勇者「目立ちたくなかったので…」女神「いい加減にしろ」
「マジで目立たないのやめろ、バッキバキの戦闘特化構成とリアル隠密スキルで魔王軍討伐すんな逆に怖いわ」
勇者は魔王討伐後、元の世界に帰る為全てが白で統一された女神の宮殿に転移していた、そこで再び女神に小言を食らっている。
歯車の塊にも見える巨大な黄金の光輪を背負い、2m以上ある白い肌の身体よりも長いスカートをもつ純白のドレスを身に纏い、同じくらいに長い金髪を翻して宙を舞っている。
「ていうかせめて聖剣はひとつくらい手に入れてよ、良くわかんねぇバケモノみてえな剣自作しないで」
最初に出会った時から日に日に濃くなっていった目の下の隈と共に黄金の瞳を細める女神。
それに対しハハハ…と申し訳なさそうに後頭部を掻きながら小さく笑う勇者。
小柄で黒髪、実年齢よりも明らかに幼く気弱さを全方位に剥き出しにした顔は醜いわけでも綺麗なわけでもないのでむしろ人目を引かない極東系の顔立ちだ。
「で…でも聖剣の神殿見ました?聖剣抜けない厳ついおっさん達がめちゃめちゃギラついてましたよもう聖剣に近寄っただけで殺し合い起きますって」
「ああ、そいつらは魔王幹部が半分くらい撃破されたあたりでブチ切れたらしくもうバトロワ、てか厳ついおっさんよりも魔王軍とか、そのバカみたいな剣を作る道中で会った邪神とか、その後の黒龍の方がよっぽど怖かったでしょ?」
「いやそっちは…ほら、物語に出てくるちょっと愛嬌ある感じじゃなくて対話不可の神話生物的なゴリゴリのバケモノだったんでむしろ安心したというか…いいですよね、葛藤する必要のない絶対的な脅威って…」
「よくないよくない…はぁ…」
女神はため息をつくと床から金色の光と共に生えて来た白いソファーに座り、対面にも同じものを生やして勇者に座るように促す。
「えっとこれから約束通り元の世界に帰すんですけどぉ…できればこの世界のアフターケアとかしてほしいかなぁって…」
「ええっ…いやそれは流石に困るんですけど…」
この旅の最初であるなら断れなかったかもしれないが、女神とは何度も顔を合わせ、話を聞くに裏ボスポジションだったらしい邪神との決戦では背中を預けたり必然的に孤立した戦場のど真ん中で何度も互いの人生を語り合った仲なので無茶ぶりを断れるくらいには気軽な間柄ではある。
「ほら、あなたの功績を片っ端から掠め取ってたあのボケ王子いたじゃないですか、」
城から一歩も動かないのに情報操作と権力によって勇者の手柄を奪っていった第一王子。
「ああ、あの人、いや全然良いですよこっちの動向を混乱させてくれたんで…疑わしきは消す、な感じの無差別殺人系暗殺者は止めてほしかったですけど…」
仕方ないのでいくらか道中を引き返して全員闇に葬った。
てか魔王軍どうにもできない癖して勇者暗殺しようととすんな。
「あの後もバレバレの嘘に嘘を重ねて周辺国から嘲笑されてたり、ヒスってメンヘラかました末に自分で吐いた嘘を信じるようになってしまって…まあそれは良いんですけど…次はこっちです」
「良いんだ…」
女神が手を宙に伸ばすと手の平の大きさ分、空間をガラスのように割る、破片は鏡のように質感を変えながら集結し、そこにある景色を映した。
「勇者ァ…女ァ…抱かせろォ…寝取らせろォ…NTRせろォォォオ…!」
そこには王都の街を幽鬼のように彷徨う煌びやかな鎧を纏った金髪の男、かつては落とせない女はいないと言われるほどの美貌を台無しにするほど顔をぐしゃぐしゃに歪ませながら不審な言動を続けており通行人に避けられている。
「…誰…というか何です…?」
「『絶対に勇者の恋人寝取る剣聖』」
嫌悪感で顔を歪ませながらつぶやく女神。
