【結婚の挨拶編③】
作中のアニメのタイトルはオリジナルでそれっぽい感じのタイトルがついてます。
美咲の家のリビングは、落ち着いた雰囲気の和モダンな空間だった。
木目の美しいテーブルに、静かに紅茶の湯気が立ちのぼる。
翔太は正座したまま、固まっていた。
向かいに座る剛は無表情で紅茶を手にし、静かに口をつける。
(さっき、俺は間違えて書斎を開けた。そして、あの部屋を見た。見てしまった。)
壁一面のアニメポスター、整然と並ぶBlu-rayボックス、そして特典グッズの数々。
目を疑いたくなるほどのコレクションに、翔太は思わず部屋を二度見した。
だが、もっと驚いたのはその持ち主が剛だったことだ。
美咲が紅茶をテーブルに置き、隣に腰を下ろす。
柔らかな笑顔で翔太を見つめ、心配そうに声をかけた。
「翔太くん、大丈夫?なんか顔が真っ青だよ?」
「う、うん、大丈夫だよ!ただ…ちょっと緊張してるだけで!」
無理やり笑顔を貼り付けるが、内心では混乱が収まらない。
(あの部屋…アニメグッズの山、『Celestial Saga -蒼穹の戦記-』の限定コラボメガネ…)
(間違いない。お義父さんは、オタクだ。)
それも、ただのオタクではない。
相当なガチ勢である。
だが、目の前の剛はまるで違う。
寡黙で、無表情で、威圧感すらある。
ギャップが激しすぎる。
「…………。」
剛は静かに紅茶を一口飲み、じっと翔太を見つめた。
(この視線……絶対、俺が書斎を見たことに気づいてる……!!)
冷たい汗が背中を伝う。
翔太の視線が剛のメガネへと吸い寄せられる。
このデザイン……間違いない。
『Celestial Saga -蒼穹の戦記-』のコラボメガネ。
(限定販売で抽選100名のみが手にできたはず……!!)
どうする?どう話す?
この場で「お義父さん、実はオタクなんですね!」なんて言えるはずがない。
否、言ってはならない。
ここで下手な発言をすれば、すべてが終わる。
剛は美咲の父親であり、大企業の重役だ。
そんな人物が、表向き隠している趣味を、
たかが初対面の男にバレたと知ったら——
(俺、消されるのでは??)
「……」
剛が静かにメガネをクイッと直した。
(今の仕草……まさか、俺の反応を見ているのか?)
(試されてる!?)
翔太は息を飲む。
この場で「動揺したら負け」だと直感した。
「あの、お義父さん、お仕事は大企業の重役だと伺いました。すごいですね…」
何気なく話題を変えるフリをする。
剛は小さく頷き、低い声で一言。
「まあな。」
(反応薄っ!!)
この一言にどんな感情が込められているのか、まるで読めない。
そして、沈黙が落ちる。
(やばい、間が持たない……!!)
「……とても責任のあるお仕事ですよね。やはり、毎日お忙しいのでしょうか?」
翔太はさらに会話をつなげようと試みる。
だが——
「…………。」
剛は何も言わず、ただ静かに紅茶を飲んだ。
その仕草が、妙に優雅だった。
(なんか手慣れてるというか……この紅茶の飲み方……どこかで見たことがあるような……?)
考えがまとまらないうちに、剛が静かに口を開いた。
「……翔太くんは、趣味はあるのか?」
———!!
突然の質問に、翔太はドキリとする。
(趣味!? なんでそんなことを!?)
(俺が部屋を見たことに気づいてて、探りを入れてるのか!?)
翔太は一瞬、言葉に詰まる。
「え、ええっと……映画と音楽、読書とかです……」
剛は静かに頷いた。
(これ、どういう意味の頷きなんだ!? 俺の答えに満足したのか?それとも……裏の意味を探っているのか!?)
「……そうか。」
それだけ言って、剛は再び紅茶を口にした。