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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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死闘(3)

「《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》は、あの船にはいませんでしたからね。でも必ず近くにいるはずです。もしかしたら既に上陸を果たしているのかもしれない」


 さっさと小僧ラドムを始末して、そして目標を炙り出して殺すための準備に取り掛かるつもりなのだろう。


「な、何でそんなにそのドイツ人のことを?」


 尚もほざくその口に向かって、武器商人が右手を構えたそのときだ。


 金属が鳴る音が高く響いた。

 次いでナイフが少年の足元に突き立つ。

 飛んで来たのは海とは逆の方向。

 モン・サン=ミシェルの島内からだ。


「何っ?」


 次々と飛来するナイフの矢から何とか己の身をかわし、元々戦闘に関しての嗅覚の乏しい二人はその場でひどくうろたえた。

 ラドムはライオット・ショットガンを。

 ガリル・ザウァーはその右腕を。

 それぞれ強力な武器を持っているものの、生かすことが儘ならぬのは致し方ないことか。


 ナイフの攻撃に晒され、ラドムとガリル・ザウァーは身を寄せ合っていた。

 互いに相手を盾にしてやるつもりなのだが、どちらかというと足の引っ張り合いで共に狙いやすい的になってしまっているという状況である。


「う……わっ?」


 武器商人が足を滑らせ転倒したタイミングに、ラドムはすぐ近くの武器庫跡地まで走った。


「このナイフは……」


 瓦礫の影に身を隠し、凶器の飛来する方向を探る。

 そのナイフには覚えがあった。


 ズキリ──。


 頬に刻まれた新しい傷口が傷む。

 ラドムはライオットに巻いていたパジャマ布を取り払った。


 周囲は静けさに張りつめている。

 枯葉の落ちる音すら聞こえそうな緊張感。


 銃の安全装置をスライドさせる音が異様なくらい大きく響いて、心臓が潰されそうに縮み上がる。

 銃底を腰にあてがい、ラドムは片手で銃身を握り締めた。

 眼を瞑ったまま、もう片手で引金を引く。


「ぎゃっ?」


 火薬の弾ける凄まじい爆音に、少年の身体は重心を失った。

 片手で押さえていなければ、反動コレイルで銃そのものを放り出していたところだろう。

 弾丸は空の彼方へと空しく消えていった。


「も、もう一発……」


 排莢を行う危なっかしい手元を狙いすましたようにナイフが襲う。


「クソみたいに面白いモン持ってんじゃん。どこで盗んだのさ」


 耳障りなその声と共に、不快な姿が少年の眼前に現れた。

 一九〇センチの長身、ひょろりと長い手足。

 脱色した髪を靡かせ、充血した双眸が獲物ラドムを見下ろす。


ここで張ってりゃ、絶ッ対現れると思ったよ」


 真っ赤な舌をペロリと出して男──(フランキ).アッド・オンは嫌な笑い声をあげた。

 狭苦しく建ち並ぶ民家の屋根に潜み、彼らを狙っていたようだ。


「クソッ!」


 慌ててライオットを構えるも、あまりに至近距離だったため銃身は浮わついた。

 少年の小柄な身体で、それが扱いきれるわけがないと高を括っているのだろう。

 Hは余裕のてい愛刀サーベルを抜く。


「あの時の爆発を生きて逃げるとはね。いくら探しても死体がないんだもん。驚いたよ。街中燃やしちゃうから追跡もできないし。かなりナメたマネしてくれたよね」


 もう殺すしかないよね。

 軽い調子で告げて、軍刀サーベルの切っ先をラドムの喉元に押し当てる。


「あ、そうそう。アイゼ……」


 しかし言いかけた言葉は途中で消えた。

 少年を捉えていた双眸の端に、チラチラと動く鬱陶しい影を見たからだ。


「《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》は……ザクソニア・ロング=レンジはどこですか!」


 ガリル・ザウァーの切羽詰った声がHの鼓膜をつんざいた。

 ドイツ人が面倒くさそうに見やった先──小動物のような風体の男は一定の距離を保ちつつも、威嚇するように凶器の右手を突き出してHを睨み付けている。


「《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》って、うちの上官のことだよね?」


 さすがにペラペラ喋る気はないのか、Hは軍刀をラドムに、視線をガリル・ザウァーに向けながら小さく舌を出した。


「そういや、あの時もうちの隊長を殺そうとしてたね。ま、ボクのナイフ捌きでコトなきをえたワケだけど。でも何で?」


 ごく軽い調子でHは問いかける。

 ドイツ軍人と、フランスの武器商人──一見、接点のない二人の間に執拗に命を狙い、狙われるような何があるというのだ。


「あの男は……」


 一瞬言い淀んで、それからたぎる感情に負けたかのようにガリル・ザウァーは叫んだ。


「ザクソニア・ロング=レンジは妻の敵です!」


「妻?」


 意外な言葉に驚きの声をあげたのはHではなく、ラドムだった。

 いや、中年とも呼べる年代のこの男に妻がいたとしても全く不思議はない。

 とはいえ、本人からは無論、アミからもそんな話は聞かなかった。

 しかも敵とは一体どういうことだ?


 軍刀を突き付けられているこの状態でガリル・ザウァーを問い詰める余裕はさすがにないが、このときラドムの思考は何処かにいるであろうアミの元へ飛んでいた。


 彼女はおそらくこの事を知らないのだろう。

 ならばシュタイヤーは?

 影のように常に武器商人に付き従うあの男ならば、何か事情を知っているかもしれない。


「オイ? 逃げるなって!」


 焦った風のHの声に、ラドムは我に返る。

 武器商人がその場から身を翻したのだ。

 Hが本当に《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》の居場所を知らないと踏んだか、あるいは知っていたとしても喋ることはないと考えたか。


「ま、待て! ガリル・ザウァー」


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