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我が家


思いがけず誕生日を幸せに過ごすことが出来た。

……自分の誕生日すら忘れていたのに、ミミのお陰だ。


「戻るか」

と言ったミミの目の下には隈があった。


病院とは違い、私の具合が悪くなっても駆け付けてくれる看護師も医師も居ない。相当、気を張っていたのだろう。



「そうだね」

私はミミに抱き上げられて、助手席に乗って、最後に窓からもう一度我が家を眺めた。


ここで生まれ育った。

父親は物心ついた時にはもう既に他界していた。肝臓癌だったらしい。


父親との思い出は殆どない。


朧げに覚えているのは、とても小さな頃、胡座をかいた父にすっぽりと抱え込まれた私を、父はくすぐった。くすぐったがりの私はそれが嫌で泣き出してしまって……その声に母が飛んできて父を叱っていたっけ。

……それも、夢か現実かわからない程の微かな記憶。

胡座の父の顔は私からは見えなかったから、父の表情は覚えていない。きっと母に叱られて、しゅんとしていただろうな。

私の記憶の中の父はいつも笑顔だ。……だって写真に写った顔しか覚えていないんだもん。

もっと、怒ったり、悲しんだり……時には大笑いしたり、そんな表情も覚えていたかったと思っても無理な相談だ。


祖母は胃癌になった事がきっかけで一緒に暮らし始めた。しかし、一年もしない内に入院生活を余儀なくされた為、この家は私と母との思い出で出来ている。そして僅かな時間だがミミとの思い出と。


『今までありがとう。さようなら』

私は心の中で我が家に別れの挨拶をした。もう此処に戻ってくる事はないだろう。少しだけセンチメンタルな想いを抱え、私は家を後にした。



病院に戻った私に先生は、


「また一つ歳をとったね。おめでとう」

と女性に対して全くデリカシーのない言葉で誕生日を祝ってくれた。


まぁ、きっと先生の言葉の中には『歳を一つとる事が出来たね!良かったね!』の意味が含まれているのだと思う……いや、そう思いたい。

ただ……先生はひょっとしたらモテないのではないかと私は想像した。


先生も看護師さんも私の体調が悪くなっていない事に皆ホッとしている様子が見て取れた。

それもこれも、目の下に隈をくっきりと纏わせたミミのお陰だ。

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