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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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あなたの為に生きて、死ぬ(6)

 ──いや、そんなことより……。


 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ラドムの意識は、危機感より食欲の方へとシフトしていった。


「ラドム! できたぞ。さぁ!」


 条件反射だろう。

 けたたましく鳴り始めた腹を宥めるように押さえて、ラドムは少女の方へと向き直る。


 淡白な肉がこんがり焼ける匂い。

 すぐ目の前には零れんばかりの笑顔のアミ。

 つられるように笑みを作ってから、ラドムは己の頬が凍りつくのを自覚した。

 生々しく体をくねらせて大きく口を開けて絶命し、炙られている蛇の生々しい姿。


「ほら、魚より生臭さもないぞ」


 ホラホラとラドムの口元めがけ、蛇の頭を突き出してくる。

 死んだ蛇と目があって、彼はへなへなとその場に腰をおろした。


「嫌だ……」


 情けない悲鳴をあげる。

 だから坊ちゃんは困る、とアミは勝ち誇ったようにニマと笑った。


「なら目をつむってろ。わたしが食べさせてやる」

 どこまでお人好しなのか、真顔でアミが肉をつかんだ。

「両手があればひと口大にほぐしてやるんだけど、今は無理だから」


 はい、アーン。


「アーン……いや、やっぱいい」

 恥ずかしくていたたまれない。

 自分の耳が熱を持っているのが分かる。

「自分で食べるよ……」


 一口食いちぎって、目を瞑って咀嚼する。


「どうだ、うまいか?」


 わくわくした表情でラドムの感想を求めるアミに、彼は「うん、まぁ」と適当にうなずいておいた。

 ことさらに騒ぎ立てることもない。

 確かに美味い。外見はグロテスクだが、目を瞑って食べれば鳥肉と変わらない味だ。

 自分にとっては贅沢品だろう。


 塩か胡椒があればより食べやすいのだが、余計なことを言うのはやめておこう。

 アミのことだ。己の汗を精製して塩を作るなどと言い出しかねない。


「アミ……」


 少年の声に先程とは違う沈痛な響きが混ざるのを、はたしてこの無神経なアミが気付いたかどうか。

 蛇肉に喰らいつきながら、ラドムはじっと一点を見つめている。


「船に居た奴……(コルト)っていったっけ。あいつは死んだよな?」


「こると?」

 案の定、少女はきょとんと首を傾げている。

「わたし、人の顔なんて、いちいち覚えてない」


 なぜか片言カタコトで呟く彼女に、ラドムは小さな頷きを返した。

 うん、追求するのはよそう。


「はぎゃ……ぎゃ」


 妙な声がするもので隣りを見やると、銀髪の少女は焚き火に新たな木切れを足しながら地面に転がした蛇肉にむしゃぶりついている。

 はぎゃはぎゃという変な声は、彼女の喉が鳴らす音だ。


「アミ…………」


 いわゆる犬食いというやつだ。

 火がはぜる度に「アチッ」と叫んで首を振りつつも、決して口から肉を放さないその姿は、何だか見てるこっちがいたたまれない。


「アミ……、僕が食べさせてあげるよ。あなたのこんな姿を見るくらいなら、死んだ蛇を持つ方がまだマシだ」


 片頬を砂に汚して、彼女は顔をあげる。

「大丈夫だ」

 ニマッと笑って言うものの、何を根拠にそう言うかが分からない。

「義手を傷めたくないから、日常生活は全部左手使ってた。だから、大丈夫。左手で食べるのはお手のものだ」


「そうは言っても……」


 さっきボテッと転んだ時だって、左手に持っていた蛇を守るため顔面を打っていたではないか。

 あまりに痛ましいその姿に、ラドムはとっさに見て見ぬふりをしたわけだが。


「ラドムが腹いっぱいになれば、わたしはそれでいい」


「何言ってんだよ」


 お母さんみたいなこと言うなよ。

 呆れたようにそう言いかけて、彼は少女の瞳に浮かぶ慈悲の光に気付く。


 守られている。

 そんな意識に心臓が潰される。

 急に己が卑小に思えて、ラドムは奥歯を噛みしめた。


「……銃でもあればな」


 同年代の男子より小柄な体が恨めしい。

 せめてこの手に銃でもあれば、一方的に守られることなく済むかもしれないのに。


 殊更に男であることを意識するわけではなかったが、それでもこの状況は少し、痛い。


「じゅう?」

 小さな呟きを、アミが聞き咎めた。

 もっぱらコブシ系の彼女は口を尖らせる。

「わたし、銃はヘタだから持ってないな。シュタイヤーはライフル得意だけど……あっ!」


 間の抜けた笑顔に、ラドムは嫌な予感を覚える。


「そうだ、ラドム。これを……」


 アミはいきなりズボンの裾をまくった。


「な、何やって……?」


 白い腿まで露にして、そこに留めていたバンドを外す。

 濡れたけど使えるかな、と手にしたのは小さな黒い筒状のもの──ハンドガンであった。


「これを使え。ホラ!」


 得意気に突き出されたその銃を見て、ラドムの胸に靄々した記憶がよみがえる。


「アミのバカっ!」


 それはシュタイヤーが彼女に渡していた銃であった。

 昨夜遅くたまたまその場面を見かけたラドムだが、間に入れる筈もなくスゴスゴと部屋に帰って床の毛布にくるまったのだ。


 あの時の何とも苦い感情が蘇る。

 二人の間に踏み込めない絆のようなものを感じたから。


 ラドムと違い一緒にいる時間の長いシュタイヤーも、こんな性格のアミを心配に思い、そしてこの銃を渡したのだろう。

 その銃を彼女はこうもあっさりと……。



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