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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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《狂気の刃》(1)

 首筋から後頭部にかけて痙攣が走った。

 体中の毛が逆立つ感覚に、ラドムは声を張りあげる。


「アミ、逃げろっ!」


 咄嗟に彼女の前に身を滑りこませ、隻腕の少女を守るように両手を広げた。


「おヒメさまを守るナイトのつもり? ムカツくな」


 ビリビリした殺気を、恐らくアミも感じているのだろう。

 肩に置かれた左手に力が込められる。


「ラドム……」


 少年の耳元で何事か囁く銀髪の少女をちらりと見やって、充血した双眸が細められた。


「小汚いガキだな。まさか《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》がこんなクソガキとはね」


 そう言う(フランキ)だって、相当汚い格好ナリをしている。

 ドイツ軍服は土と埃で汚れ、胸の辺りには血や吐瀉物がぶちまけられていた。

 嘔吐することで体内に入った毒を排出したのだろう。命の危険に晒されながらの咄嗟の判断は、さすがと言えようか。


「聞いたコトくらいあるでしょ? 自分で言うのもナンだけど、ボク《狂気の刃ヴァーンズィニヒ・クリンゲ》」


 腰には軍刀サーベル。唇には憎悪の呟き。


 二人から芳しい反応は見られなかったものの、自分に毒を盛った小僧を探し当てた嬉しさか、男の表情はしまりなくニヤニヤ崩れている。

 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》の四肢を裂き、小僧を食い殺す夢想でもしているのだろうか。

 いやらしく顔を歪めながら、軍刀の柄に手をかけたその時だ。


「今だ、ラドム!」


 舌足らずな声が、しかし予想外の鋭さで周囲に響いた。

 瞬間、少年の小柄な姿が地面に滑り込む。

 先程アミが消した焚き火の木切れをつかむと、突然の闖入者に目がけ投げつけたのだった。

 咄嗟に軍刀を抜いてそれを払った《狂気の刃ヴァーンズィニヒ・クリンゲ》は刹那、己へ向かって飛来する銀の弾丸を見た。


 アミだ。

 ラドムと連動した動きで不意をついて、男の脳天に左踵を打ちおろす。

 更に胸部に左拳を叩き込み、鮮やかな流れで右膝で男の腹を穿った。

 片腕を失った人間とは思えない、驚異的な身体バランスだ。


「ガ……ハッ!」


 毒のダメージが抜けていないHは、まともに攻撃を喰らってその場に崩れ落ちた。


「アミ、逃げよう!」


 なおも男に蹴りを見舞わそうと足を振りあげていた彼女が、ラドムの声に我に返ったように身を翻す。

 二人は廃墟の塀の影に飛び込み、路地を曲がった。


「わたし、さっきヘビと戦ってるとき、考えたんだ」


「蛇と……何?」


 さすがに片腕がなくてはバランスが悪いのか、それともラドムのスピードに合わせてくれているのか。

 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》にしてはゆっくりした速度で走りながら、アミはこう言った。


 ──ラドム、わたしたちはここで別れよう。


「えっ?」


 唐突に告げられたその言葉に、さすがのラドムも虚を衝かれたように身体を強張らせる。


「何してる、走れ」


 ドイツ兵が立ちあがって追って来る気配と、そこから立ち上る殺気を感じるのだろう。

 アミが少年の背をつつく。


この辺(ノルマンディー)はいずれ最前線になるってシュタイヤーが言ってた。だから、ラドムは今のうちにイギリスかアメリカに逃げろ。もともとそのつもりだったんだろう。港までわたしが送る。だから……」


 まるで追い立てるような早口に、ラドムは反発した。


「あ、危ないってんならアミだって一緒だろ。逃げるならアミも……」


 しかし少女は、固く唇を結んで首を振る。


「わたしは人をいっぱい殺した。だから、ラドムはわたしなんかと一緒にいちゃいけない。危ないことに巻き込む」


「アミ?」


 どこか様子がおかしい。

 追い詰められたような早口で彼女は続ける。

 顔を歪めているのは、今更ながら右腕を失った苦痛ゆえだろうか?


「ロムはガリル・ザウァーのせいで武器庫ヴァッフェン・カマーが空爆されたって言ってたけど、それは違う。わたしがドイツ偽装船を襲ってたせいだ。わたしを狙ってドイツ軍が……」


 息が上がってきたのは走っているせいではあるまい。


「……アミ、聞いて」


「わたしのせいで、みんな死んだ。だからラドム、キミとはこれ以上一緒には……」


「アミ、聞いて!」


「イヤだ、聞かない! とにかく逃げろ!」


 立ち止まってしまった少年を抱え、アミは路地沿いの民家に視線を走らせた。窓が開いているのを確認したのだ。

 踊るような身のこなしで跳躍すると、片足で窓枠を蹴り室内へ飛び込む。

 振り向きざまに急いで窓を閉め、玄関扉の前にタンスを運んでバリケードを作る。


 この間、僅か数十秒の早業である。

 一つしかない部屋の、できるだけ隅で二人は身を縮めた。

 これで、Hからうまく身を隠すことができれば良いのだが。


「な、何言ってんだよ、アミ。自分の状態考えろよ。そんな手で……僕のことにまで気を回すなよ」

 焦ったような彼女の行動につられたように、ラドムも小声になる。

「病院に行こう、アミ。義手を何とかして、先のことはそれから考えよう」


 病院?


 今度はアミが声を張りあげ、慌てて己の左手で口を押さえる。


「ダメ! 病院はダメだ。病院はマズイ」


「何だよ、それ。犯罪者じゃあるまいし……」


「わたしは犯罪者だ。それに、病院がドイツ軍に押さえられてたらどうする」


 彼女にしては真っ当な意見に、ラドムは口ごもる。



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