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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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モン・サン=ミシェルへ(2)

 再び目覚めたとき、傍らに鋼鉄色の少女の姿はなかった。

 そのためだろう。周囲に気を配ることもせず、ラドムはぼんやりと天井を見上げただけであった。


「えっと……」


 記憶が混乱している。

 ここが故郷ポーランドじゃないのは分かる。

 密航船の中でもない。

 ならばモン・サン=ミシェル? いや、違う。

 それならば、あの廃墟か?


 狭いものの、清潔で近代的な造りの部屋を見回す。

 先にあげた何処とも違うことは分かった。

 だが、混濁する意識。蓄積された疲労が、眠気となって襲いかかる。


 ──こんなこと、してられない。


 ここがどこかなど関係ない。

 為すべきことは一つ。

 寝かされていたベッドから起き上がりかけたその時だ。


「おい、どこ行く気だよ」


 突然のその声に、ラドムはびくりと身を震わせた。

 振り返った先──部屋の端に立っていた赤毛の女にようやく気付いて眼を見張る。


「どこ行く気かって聞いてんだよ」


 ドスの利いた声で女は繰り返した。


 無言でこちらを見やる少年の元へ近付いたかと思うと、女は彼の金髪をつかんでベッドに押し倒したのだ。


「絶・対・安・静・だ!」


「うっ……」


 言葉を失った少年に、女は乱暴に布団をかけた。

 アタシはマディー・グリフィン。医者だよ、と簡単に自己紹介してからこう続ける。


「アンタ、すごい怪我だ。生きてんのが不思議なくらいだよ。そもそも何でユダヤ人がこんな所にいるんだよ」


 ユダヤ人──この時代としては致命的なその単語を吐いた口を、少年はキッと睨みつける。


「ほぅ……ユダヤの子供のくせに物怖じしねぇな」


 マディーのその言葉は素直に関心の念からくるものだったようだが、不躾な言い方はまずかった。


「み、民族を理由に虐げられるいわれはないっ!」


 子犬が吠えるように、傷だらけの少年が叫んだのだ。

 しかし女はそれを笑い飛ばした。


「お勉強が大好きな子供って感じの言い草だな! うまく立ち回らなきゃすぐ死ぬぞ? ああ、悪ぃ悪ぃ。で、アンタの名は?」


 用心深く少年はラドムと己の名を名乗る。


「ラドムか、変なガキだな。ユダヤ人なのに」


 何せ時代が悪かった。

 生まれたときから不当な差別を受け、学ぶ術も立ち入る場所も制限されてきた民族だ。

 子供とはいえ、虐げられることに慣れている。

 だから、こんな台詞を吐くうユダヤ人は珍しいはずだ。


「闘うことを諦めるなよ。それは大事だな、うん」


「な、何言ってんだよ……」

 何かを感じたか、ラドムの表情が曇る。

「そんなことより、病院って言ったな。場所はどこ? 僕は何日眠ってた?」


 丸二日だな、とマディーは答える。


「……僕をここに連れて来た人は?」


 知らん。女医の返答は素っ気無い。


「あの……銀髪で髪が長くて僕よりちょっと背が高くて、ボーっとした胸の大きい女の子が連れてきたんじゃない?」


「そんな女は知らん」


「でも……」


 自分で言っておいて、もっと他の言いようはなかったかと自問するラドム。


 更に何事か呟くもののラドムが動けないのは、女医が少年の額をベッドに押さえつけているためだ。


「久々の患者だけど、どうせ金なんて持ってねぇだろ。治療費が払えねぇなら怪我治ってから働かせるから、そのつもりでいろよ」


 それはマディーなりに、裏を返せば回復するまで面倒をみてやるという意味だった。

 しかし少年には、彼女の真意まで読めはしない。


「二日も経って……」


 ぎゅっと閉じられた眼から透明な雫が溢れでる。

 マディーは驚いたように手を退けた。


「わ、悪ぃな。痛かったか? ラドム?」


「ちが……、……しいんだよ」


 少年は首を小さく横に振る。

 何だ?

 問い返したマディーの耳に届く嗚咽は、次第に高くなっていった。


「……大人ぶって偉そうに言ったわりに彼女を守れず、助けられて、あげく置いてかれたのが悔しいんだよって言ったんだよっ!」


 両手で顔を覆い、少年は声を殺して泣いた。


「おい? ちょっ、勘弁してよ……」


 女医の戸惑いの声が次第に遠退いて……そして彼は再び眠りに落ちたのだった。


 船での大怪我、ここ数日の疲労と飢え。

 さらに(フランキ).アッド・オンとの戦闘でのダメージ。

 満身創痍の上、疲労困憊しているのは間違いない。


 昏々と眠り、時に目覚めて食事をとり、女医と短い会話を交わす。また眠る。

 そんなことを何度か繰り返し、ラドムがいい加減全身の痛みに負けてベッドに身を起こしたのは、それから更に数日経ってからのことであった。


「痛いな……」


 老成した仕草で腰をさする十四歳の子を見下ろし、マディーは茶を啜りながら「そりゃ、床擦れだろ」と言い捨てた。


「床擦れ……」

 呟く声に僅かにショックを滲ませて、ラドムは腰に置いた手を退ける。

「……痛いなぁ」


「何だ、他にもどこか?」

 溜め息をつく少年に、女医はカップを差し出す。

「何か悩みか? 女のことでも考えてんのか?」


「その通りだよ」


 十四歳の少年に真顔で返され、マディーは飲んでいた茶を噴き出した。


「汚っ!」


 飛んできた唾をシーツで拭う仕草をするラドム。

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