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鋼鉄の乙女(5)

 ヒドイと呟くラドムの小声など聞こえやしないのか、しれっとした表情を作ってみせる。


 傷口が開かないようにしろとロムに言われたばかりである。

 自分では気を付けている……でも、周囲が気遣ってくれない場合はどうしたらいいんだと、腹を抑えながら民家の壁に背を預けるラドム。

 これはさすがにアミに苦情申し立てを行わなくてはなるまい。


「あの、お腹が……」


「えっ、なに?」


「お腹痛くなっちゃう……」


「えっ、なに?」


「う、ううん。何でも……」


 話が通じる気がしない。


 早々に諦めて壁から身を離したラドムは、すぐ際に窓があることに気付いた。

 島の裏手、しかも通路から少し奥まった所に位置する石造りの建物は、一見する限り普通の民家と変わらない。


 違和感を覚えたのは、窓がカーテンで覆われていたためだ。

 この日中にカーテンが閉められているなんて、怪しい以外の言葉が見付からない。

 そういえばさっとアミが妙なことを言っていたな。


武器庫ヴァッフェン・カマーってなに……?」


 ラドムはアミに文句を言うのも忘れて、民家の窓を覗き込んでいた。


 カーテンの隙間から僅かに覗く室内。

 そこには、少々変わった光景が広がっていた。

 十代から二十代の若者が十数人、狭い部屋の中で忙しく動いている。

 物々しい木箱を運んだり、解体された大砲の部品を洗浄したり。


「これがわたしたちの職場だ。あれをフランス軍とイギリス軍に売るんだ」


「……つまり、武器商人ってこと?」


 成程。

 それで武器庫ヴァッフェン・カマーか。

 戦闘地域に打ち捨てられた武器を修復して、自国の軍に売り払う──つまり、レジスタンス活動を行っているということか。


 ならばアミがドイツ偽装船を襲撃したことや、殺されそうになっていたユダヤ人の自分を助けてくれたことだって納得できる。

 それにしたって、自分の命を助けてくれた殺戮機械のようなあの時のアミと、目の前の能天気な彼女が結びつかないのは事実だ。


「ドイツ軍は悪い敵だし、フランスとイギリスの軍も微妙な勢力争いをしてる。ガリル・ザウァーの武器は使いやすくて壊れにくいんだ。だからいつも狙われている。誘拐されやしないか心配だから、わたしは護衛役で付いていくんだ。ラドムも気をつけろよ」


「はぁ……」


 やけに自慢たらしく、アミは自身の保護者の仕事を語った。


「アーミー、喋りすぎだ」


 突然の低い声。

 一瞬で外気が下がるような黒い影が、彼等の背後に寄り添った。

 アミが肩を竦めてその場をそっと離れる。

 殺気に似た感覚を、痛覚に激しく感じながらラドムが見上げた先には黒ずくめの男が。

 シュタイヤーである。家にいなかったのは外出の支度をしていたからに違いない。

 その手にライフルらしき黒い筒を認めて、少年のこめかみが引きつる。


「あなたも行くんですか……?」


「無論だ」


 低く告げられ、ラドムは俯いた。

 何だか気まずい。

 無理して付いて来た意味がない。


「さ、早く早く。ぐずぐずしている時間はありませんよ。取引の時間が迫ってます。時間厳守が金儲けの最善の道。それにラドムさん、過度な好奇心は身を滅ぼすことになりますよ」


 ガリル・ザウァーがパンパンと手を叩く。


 モン・サン=ミシェル島から、本土へと向かうらしい。

 先頭に立ってちょこちょこと進む小柄な男に、三人はぎこちなく付いて歩いた。


「あの人、意外と金のために動いてるな」


 アミにしては周囲を慮った小さな声。それを耳聡く聞きとがめたシュタイヤーが眸を伏せた。


「そんなことはない。金ではなく、ガリルは平和を求めてるんだ」


「ふーん……」


 複雑な表情で長身のシュタイヤーを見上げるアミ。

 何かしらの葛藤を己の中で断ち切るように、彼女は並びの悪い石畳に足を取られて苦戦している怪我人ラドムの元に駆け寄った。


「歩けるか、ラドム? おんぶしてやろうか?」


「な、何言ってるの! いらないよ!」


「そうか、いつでもおんぶしてやるんだけどなぁ」


「いいってば!」


「ブルターニュはいずれ激戦区になるってガリル・ザウァーが言ってた。だからよそに親せきがいる人は島を出たんだ。島のこっち側にはあまり人、いないだろ」


 アミは、どうやら整備の追いつかない島の現状を言い訳しているようだった。


「今、どれくらいの人が?」


「さぁ、島の中には六十人くらいかなぁ」


 主に観光で成り立っている島であるから、戦争の影響を直に受けるのだろう。


「昔……十四世紀に起こった百年戦争の頃は、フランスの英雄ベルトラン・デュ・ゲクランの奥方が住んでたから、モン・サン=ミシェル島は随分賑わってたって本で読んだよ」


「べる……えっ?」


「百年戦争の英雄で賢王シャルルⅤ世に仕えた……いや、ごめん。もういいよ」


 をパチパチしているアミを見て、ラドムは説明を止めた。

 ユダヤ人の自分が学校に通えていたころのこと。貪るように読んだ歴史書に書いてあったことだ。

 だが、知識なんて今は何の役にも立ちはしない。


「どうせわたしは頭がアレだ……」


「アレって何だよ。勉強ができないってこと? できなくたって別にいいんじゃないか」


「うるさいなっ!」


 馬鹿にされたと感じたのか、アミは膨れた。


「金髪で目も紫で、寝てる時はお人形みたいにかわいかったのに。元気になったらコイツ、偉そうになったな」


 舌足らずな調子で横暴な台詞を吐いて、彼女は少年の小生意気な額を弾いた。


「痛いっ! 目も紫って……寝てる僕の瞼をこじ開けたの?」


 言われてみれば左眼がじんじん痛む気がする。


 図星だったらしい。

 ラドムが睨むと、アミはニマッと笑みを作って見せた。


「貴様等、遊ぶな」

 不意にラドムの首根っこが強い力に引っ張られる。

「この辺りは満潮時と干潮時の海面の差が十四メートルもあるんだ。潮の流れが速いから、海に落ちれば命を落とすぞ」


 シュタイヤーだった。

 何でアミではなく自分が怒られる羽目になるのか理不尽を覚えつつ、しかしラドムは頷いてみせる。


 島と大陸を結ぶ唯一の道路。

 海を遮断するように堤防を造って繋げられた道だ。


 この道路が作られる前は、島は大陸から完全に切り離されていたという。

 潮が引いたときだけ海上に浮かび上がる砂の道を通って、巡礼者たちは命がけで修道院へ詣でたのだ。

 ほんの少し時間を誤れば、シュタイヤーの言うように大渦に巻きこまれ海の藻屑と消えてしまう。


 十九世紀後半に造られたという中道を通って、彼等はモン・サン=ミシェル島を後にした。

 振り返ると初冬の空に修道院が聳え立っているのが見える。


 『海上のピラミッド』と称されるその姿が湾の中にぽつんと浮かぶ様を見て、ラドムは言い知れぬ不安に駆られたのだった。



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