「絶対に勇者の恋人寝取る剣聖」
驚愕のあまり復唱する勇者。
「あなたが20回くらいあったチャンスを回避して最後まで恋人を作らず正体も功績も明かさないまま非正規の手順で魔王を討伐した上に大本の邪神も倒したせいで世界のシステムとしての勇者も消えたんだけど、その影響でバグったみたいで…これから自分を勇者と吹聴してるボケ王子のところに乗り込んで婚約者を寝取るつもりみたいね、まあ婚約者だった隣国の王女はとっくの昔に婚約破棄して帰ったので居ませんけども」
「いや自分が恋人とか魔王討伐より無茶ですって、女の人と対話して好感度的なものを得続けないとといけないんでしょう?」
「私は?」
「女神様は人間目線では長い付き合いで…もうかぞ…いえ慣れ親しんだというか…」
「…それはつまり母親的な…?」
ぼそ、と消え入りそうな声でつぶやく女神。
「はい?」
女神との関係を説明する言葉を選んでいる内にそれを聞き逃した勇者が顔を上げるが…
「イエナンデモ、ハイ次にこの人」
早口になった女神は映像を指で突いて割り画面を再構築すると、そこには寂れた建物の中で壁に向かってぼそぼそと呟く大柄な男。
「追放…追放…追放…つつつつつい、ほう…ほっゥ…ギッギェェエエエエエエエエエエエ!追放追放追放追放追放追放追放追放追放追放追放追放ゥゥゥウウウウウウウウウウウ‼‼」
やがて体を小刻みに震わせ始めたかと思うと突然奇声を上げながら空中を引っ掻くように滅茶苦茶に腕を振り回し、家具や机をひっくり返す。
その異常としか言いようのない光景に顔を見合わせる勇者と女神。
「こ…この怪生物は…?」
「多分まだ人間…じゃ、なくて『絶対に勇者の卵追放するギルド長』」
「絶対に勇者の卵追放するギルド長」
「元は王国最強のギルドだったけど勇者がこれに加入しないどころか町や村にすら入らなかったせいで追放イベントを起こせなかったからバグったみたい、で、メンバーを全員追放、ああほら、深淵ダンジョンの底で助けた魔導士がいたでしょ?あの人ギルド長に大穴に突き落とされたみたい」
勇者は結局現地民にまともに接触しないまま魔王討伐を終えている。
「どこの街も国もガラの悪い門番が居て遠目に、あっ無理、って感じでした、というかメンバーの追放に何の意味が?」
「無い、…そんなこんなで今ギルド内はすっからかんって状態ね、因みにこの映像1時間前の奴で、こいつこれから国民全員を国から追放するって息巻いてた」
「ええ…」
「他にも『絶対に勇者を冤罪にかける悪役令嬢』とか『絶対に勇者を迫害する民衆』とか『絶対にギルドに登録する勇者に絡む冒険者』とか『絶対に勇者の足引っ張る貴族』とかが暴走中」
「えっと、邪神の残党…?」
女神の顔を見ると無言で頭を振り。
「知らない、どうなってんのこの世界」
と呆れたようにソファーに沈む。
「やっぱり目立たなくてよかった…人間コワイ…黒龍の血のおかげで殺されない限り不老不死になったみたいだし帰ったら1000年山に引きこもります…」
勇者の人間への認識がさらに汚染されたようだが問題はまだある。
「まあ魔王と邪神の為に暗躍する類の奴はあの旅で片付いたんでこれでもマシなんだけど…あ、最近情報入って来たんだけど元の世界にも『絶対に異世界から帰って来た勇者襲撃する組織』とかがあるみたい警察の部署とか闇の組織とか複数ね」
「なにそのピンポイント八方塞がり」
てか警察はさておき故郷にそんな組織あったのか。
「流石にこの天界まで攻め込んではこないみたいだけど、転移可能ポイントは大体抑えられてるね、ハイこれ」
差し出された映像を見てみると霊媒師風な服装の集団や黒ずくめの特殊部隊、明らかにカタギじゃないビジネススーツ集団、刀を携えたセーラー服の美少女集団等々が身を隠して一定方向を見ている光景が次々に流れていく。
