あなたの為に生きて、死ぬ(7)
「人の気持ちを考えろよ。それは簡単に渡していいものじゃないだろ!」
「な、何でわたしが怒られる?」
腑に落ちない──そんな表情で、アミは尚も銃をラドムの手に押しつける。
「わたしは使わないから。どうせ死ぬほど射撃がヘタなんだ。だからホラ、ホラってば!」
「いらないって。これは本当にいらない!」
「遠慮するな。わたしの気持ちだ」
「違うだろッ!」
そんなやりとりを空しく繰り返してのち、彼女は突然「おぉ!」と唸って手を放した。
銃が地面に落ちると同時に、反動でラドムも背中から地面に転げる。
「遠慮はいらないのにな。そんなに遠慮するなら仕方ないな」
そこまで言うなら、と次に彼女は上着の内ポケットあたりをガサガサ探る。
こっちも濡れたから使えるかどうかわからない、などと言っているところをみると、恐らくロクなものじゃないだろう。
「ラドム。じゃあ、こっちをやる」
ポンと手渡されたそれは、アミの拳程の大きさの鉄の塊のような代物だった。両手で受け取ったものの、意外と軽いことに驚く。
「ガリル・ザウァーにもらった。未来の武器、らしい」
「未来の……? 何それ」
「分からない。ガリル・ザウァーが言ってた……」
育ての親の名を出した途端、アミは笑顔を寂しく曇らせた。
「何かマグネシウムが何だかこう……分からないんだけど」
「そう……」
ガリル・ザウァーにも意図があったのだろう。とはいえ何か分からない武器ということであれば、これ以上に危険なものはない。
使うことはないだろうと思いながらもラドムは一応、礼を言ってそれを受け取った。
──未来の武器ねぇ……。
はぐらかされたような気分だ。
アミはシュタイヤーの銃を拾いあげると元のベルトに収めた。
「武器なんていらないだろ。いざって時は、わたしがこの拳でキミを守る」
「アミ……」
ようやく彼にも分かった。
彼女の浮き沈みの原因が。
要するに、親代わりのガリル・ザウァーと離れて不安なのだ。
僕が居ても駄目なの?
ガリル・ザウァーでなきゃいけないの?
そう詰っても仕方ないし、惨めだと思った。
自分には知る由もない途方もない時間が、彼女たちの間には流れているのだから。
もしも自分がガリル・ザウァーに敵対し、彼がラドムを殺せとアミに命じたとしたら……彼女は一瞬困った顔をしてから、あっさりとその命に従うのだろう。
それも仕方のないことだと思う。
「僕がいるよ、アミ」
「え?」
彼女がぎこちなくこちらを向く。
「僕があなたを必ずモン・サン=ミシェルに連れて帰るよ」
あの日、アミに助けられなければ間違いなく自分は死んでいた。
自分のために沢山のドイツ兵を殺してくれた。
気管に詰まった血の塊を、その唇と舌で取り除いてくれた。
だから──と少年は思う。
「僕はあなたの為に生きて、死ぬんだ」
「……ラドム? そ、そんなことを言うなよ」
アミはたった一本残った手で少年の淡い金髪をかき回す。
それから、少女は灰色に淀んだ空を見あげた。
まるでそこに、輝く黄金色の大天使を探すかのように。
「ラドムの一番最初の記憶って、何だ?」
「記憶……?」
唐突な問いかけにラドムは首をひねる。
幼少期のことを思い出しかけたが、アミは別に彼の話を聞きたいというわけではなかったようだ。
彼女の瞳に、この曇った空は透明に映っているに違いない。
「わたしの一番最初の記憶は、ガリル・ザウァーだ」
「そ、そう……」
「ガリル・ザウァーがごはんくれたこととか、ガリル・ザウァーがいろいろ教えてくれたこと。それから……」
まるで拒絶を受けているようだと、ラドムは彼女から視線を逸らせた。
その時だ。
少女は慌しい動きで立ち上がった。
無造作に片足を火の中に突っ込んで焚き火をもみ消す。
「アミ?」
少女の長い銀髪がラドムの頬をくすぐる。
しかし見上げた彼女の顔は強張っていた。
「あれがラドムの言ってたオオカミか?」
「え?」
廃墟。
立ち並ぶ建物の向こうに揺れる長い影に気付いた瞬間、ラドムも弾かれたように立ち上がった。
脱色髪が風に舞う。
充血した赤い双眸には明らかな憎しみがきらめいていた。
「ボクがオオカミだって? カッコイイじゃない。アリガトウって言っとくべきかな。コギツネくんとコダヌキちゃん」
耳障りな声が耳朶を穿つ。
「……その場合、わたしがコダヌキなのか?」
傍らの少年の吊り気味の眼をちらりと見やって、アミが憤然とした面持ちで呟いた。




