死闘(2)
直感というより、それは眼の前に解答書を突きつけられた感覚であった。
そうだ。
片腕を失ったアミに──少なくともここ数日の襲撃など可能なはずがない。
無言で沖合の様子をうかがう男は肯定も否定もしなかったが、それこそが事実を認めていることに他ならない。
ラドムはマディーのショットガンを抱きかかえた。
眼の前の男の動きを凝視する。
モヤモヤはずっと続いていた。
彼の不自然さが鼻につくのは、アミみたいに情で目が曇っているわけではないから。
紫の視線が捉えるのはモン・サン=ミシェル島の瓦礫の跡──つい数日前まで武器庫があった場所だ。
岩や煉瓦の下には今尚、無残な死体が埋もれたままなのだろう。
「あのとき、武器庫は空爆されたのか? それとも島の外から爆撃を喰らったのか?」
唐突過ぎる呟きに、ガリル・ザウァーは「は?」と高い声をあげた。
構わずラドムの思考は、その前後の記憶をまさぐり始める。
空爆ではない。
すでにドイツの手に落ちているフランスの地に、ドイツ軍の戦闘機が爆撃を加えることは考えづらい。
ならば船からの砲撃?
いや、それも違う。
武器職人の元から帰ったとき、海上に船の影はなかったし、第一ドイツ船を目の敵にしているアミがその存在を見逃すとは考えられない。
「さ、行きますよ。ラドムさん、私から離れないようにしてください。海岸線に様々な罠を張ってますから」
紫の眼に射抜かれて至極迷惑そうに、ガリル・ザウァーは顔の前を左手で仰いだ。
「待て、ガリル・ザウァー」
少年らしからぬ鋭い声に、動き出しかけていた武器商人の足が止まる。
「な、何ですか。勘違いしちゃ困りますよ。罠とは、おびき寄せたドイツ部隊を始末するためのブービートラップのことです。ほら、そこにもピアノ線が。不用意にそれを切ると仕掛けた爆弾が爆発……」
「そうだ、爆発……」
武器庫は爆発した。
空爆を受けたのでもなく、海上からの砲撃に晒されたのでもない。
島内からの攻撃という選択肢もあるが、これは可能性としては低いだろう。
ならば考えられる選択肢はひとつ。
「ガリル・ザウァー、あなたなのか?」
ユージン・ストナーの元へ出かけるのを、この男は随分急いでいた。
更に、だ。
先に発ったガリル・ザウァーを、アミとラドムの二人が追ったとき、彼はまさに武器庫の前にいたではないか。
小さな時限爆弾を仕掛ける時間は充分あったはず。
ガリル・ザウァー本人と、子飼いのシュタイヤーとアミ──自分はアミにくっついていたため、たまたま難を逃れたにすぎない──島を離れる時間を計算し、爆弾を起動させる。
どんなに小さな爆発でも構わない。
あの家の中にはあらゆる種類の武器弾薬が詰め込まれているのだ。
それらが次々に爆発し、火を上げ、建物を崩壊させるのは自明の理。
ショットガンを持つ手が震え、額にじわりと汗が滲む。
もちろん、それは可能性の一つ、相当穿った考えにすぎない。
大体、彼が自分の武器庫を爆発する理由など見付からないではないか。
だが──。
嫌な予感は、警鐘となってラドムの心臓を激しく打った。
武器商人がちらりとこちらを見やり、軽く肩を竦めたのだ。
「言いませんでしたか? 過度な好奇心は身を滅ぼしますよ、と」
ガリル・ザウァーが義手の右手を軽く振る。
肩の辺りで鳴る金属音に、ラドムはたじろいだ。
「まさか、ドイツ軍に情報をリークしてたのって……」
ゆっくりした動作で身を反転させると、わずか一瞬の後に武器商人の右手は少年の喉元に突き立てられていた。
「あ……」
避ける間もない。
これだけ近ければショットガンを構える隙間すらない。
「よく推理しましたね。賢い子だ。さすが勤勉なるユダヤの民。それとも当てずっぽうでしたか?」
ガリル・ザウァーの表情は変わらない。
そこには苦痛の色も影もない。
「ラドムさんと初めてお会いしたあのときも、私は礼拝に行ってた訳じゃないんです。電信を使って、ここいらのドイツ軍に《武器庫》の情報を垂れ流していたんですよ」
少年の命をその右手に握った安心感からか、ガリル・ザウァーは最後にラドムの小さな好奇心を満たしてやろうと考えたようだ。
一瞬でも動く気配を見せれば、少年の首は容赦なく飛ぶだろう。
「私は常にドイツ軍に狙われています。彼の国の機密を、手当たり次第に売り歩いているもんでね」
「それなら、何で《武器庫》》を……?」
「荷物だからですよ」
そこで初めて男は口惜しそうに頬を歪めた。
他のことを言いかけた口元は一瞬震え、そして再び流暢なフランス語が流れ始める。
「どうせならドイツ軍を利用して処分しようと思いまして。まぁ、そこに都合良く奴……《帝国の狼》が現れるとは思いませんでしたがね」
憎々しげな低い声は、暗い殺意に満ちている。
「どういうことだよ……」
どんなに考えても、手持ちのカードの少ないラドムに真実の絵が見えてくるはずがない。
だからこそ、ガリル・ザウァーも安心して喋ることが出来たのだろうが。
しかしその余裕も、そろそろ終わりのようだった。
ドイツ船がこちらに向かって進んできたからだ。




