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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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モン・サン=ミシェルへ(1)

 目の前に横たわったそれを見下ろして、女は直感した。


 ──ヤベェな、コイツ。一フランも持ってねぇな。


 それ、というのは失神している小柄な少年のことである。

 だらしない下着姿のまま少年を跨ぎ、女は自らの派手な赤毛をかきあげた。

 まるで娼婦のような姿ナリだが、派手な顔立ちに化粧っ気は一切ない。


 女の名はマディー・グリフィン。

 年齢二十九歳。国籍フランス。職業医師。

 好きな物は金と肉。

 嫌いな物は貧乏とガキ、それからドイツ兵。


 だから、この状況は彼女にとって、相当不本意なものであった。

 医者は慈善事業じゃない──それが彼女の持論である。


 基本的に、金にならないことはしない主義だ。

 医者を志したのも、金持ちから分捕ってやろうという意気込みだったわけだし。

 パリの病院で経験を積んだのち、ノルマンディの海辺に小さな医院を構えた彼女の人生。

 なかなかに上手くいくはずだったのに、しかし第二次世界大戦《W.W.Ⅱ》──これがすべての予定を狂わせたのだ。


 金持ちどころか、貧乏人も滅多に来やしない。

 このあたりに残る住民は極めて少数だ。

 折角購入した医院の建物を手放すのが惜しくて、この場所にしがみついているのが滑稽であるということも、マディーは重々承知していた。


 戦乱に巻き込まれる危険を運良く逃れたとしても、食うに困るようになるのは確実に時間の問題だ。

 今日は久々に扉を叩く音がしたもので早朝にも関わらず出てきたところ、コレだ。

 玄関先にこの少年が転がっていたわけだ。一見して怪我をしているのが分かる。

 周囲に人の気配はない。


「捨て子にしちゃ、歳取ってんな」


 ハァ……とマディーは大きく息を吐いた。

 仕方ない──溜め息にはそんな感情が滲んでいる。

 自分自身に呆れ果てたというような響きだ。


 金にならないのは分かっていた。

 それでも目の前の命をむざむざ失わせるわけにはいかないと、意識を失った少年を抱きかかえる。

 落ちている物をこんな風に見境なく拾ってしまうのは、身に染み付いた貧乏性のなせる業だと思う。


 間近に見て気付いたのは、少年がフランス人ではないということ。

 ハーフかもしれないが、ユダヤの血が混ざっていることは一目で分かった。


 肩の傷は銃のもの。応急処置は施されているが、致命傷にもなりうるものだ。

 拷問まがいの頬傷はまだ新しいし、服の下には無数の打撲痕。

 腹には、ようやく塞がりかけた大きな刃物傷。

 護身用の武器も食料も、不審なくらい何も持っていない少年だった。

 身元の手掛かりになるものとて何ひとつ。


「ワケアリにしたってほどがあるだろ」


 そこでマディーがニヤリと笑ったのは、ただ単に退屈していたからに他ならない。

 患者の来ないこの病院でこの子は……少なくとも暇つぶしにはなるだろう。


「まぁ、イザとなりゃコイツで全ての片がつくし」


 マディーが手元に引き寄せたのは、男の腕ほども太さのある黒光りする銃器だった。

 第一次世界大戦《W.W.Ⅰ》の時に、ヨーロッパ大陸で戦っていた米兵の装備であると思われる。

 落ちていたのを、ずいぶん前に拾ったのだ。

 いざという時のために手入れはしているから、今でも十分使えるはずだ。


 女の身でこんな所で医院を営むには、気の強さだけではやっていけない。


 ライオット・ショットガン──その武器の名だ。


 ヨーロッパ史においては、散弾銃ショットガンを対人武器として使用することは少なかった。

 大航海時代に、船内で船員が反乱を起こした時の鎮圧用として使われていた程度だ。


 軍用武器としてのショットガンは、W.W.Ⅰに参戦したアメリカ軍が塹壕戦用として持ち込んだのが始まりであると言われている。

 それはノー・チョーク・バレルを短くした、狩猟用の手動ポンプアクション連発式のショットガンであった。

 ハンド・ガードを付けて銃剣も装着でき、白兵戦も行える代物だ。

 直径九ミリ大の鉛散弾が十六発装填されている、鹿撃ち用のOO(ダブル・オー)と呼ばれる種類のものである。


 文化の相違からか、ヨーロッパでは軍用ショットガンが定着することはなく、W.W.Ⅱでもショットガンは使用されなかった。

 米軍もヨーロッパ戦線においては、軍用ショットガンを広範囲に使用することはなかったのである。


 希少価値かどうかまでは分からなかったが、マディーにとってそれはまさしく「良い拾い物」であったのだ。



     ※  ※  ※



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