「内情を知らない側からすると珍妙な集団ですね」
「邪神の一件のアレコレ含め天界も一枚岩じゃないからねぇ…黒龍の時もどいつもこいつも暴れちらかしたし、その時にどっかから漏れたかも、『絶対に余計ことする神』とか暗躍してたりして、あ、そうそうあんたの両親は…」
「『あれ』の話は良いです」
「ウィ」
邪神にすら向けなかった暗い瞳を細めて床を見ている勇者の姿に女神も『あれ』を含めた
『絶対にとある少年を絶望させる狂人達』の話題を止める。
ふっといつもの気弱そうな顔に戻った勇者は気まずそうに立ち上がり右手から刃だけでも4mはある深紅の大剣を取り出すと、重量を感じさせない軽やかな動きで背中に隠すように逆手に握る。
握り部分も1.5mあり、ガード部分には地面を引き摺るほど長い黒いボロ布と大きな黒い錠前が付いた太い鎖が巻かれている。
「そういえばコレ、女神様に渡しといたほうが良いです?」
「そのバチクソ厄ネタブレードは一生持っててください」
「ハイ」
当然と言わんばかりに即決。
勇者以外に握れる人間はいないであろうその呪われた大剣はリボンのように解けて右腕を伝い袖の下に消えていく。
「…結局、あの世界に帰るの?あまりオススメしないけど」
「ん~と言ってもこっちの世界も居場所なさそうですし…」
最早知的生命体のいない別の世界に叩き落された方がまだいい、という気分と言ったところか、まあ今の勇者と私があれば大体の困難は退けられるだろう。
「決断は早めにね」
視線を一瞬周囲に泳がせた後、再び口を開いた女神の様子に違和感を覚える勇者。
「?…なんか急かしてません?」
無表情のまま女神は視線を勇者に戻し、深呼吸をするようにゆっくり口を開いた後喋り始める。
「…ほら、黒龍の一件で助けたドラゴンの姫様が居たでしょ?」
「いましたね、色々デカくてすんごい迫力の、黒龍よか怖かったです」
父親を黒龍に殺され仇討に燃える烈女であった、勇者が最も苦手とする強烈な性格の少女…少女?少女…まあ…少女では…あるか……少女であった。
「あれの母親と私知り合いでね」
夫を黒龍に殺された制御不能のスーパーブチギレドラゴンマザーである。
「はい、そういえばそんな事言ってましたね」
「その経緯であなたが私の手先だってバレてね」
黒龍は討伐したので正体を明かさぬまま猛スピードで逃げ…本来の目的であった魔王討伐の旅へと戻ったのだが…その時の勇者を呼び止める咆哮は山三つ分向こうからでも響き渡り、勇者はその時のトラウマでノイローゼになった。
「…ハイ」
「さしずめ『絶対に勇者の血が欲しい古代龍一族』と『絶対に勇者と結婚したい龍王の娘』、と言ったところかしら、そうそう、黒龍の件は感謝するけどそれはそれとして私に指一本触れずに逃げたのはめっちゃ許さんから初夜から覚悟しておけよ、だってさ」
「…」
「ごめんもう一旦避難しましょう」
何かが爆発したらしい轟音と共に揺れ始める宮殿。
女神はすっと立ち上がると勇者に手を差し出した。
その手に触れようとする度、勇者は何度も過去を想起して硬直するが、再び鳴り響いた爆音と地鳴りのような咆哮であのすんごい迫力のドラゴン親子の襲来を確信し。
いつもの引きつった笑顔を浮かべながらその手を取る。
「ふふふ」
女神は目を細めて笑うと勇者の手を引いて宙に浮き天井付近に現れた光の中へと彼を連れていく。
…さしずめ『絶対に目立ちたくない勇者』と『絶対に勇者の義母になりたい女神』の逃避行と言ったところか。
…と、これから歩むことになるであろう永い旅路に思いを馳せる
『絶対に勇者の敵ブッ殺す寡黙な剣』であった。