『蜘蛛女』
「前から思ってたんすけど…」
廊下でもじもじとしながら、僕は先輩を呼び止めて質問する
「先輩って男なんすか、それとも……」
言い出せず、視線を逸らしてしまう
スカートでなくズボン履きだし、一年中シャツは長袖を着ている
ばかりか、声帯に障害があるらしく先輩は一度も声を発した事が無かった
会話は必ず筆談で行う
顔に大きな傷が有ってコンプレックスなんだとかで、長い前髪で顔の大半を隠して居る
それでも、僅かに視える片眼は愁いの有る美貌を湛えて居たし、袖では隠し切れて居ない指先や爪は、この世の物とは思えない凄絶な美しさを発して居た
加えて、絶対に人の居る場所で着替えはしない
プールの授業も欠席するという噂だった
──ついてきて──
先輩がパステル色の可愛いメモ帳にそう書いて、視せてくる
何処に行く気なのだろう
自然と脈拍が上がっていく感覚が有る
先輩は歩く姿も可愛い
なんか良い匂いすら漂って居る気がする
校則に違反するから、多分そんなものは優等生でもある先輩は付けては居ない筈だが
案内された先は体育倉庫だった
さっきから心臓の鼓動がおかしい
無理もない
なんというか……こんな場所に二人で来るなんて、恋人同士みたいだからだ
──きみは──
──かわいいね──
先輩が恥じらいながら視せたメモに、息が止まりそうになった
「ええと……」
「どういう事すか……」
先輩は答えない
僕を視詰める瞳にも、一切の感情が感じられ無かった
その無感情を崩さないまま、先輩は僕の両肩に指を掛けた
先輩の指が触れて居る部分だけくすぐったくて、どきどきする
僕は多分「あっ……」とか何か声を上げたと思うのだが、高熱にうなされた様に頭から思考が流れ出していく
自分がいま何を思い、どんな感覚なのかも今は言語化する事が出来なそうだった
先輩が僕を押し倒し、両手首を押さえ付けて組み敷いた
長くて綺麗な髪が顔にかかって、それもくすぐったい
僕は先輩の顔を、親に抱かれる赤子の様に蕩けた視線で視上げた
先輩の前髪の下には、傷なんて無かった
顔の前髪に隠された部分には、昆虫の複眼の様に所狭しと眼球が在った
昆虫のように、というのは、或る面ではかなり的を得ていて、それらの眼の一つ一つに、意思を読み取る事が不可能な光が宿って居る
叫びそうになった僕の口を、真っ白な手が塞ぐ
先輩の顔全体が左右に開いて、そこから唾液が僕の顔に冷たく滴っては粘り付いた




