってきたバスケ、と様々な感情が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
その後すぐに、涙が溢れてきて、重力に従い抑えられずにポタポタと地面に落ちる。
「今もバスケは好きだよ…。バスケは続けたい…。……でも、ミズキちゃんと、もっと、ずっと、バスケしたかった。」
涙が止まらずしゃがみ込み、顔を隠しながら声をあげて泣いてしまった。
「え、マジ、ちょっ…」
ハヤトくんは自分が泣かしてしまったという困惑した表情で近寄った。
公園には他に人はいなかったが、きっとハヤトくんは気まずさしかなかっただろう。
泣き終わるまで私の背中をさすってくれていた。
私は泣きに泣いた。
しばらくは私のしくしくとした声が続いた。
そして、一度感情の底辺にまで下った私は、泣き止むと同時にスッと立ち上がった。
ハヤトくんは驚いた様子で私に釣られて立ち上がる。
私の顔はきっと紅潮していて、目は赤く腫れ上がっていただろうが、恥ずかしがりもせずに真っ直ぐハヤトくんを見つめた。
張り詰めた空気にハヤトくんはこれから何が始まるのかと緊張した様子が見られる。
「ごめん、ごめん、泣かせるつもりで言ってたわけじゃないんだ…。」
私の表情から受ける緊張に耐えられなくなったのか、ハヤトくんは困惑した表情で謝り続けてきた。
「…手を出して。」
「え?」
私に急に話しかけられ、状況も意図も飲み込めてないハヤトくんは挙動不審になっていた。
「いいから、手を出して。」
「……うん。」
ハヤトくんは思春期ならではの思いがあるのか生唾をゴクッと飲み込みながら、ゆっくりと両手を私の肩に置く。
「ううん、右手を私の前に出して欲しい。」
不味いという表情と共に肩に置いた手をサッと引っ込め、急いで右手を差し出す。その直後私はその右手の一点だけを見て、両手で包み込むように握った。
「ど、どうした…?」
状況が飲み込めないままで、どうしたら良いかわからない様子が見て取れる。
「いいから。黙ってて。」
となだめた。
数十秒はこのままだったため、ハヤトくんは手を引こうとしたが、私は離すまいと強く握った。
「え?…いや、だから、何してるの?」
「…パワーを吸収してるの。ハヤトくんのバスケ上手いパワーを。」
「え、ちょっ、どういうことだよ。」
と、手をさっと引いてきた。もう私にとっても十分だったから、そのまま手を離した。
「ふふ、いただいたからね。これで私もバスケが上手くなるんだ。」
イタズラっぽく笑顔を作った。
「え、ちょっとそれ返せよ、オレもまだまだ上手くなりたいんだよ。」
「やだよ、もらったものはもらったんだ。」
さっきまで泣いていた深刻な雰囲気とは打って変わって、冗談まじりのかけあいをしながら、ミズキちゃんが待っている家に向かって走った。
ハヤトくんは気付いてないだろうが、私の心をまた助けてくれた。
やりたいことは今はバスケしかない。
どこに向かって走っていけばわからないけど、新しくバスケを楽しむ自分を探すことが今やりたいことだ。
心が折れそうになったら、今日のハヤトくんの手の厚みや温もりを思い出そう。
必ず力になってくれる。
◇
「ただいま。」
家に着く頃にはあたりは暗くなっていて、家に着くや否や、ミズキちゃんとミズキちゃんのママが玄関まで小走りで迎えにきてくれた。
「おかえり。」
「ミズキちゃんのママ、お邪魔します。」
「ヒカリちゃん、いらっしゃい。」
「帰ってくるの遅かったね。」
ミズキちゃんは買い物を済ませた上で、そこからさらに時間が経っている分、どこで道草を食っていたのかと不思議に思っていた。
「あれ?ヒカリちゃん、目が腫れてるけど何かあったの…?」
そう言うと、ミズキちゃんはまじまじと私の顔を見た後、ハッとした表情になった。
「え……もしかして、お兄ちゃん、試合の腹いせにヒカリちゃんに何かした?」
「いや、何も。公園でちょっとバスケして、その後、手を出したくらい。」
「手を出した!?」
ミズキちゃんとママは驚いた声でハモった。
ミズキちゃんは、ギョッとした表情になっており、ママも同じような表情をして口を両手で抑えていた。
「それでヒカリちゃんを泣かせちゃったの!?」
「人様の娘さんになんてことするの!」
ミズキちゃんとママは矢継ぎ早に捲し立てた。
「いやいや、違う違う!手を出すってそういう意味じゃなくて…」
「この前、高校でモテ始めたとか言ってたけど、お兄ちゃん、調子乗りすぎてるんじゃない?」
ミズキちゃんは睨みをきかせた剣幕で言い放つ。
「……怖かったよね、ヒカリちゃん…」
そして優しい声に瞬時に切り替え、私に近づき抱き寄せてからハヤトくんを再度睨んだ。
そして、私は胸に顔をうずめながら、コクッと頷く。
「ちょ、ヒカリ…!いや、そもそも、ヒカリから手を出してってお願いされて…。」
「え!?こんな可憐でうら若き乙女のせいにするの!?…お兄ちゃんサイテー。」
「えーん、えーん。」
私は冗談っぽさを出すために、ハヤトくんをチラッと見て、猫なで声で泣き真似をした。
とは言っても、年齢も年齢で周りが心配するのもわかるし、だんだん、場の雰囲気が本気なのか冗談なのか判断付かなくなってきたので、この後ちゃんと私の口から一部始終を説明した。
ただ、泣いた理由は適当にごまかした。




