第12話 空白と視線の先の熱
冷たい風が身も心も冷やしていた冬が過ぎ去り、春の淡く優しい色の景色を感じ始めていた頃、ミズキちゃんは国立第一高校に合格したことを報告してくれた。
「おめでとう!ミズキちゃんならきっといいお医者さんになれるよ!」
「うん、その一歩踏み出せた気がする!勉強もバスケもがんばるね、ありがとう!」
合格を聞くまでの間、ほんの少しだけ落ちないかなと思っていた悪魔が私の中にいたが、そんな悪魔も簡単に踏み潰されるほど、ミズキちゃんが叶えたい夢に向かって前進できたことを知れて嬉しかった。
私の心の奥でほんのり暖かくなったと同時に、春の新緑の色味が増すようにミズキちゃんとの小さい時からのバスケの思い出が強く蘇り感慨に浸っていた。
あっという間に5月になり、夏の中総体の地区大会は始まったが、中総体も2回戦負けと全国大会にはほど遠く早々に終わってしまった。
周りのメンバーは泣いていて私もつられて涙は流れていたが、こういう結果になることはある程度予測がついており、覚悟ができていた。
これで私も中学校バスケは引退となった。
そしてもうミズキちゃんとは一緒に全国を目指すことができない。
すでに心に穴が空いていた状態で、中学バスケ生活の終盤を過ごしていたが、それも終わり、いざ引退となると、そこからショベルカーで掘られたように、大きな穴になっていた。
(………。)
バスケ、いや、ボールに触ることも一切なくなり、学校で授業を受け、終わると帰宅する。
その日々の繰り返しで眈々と月日が経過していく。
私の覇気のない生活をアイナはことあるごとに心配してくれていた。
モデルの仕事がない放課後はお互いの家に行って受験勉強したり、時にはネットサーフィンや動画見たり(いや、むしろこっちの方が多かったか。)して、同じ時間を過ごしていた。
アイナのことは雑誌内で見かけることが増え、大勢のモデルで飾る表紙の片隅に載ることがあり、じわじわと人気が出ていた。
ただ、アイナはモデルの話を一切しなかった。
私の上手くいってないであろう日々に対しての気遣いを感じる。
とある日にパソコンでネットサーフィンしていた私の目に飛び込んできたものがり、隣でマンガを読んでいたアイナを呼び寄せて言った。
「このグッズ欲しかったんだよね今度の休みに買いに行こうよ。」
「ごめん…。事務所から人混みが多いところには行かないでくれって言われてるんだ…。」
アイナからはやってしまったというような気まずそうな顔をして断られた。
これまでのアイナの気遣いの反動なのか、思っていた以上に重みのある悲しさを受けてしまった。
◇
朝、部屋の窓を開けると冷たい空気が入り込み、冬がもうすぐそこまで来ていることを告げるようになった頃、一人部屋で過ごしているとスマホに着信が届いた。
通知があるメッセージアプリを開くと、ミズキちゃんからの久しぶりの連絡だった。
「お兄ちゃんのウィンターカップの地区予選が日曜日にあるの。」
「ヒカリちゃんも一緒に応援しに行かない?」
「この試合に勝ったら全国なんだよ!」
ハヤトくんは地区の高校バスケ界隈では有名になっていて、ミズキちゃんからは、大学の推薦の話が挙がっていることを聞いていた。
バスケが上手い人を見ると眩しくて、私なんてその他大勢の引き立て役なんだろうなと思い、気持ちが暗くなってしまう。
「ごめん、その日は予定が」
というところまで、メッセージを打ったが、公園の出来事がふと蘇る。
その当時の顛末をなぞり、ハヤトくんの手の温もりを思い出す。
少し照れてしまい、誰もいない部屋をキョロキョロしてしまったが、改めて一人でいることを確認すると自分の気持ちに素直になった。
(ハヤトくん元気にしているのかな…。観に行こうかな……。)
「うん、私も行きたい。」
と返信し、このあと具体的な時間などを確認した。
当日会場に到着するとプロバスケや国際試合でも使うような体育館の佇まいを見ると、規模感に圧倒された。
プロバスケの試合観戦やミュージシャンのライブ観覧で来ることは何度かあったが、今回のように、身内が出場する高校バスケという前提で見ると、学校の体育館とはかけ離れた緊張感や高揚感によって凄みが増す。
会場の中に入り、ハヤトくんの高校の応援席に向かった。
ベンチに入れなかったであろう男子高校生たちが、高校名が入ったハチマキを頭にしばり、各々がメガホンを持って応援していた。
声の大きさ、メガホンを叩く勢いから、この試合にかける熱気が伝わってくる。
座席につきコートを眺めると、両チーム共に試合前のアップ中だった。
選手がゴールに向かって縦に列をなし、リングに向かって走り込んでシュートをしていた。
その中から、ハヤトくんの姿を見つけ出すと、それからはハヤトくんだけを目で追いかけていた。
ハヤトくんは時折、チームメイトと談笑しながら笑顔を見せることもあったが、それ以外は、今まで見たことがない引き締まった表情をしていて、見ている私までが緊張してくる。
そして両チーム5名ずつセンターサークルに集まり、列を作り、礼をした後、各々のポジションでサークルを囲み始めた。
ジャンパー2人の集中は見ているだけでも鋭さが伝わり、私は息を飲んだ。
審判がボールを上げ試合が始まった。
それと同時に隣から地鳴りに近い応援が耳に入り試合に迫力が増す。
ファーストシュートはハヤトくんの3Pシュートだった。
味方のスクリーンプレイによって、フリーになったハヤトくんはしなやかで力強い動きでシュートを放った。
(入れ…!入れ…!)
私は前のめりになりながら祈っていると、通じたのかリングに当たりながらも吸い込まれていった。
「ナイッシュー!!」
私や、ミズキちゃん然り、応援席はみんな立ち上がって叫んでおり、歓声が飛び交う。
続いての得点もハヤトくんが決め、ミズキちゃんと思わず手を取り跳ねながら喜んでいた。
しかし、その後からは相手のマークが厳しくなり、なかなか得点が決められない状況が続いた。
序盤の勢いが嘘のように失速していく。
そのまま終始ハヤトくんには厳しいマークがつき、少ない点数に抑えられていた。エースとして期待されていたハヤトくんは時折、観客を沸かせるようなテクニックで点を決めることがあったが、試合全体としては、相手の巧な試合運びによってゲームを支配されていて、一度逆転されてからは、なかなか追いつくことができなかった。
チームとしては勢いに乗ることができず、試合は惜しくも負けてしまった。
ハヤトくん個人としては見せ場をたくさん作っていただけに、全国大会でもハヤトくんのプレイは見たかった。
試合終了直後、コート上の選手たちが応援席の前に一列に並んだ。
泣いていたり、うなだれる様子もありながらも、「応援ありがとうございました!」と清々しい大きな声で一礼した。
「お兄ちゃん、よく頑張ったよ……。」
ミズキちゃんは立ち上がり、涙が頬を伝いながらも真っ直ぐハヤトくんを見ながら大きな拍手で称えていた。
私はハヤトくんのプレイに終始心が打たれ、これで終わってしまうのかと思うと自分ごとのように悔しさでいっぱいになり、涙が流れていた。




