探しもの
僕は歩いていた。
辺りは薄暗い。小さな灯りを持って、僕は歩いていた。
ふと急に辺りが開けたように、薄暗い景色がぼんやりと揺らいでいた。
僕は少し大きな道の上で立ち止まっていた。僕の周りを、いや、僕を置いて行くようにたくさんのひとびとが前方に向かって歩いていた。まるで僕なんかが見えてないかのように。中には僕のように立ち止っているひとたちがちらほらと見えたけれど、大半のひとは前を向いて、歩いていた。
見上げると、細い糸に吊るされた、青白く灯る大小さまざまな星があった。自分で灯るのが精いっぱいなのか、それともそんなつもりじゃないのか、星の光は僕らを照らすほど強くはなかった。
「どうして立ち止っているんだい?」
横からそんな声が聞こえた。顔を向ける。そこには一羽のペンギンがいた。
「ペンギンがなんで僕に話しかけてるの?」
言ってから気がついた。彼は僕のともだちだ。
「そうか、きみにはぼくがペンギンに見えてるのかい」
「きみには僕が何に見えるの?」
「いぬだね」
彼はそう言って笑った。
そんな僕らの隣を馬が歩いて行った。彼も僕のともだちだった。改めて辺りを見渡してみると、たくさんのひとびとの中にライオンやら猿やらの姿が見えた。彼らはみんな、僕が今まであって来たひとたちだ。
彼らも他のひとびとと同じ、大勢のひとが歩く道を歩いていた。
僕も彼らに習って、ひとの流れに乗ることにした。ペンギンの彼は、僕と一緒に歩いていた。
歩いていて、気がついたことがある。僕が歩いているこの大きな道の他にも、大小さまざまな道があった。僕らが歩くこの道から、時折幾人かのひとが他の道へと進路を変えて行く。
そんな彼らを僕は流し見ながら、歩いた。
僕が歩く、この大きな道の他の道を踏み出したひとの中には、途中で倒れているひともいたからだ。その先には道はなかったのだ。そのひとは道のない道の前で倒れていた。
「バカな奴らだ」
通行人の誰かが呟いた。僕は立ち止り振り返る。
「可笑しな奴らだ」
また誰かが呟いた。でも、誰が呟いたのか分からない。ひょっとしたら、全員が呟いたのかも知れない。ひとびとは気にせず前に向かっていく。
僕は気付いた。そうか、彼らは道を間違えたのだと。彼らの先には、単に道がなかったのだ。そんな道を選ぶだなんて、なんて愚かな奴らだ。それじゃ、僕や周りのひとたちはどこへ向かっているんだろう?
前を見ると、道はまだまだ続いていた。僕の先を行く多くのひとの群れだけがよく見えた。
後ろを見ると、前を先行くひとたちと同じくらいのひとたちが歩いて来ていた。
てくてく。
後ろから仲の良さそうな三人組が歩いてきた。真ん中のひとの手足には、重しがついていた。
三人は楽しそうに笑いながら歩いていた。まるで真ん中のひとに重しがついてなんて、ないかのように。彼は、ぎりぎりと笑っていた。
僕の目には、彼は歩くたびに枷や重しが増えて行くように見えた。とても重そうだ。けれど彼は決して重そうなそぶりは見せなかった。ずっと笑顔で他の二人と会話していた。
彼らはそのまま僕の横を通り過ぎた。そう思ったら、なんの前触れもなく重しを付けているひとが道端に倒れた。彼はそのままぴくりと動かなくなった。
「おい」
「どうした」
他の二人が声をかけるも彼は動かなかった。
その時、道がずるずると動き出して、彼は僕らの道から切り離されてしまった。
そして彼は、彼と同じように動かない、大勢の人たちがいるたまり場に移動してしまった。
薄ぼんやりとしたこの場所で、そのたまり場には動かない大勢のひとびとが横たわっていた。
「あいついきなりどうしたんだよ?」
「さあ? 理解できねえよ」
彼と一緒に来た二人が口々にそう言った。そして、また歩き出した。今度は二人だけで、来た時と変わらず楽しそうに。
「弱い奴ら」
「情けない」
「ふぬけ」
「自分の力で起き上がれない愚か者どもが」
通行人も口々にそんなことを言いながら、彼らの事を目にも止めずに通り過ぎて行った。
「彼らは強いひとだね」
ペンギンの彼が、たまり場で横たわっている彼らを見てそんなことを言った。
「あんな奴ら、どうせどうしようもない奴らだろう?」
僕がそう言うと彼は首を横に振った。
「そんなことない。彼らは素晴らしひとたちだよ」
「そんなはずはない。こんなとこで立ち止まって。ほら、僕の目には彼らが誰かに助けてもらえるのを待っているかのように見えるよ? 僕には理解できない」
「きみは周りのひとたちと一緒なんだね」
彼はそう言って歩き始めてしまった。僕はそれについて行く。僕はやっぱり、通行人のひとびとと一緒で、彼らがダメな奴にしか思えなかった。
しばらく行くと、僕らの歩いていた道が別れるように二手に分かれていた。
僕らの正面には看板が二つあった。
『左は街へ』
『右は町へ』
三分の二ほどのひとびとは左へ進んでいた。残りのひとびとが右へ歩を進めていた。
僕の隣で誰かが口を開いた。
「おい、どっちに行くよ?」
「左だろ、当然」
「『町』だなんて、なんだかみすぼらしいじゃないか」
「『街』は煌びやかそうだ。ほら、見ろよ『町』へ進んでる奴ら。みんなしてみすぼらしい奴らじゃないか」
「まったくだ。あんな奴らしか行くまい」
彼らは口々に言うと、左へ曲がって行った。そして、ひとびとの波に呑まれて行った。
「どちらに進もうか」
ペンギンの彼が僕にそう訪ねてきた。
「左へ行こう」
「どうしてだい?」
「『町』だなんて、なんだかみすぼらしいじゃないか」
「そうかな。ぼくには質素だと思うよ」
「物は言いようだよ。あっちに行く奴らはダメな奴らに決まっている」
『街』へ行くひとびとから離れて行くひとびとを見ながら僕はそう言った。僕の目には、その三分の一ほどの彼らがダメな奴にしか見えなかった。
「そうか」
ペンギンの彼はそう言った。
「それじゃ、ここでお別れだ」
そして、ペンギンの彼は両手を羽ばたかせた。ふわっ、と彼の体が宙に浮いた。
僕は驚愕しきって、開いた口が塞がらなかった。
「ペンギンは飛ばないのが普通だからからかい?」
彼らは笑った。
何故笑うのかさっぱり理解できなかった。それが常識だろう?
「ねえ」
彼は飛びながら僕に口を開いた。
「きみは一体、どこにいるんだい?」
その目は僕を見ているようで、やっぱり見ていないようだった。
そして彼は『町』へ飛び去ってしまった。
それから僕は気がついたのだ。
彼は可笑しな奴だったんだと。僕には理解できない奴だったんだと。
僕は大勢のひとびとと一緒に『街』へ向かって歩き始めた。
テーマ性を重視させて、不思議な世界観を描いてみたつもりです。
何か伝わる物があれば幸いです。
でも、正直、この作品は自分の中でどこか不完全な気がしてなりません。だったら投稿するなよという話ですが、ひとつの区切りとして投稿させました。ひょっとしたら、いつか書きなおしたやつを投稿するかもしれませんが。
感想・批評頂ければ幸いです。こんな拙い文・世界観ですが、何か残る物があれば、本当に幸いです。
読了、誠にありがとうございました。