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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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《狂気の刃》(2)

「だ、だからってこのままじゃどうしようもないだろ」


「…………」


 アミは反論しなかったが、不服そうにそっぽを向いた。


「病院がマズイなら、とにかくモン・サン=ミシェルに帰ろう。僕も一緒だ」


「…………」


 返事をしないアミだが、今度は小さな声で何事か呟く。

 早口のフランス語は聞き取れなかったが、恐らく悪態だろう。「何?」と問うと必要以上に激しく首を振ったから。


 呆れ果てたような沈黙が流れるものの、ラドムは努めて前向きに事態に対処しようと心の中で己に言い聞かせた。

 さしあたっての問題があのドイツ兵であることは間違いない。

 奴から逃げ切るのが最優先事項だ。


「あいつ、行ったかな? そろそろ出ようか。何か息苦しくなってきた」


 ラドムが咳き込みながら立ち上がる。


「そうか? 気をつけろ」


 アミはヘソを曲げたか、仏頂面で少年の方を見もしない。

 だが、何となく異変を感じたのか、頻りに周囲を見回している。


「何か焦げ臭くないか、ラドム?」


 アミにそう言われ、少年もクンと鼻を動かす。

 乾いた木が爆ぜて、火花と白煙をあげている──明らかな異変に鼻腔が反応した。


「火事か?」


 慌てて窓を開けようとしたその時だ。

 分厚い窓硝子の向こうから白い何かが迫る。

 息を呑んだラドム。ただ、見つめるだけ。


 高く澄んだ音を響かせて硝子が砕け、伸びた二本の腕に顔と首をつかまれた。

 グイと引っ張られ、少年の小柄な身体はなすすべなく宙を舞う。


「ラドムッ?」


 アミの叫びが、やけにゆっくり耳の中で反響した。


 自分の背中が窓枠を破壊する音と、背骨のきしむ響き。

 それに、肺の空気が漏れるような悲鳴が重なる。


 外に放り出されたのだ。

 肩から地面に落とされ、激痛のあまり意識が眩んだ。

 視界に広がるのは、回転する空。

 それから燃えさかる家。


「ア、ミ……」


 跳ね起きようとした彼の身体を、しかし強烈な力が押さえこんだ。

 頬に冷たい感触。


「ボク、キレーなカオしてるねぇ」

 意外に整った少年の顔。

 頬から顎にナイフの刃先を滑らせる。

「深くキズつけたくなるね。アレ、ボクちゃん、もしかしてユダヤ人かな? 色素が薄いからパッと見、分かんないよね」


「う……」


 少年は声を失った。

 恐怖が身体を竦ませる。

 代わりに窓辺に駆け寄ってきたのはアミだった。


「ラドムを放せっ! キサマの狙いはわたしなんだろ。それならラドムは関係ない!」


「ヤだよ」


 己の手にあるナイフのおかげで《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》が、窓枠を越えるのを躊躇っているのが分かるのだろう。

 男はいやらしい笑みを浮かべた。


「ボクちゃんにも、それはそれで深い恨みがあるんだよね。さっきヒドイ目にあったもんねッと!」


 語尾に異様に力が入ったのは、暴走しかけた利き手の制御に苦しんだ故だろうか。

 ナイフのきっ先、その鈍い光が少年の頬にめり込む。

 肌が裂けるプツッという音と共に溢れ出る、赤。

 刃先はそのまま滑り、少年の頬に赤い糸が引かれた。

 ラドムの呻き声で我に返ったアミが、何か叫びかけたそのときだ。


「ボクは(フランキ).アッド・オン」

 男の顔が怒りで歪んだ。その双眸が憎々しげに銀の少女を捉える。

「ボクのカオ、よく見なよ! 忘れたとは言わせないよ!」


「フランキ……?」


 一瞬、どういうことか分からず、ラドムは身体を強張らせたまま男を見上げる。

 船で自分をいたぶった奴と寸分変わらぬ姿のそいつは、今やアミを凝視していた。

 いや、アミというより彼女を通りこして、想像上の悪魔でも睨みつけているかのようだ。


「普通さァ、双子って片っぽに何かあったら、もう一人にも痛みが伝わるっていうんだけどね。あのとき、ボクは何も感じなかったよ。連絡受けてあわてて行ったら(コルト)のヤツ、心臓ツブされて無残な死体になっててさ」


「ああ、あの船の……?」


 向けられる憎しみが何であるか、アミにもようやく合点がいったようだ。


「いい格好だね、《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》。その右手はどうしたのさ?」


 揶揄するような響き。

 耳障りな声にアミは顔をしかめる。


「オマエは内臓全部引きずり出してから、殺してやるよッ!」


 全てを圧倒するように叫ぶと、Hはまどろっこしそうにナイフを捨てた。

 軍刀サーベルを抜き放ち、更に左手に短銃を構える。

 右手はラドムに向け、左手の獲物はアミに狙いを定める格好だ。


 だが、一瞬遅かった。

 左手人差し指に力が入り筋肉がピクリと震えた刹那、少女の身体が回転したのだ。

 銀の軌跡を描くように、隻腕が宙に半円を描く。


「ウッ!」


 小さな悲鳴と共にHの銃は地に落ちた。


 咄嗟に銃を拾いかけた彼の喉元に、アミの手刀が打ちこまれる。

 辛うじてかわして揺らいだ長身の脇をすり抜けるように、彼女は窓枠を越えた。


「キサマが武器庫を襲ったか?」


「な、何の話だよッ?」


「とぼけるな!」

 軍刀の先がラドムの首筋を穿っていなければ、つかみかからん勢いだ。

「武器庫を爆撃して、みんなを殺しただろ!」


「何の話してるのさッ!」


 理不尽な疑いを向けられたというようにHは顔をしかめる。


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