1.背を向ける世界
『ここで速報です。つい先程、周辺国の海軍が太平洋・大西洋・インド洋に黒い色をした空間の歪みの様なものを確認したと情報が入りました。引き続き海軍が警戒を続けていますが──』
ピッとテレビを消して、バックを背負い急いで玄関に向かう。
まずい、まずい。寝坊した。これ間に合うかな〜。
時間は……ゲッ、いつもより二十分も家出るの遅くなっとるやん。急がないと先生に……考えるのはやめよう……
自転車に乗って最寄り駅に行くと親友とも言えるほど中のいい友人がいた。
「あ、おい常葉。遅えぞ」
……コイツ。遅刻した俺を待っててくれたのか。
「律…お前、俺のことを待っていてくれたのか?さっすが〜、俺の親友だ」
「うるさい。キモい。喋んな。俺まで遅刻じゃねえか」
随分と辛辣だ。まあ、いつも通りか。
「二番線に電車が来ます。黄色の線より内側に下がってください」
ププププっと電車のブレーキの警告音が鳴り響き、プシューっとドアが開く。
すると、りつに手を引かれながら電車に乗り込む。
「ボーっとするな。もう一本遅らすことになるぞ」
「悪い。……これ学校についたら絶対呼び出し案件だよな〜。嫌だな〜」
「……俺は常葉のせいだけどな」
コ、コイツ俺になすりつけてきやがった。
───
結局、俺と律はチャイムと同時に校門を通ったせいで、教育指導の先生に捕まってしまった。
「二年三組の常葉陽翔と二年八組の葛城律だな。遅れた理由と反省の意思を担任の先生にしっかり言うんだぞ。ほら、もう行っていいから」
意外に早く抜けられたな。
「もっと引き止められると思ったんだが、意外に早く抜けられたな。……何度も言うが、俺の遅刻は常葉のせいだからな」
「なっ!?ひでえよ。そうやって自分可愛さに友達を先生に売るのかよ卑怯者ー!」
「当たり前だろ。お前より俺のほうが大事だわ」
コイツ本当に俺の友達か?
階段を登って自分のクラスに行くと担任の先生と目が合う。からの謝罪までの速度は早かった。
スマホで律と連絡をとる。
『俺は先生に見つかった瞬間謝ったら許されたんだけど、律の方はどうだった?』
『……常葉のせいで遅れたって言ったら、職員室呼びになった。絶対お前は許さない』
怖いな〜。いつか後ろから刺されそう。
そんなことを考えていると突然、校内放送が鳴り響く。
『……こちら、生徒指導部です。
本日、政府機関からの通達を受け、全生徒は速やかに下校してください。
詳細については現時点で不明ですが、安全確保のためという指示です。
担任の先生の誘導に従い、落ち着いて行動してください。
なお、保護者への連絡は各自で行ってください。
公共交通機関の運行に乱れが出ている可能性がありますので、十分に注意してください。
……繰り返します。
本日、政府機関からの通達を受け、全生徒は速やかに下校してください。
詳細は不明です。
これで放送を終了します』
教室内の生徒がざわつく。なんなら、生徒と話してた先生までもが頭にはてなマークを浮かべている。
だが、そこは先生だ。しっかり生徒への指導を始める。
「よくわからないが……放送通りに全員下校する用意をしろ〜。速やかにらしいからHRもなしでいい。あっ、安全確保らしいから寄り道は禁止だぞ〜」
生徒は学校がなくなったと喜んでるやつが半分、淡々とした放送が不気味で顔に不安を浮かべるのが半分といったところ。律のやつの意見を聞いてみようと思い、メールアプリを開く。
『律、そっちはどんな感じ?こっちは喜びと不安が半々ぐらい』
『こっちも似たようなもの。交通機関が遅延するかもって放送で言ってたな。どうする?』
そう言っても、電車じゃないと帰れないし……まあ、律も電車だし一緒に帰れば大丈夫だろ。
『歩きでは厳しい距離だし、電車で帰ろうぜ』
バッグを背負って律のいる教室まで歩き出す。
……?なんか教職員が騒がしいな。やっぱあの放送なんか事情があるのか?政府機関からの通達って言ってたし。国が高校に通達を出すレベルの非常事態……朝のニュースで何か言ってたな。
スマホを使って朝のニュースを検索すると「三大洋のゲート、動き出す」とネット記事のデカい見出しが目に入る。
これか、え〜と「三大洋に出現した黒い歪みが『ゲート』と名付けられた」「ゲートが動き出し、中から異形の生物、通称モンスターが出現。前線を張っていた海軍が壊滅」
……海軍が壊滅?つまり、現代の海軍を上回る武力をもつ奴らが包囲網を突破して日本に接近しているのか?いや日本だけでなく世界が終わる。だから日本政府は高校に安全確保を通達したのか。
放送の真相を考察していると律と合流する。すると、律がスマホを見ながら話してくる。
「常葉。あれだ今日はまっすぐ帰ろうぜ。歩きでもいいから早く帰ろう」
コイツの意見には賛同だ。別に俺だって死にたいわけではない。ただモンスターやゲートとやらが気になるが。
───
律と一緒に雑談をしながら歩いている。
「海軍が壊滅って、これって俺らのところまでモンスターとやらが来た時どうすればいいんだろうな。死ぬしかないやんけ」
「いやいや、こう律と俺が不思議な力でモンスターを討伐するんだよ」
律が「フッ、物語もいいところだ」と言い、小馬鹿にされていると周りの放送機器が鳴り出す。
『警告。警告。日本にモンスターの上陸が確認されました。市民の皆さんは直ちに避難をしてください。自分の命を最優先に避難行動を取ってください』
……早速嫌な予感が的中だな。
「律、警戒しよう。流石に笑ってられなくなった」
「同意だ。早く帰ろう」
そんなことを言っていると、バサッバサッと激しい音と共に体が吹っ飛びそうな風圧を受ける。
音の発生源に目を向けると、緋色の鱗をつけた体を持つ空を飛ぶ異形の生物が視界に入る。
あれは飛竜と言ったところか。……しかし、これはまずい。俺の本能が死を予測している。逃げないと死ぬ。
律と反対方向に走り出すと飛竜が律の方に急降下し始める。
俺は人の死に執着はしない人間だ。なんなら、俺の命のためなら他人の命なんてどうでもいいと思ってるくらいだ。だが、あいつは話が違う。俺が行動することであいつが救われるのなら、俺は喜んで命を差し出そう。これぐらいでは返しきれないものをもらったのだから。
だから、俺は今ここで動かなければならない。やる、絶対にだ。
踵を返し、今出せる俺の全速力で律を吹っ飛ばっして飛竜の矛先を自分に変えた。
「このゴミが。いくらでも受けて立ってやる」
俺は神を信じないたちだが、この時だけは全力の祈りを捧げた。