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【第一章 武器庫】

 ポーランドの首都ワルシャワはヴィスワ川沿いに位置した河畔都市だ。

 ルネッサンス様式やゴシック様式など、近世ヨーロッパの街並みを呈した美しい街である。

 美しい装飾で彩られた建築物が立ち並ぶ様は壮麗の一語に尽き、常時であれば市民の誇りを、そして旅人の憧れの眼差しが注がれるはずであった。


 ヨーロッパ平原の中央近くに位置し列強に挟まれたポーランドは、周辺の異民族の侵略を幾度となく受けてきた過去を持つ。

 その事実を踏まえ、歴史家は皮肉を込めてこの国を「神の遊戯場」と表現したものだ。


 1939年9月1日。


 かつて「北のパリ」と称えられたこの美しい街は、ナチスドイツによって完膚なきまでに焼失、破壊された。


 この日早朝、ドイツ練習艦シュレスウィヒ・ホルシュタイン号がポーランド守備隊の拠るヴェステルプラッテ要塞めがけ砲撃を加えたのだ。

 同じ頃、ドイツ・ポーランド国境地帯ではドイツ機甲師団がポーランド領内になだれ込み、空軍爆撃機が首都ワルシャワを目指した。


 ヴァイス()作戦──ドイツ軍によるポーランド電撃作戦である。

 全世界を戦乱に巻き込む第二次世界大戦《W.W.Ⅱ》の幕が切って落とされたのだ。


 軍の近代化が立ち遅れていたポーランド軍はドイツ機甲師団の敵ではなく、ドイツ軍は主要なポーランド空軍基地を叩き、制空権を握ってその前線を簡単に突破した。


 二日後、イギリスが対独宣戦を布告するものの、ポーランドに対して実質的な援助の手が差し伸べられたわけではない。

 指揮系統を寸断され、混乱を来したポーランド軍は東へ東へと退却を余儀なくされる。


 十七日にはソ連軍も独ソ不可侵条約の付属議定書に基づき国境を越えて侵入し、ポーランド東部を占領。

 ポーランド大統領モシチツキ、軍最高司令官リツシミグウィらはその夜のうちにルーマニアに亡命を図った。


 十日後、首都は陥落。

 ポーランドはドイツに降伏した。

 その翌日二十八日、独ソ間で勢力調整の協定が締結され、ここに両国によるポーランド分割が完了したのだ。


 ドイツ軍は翌年四月、デンマーク、ノルウェーを攻略。

 五月にはベルギー、ネーデルラントも占領した。

 更に六月二十五日にはフランスもドイツに対して降伏。

 こうして西欧一帯がナチスドイツの勢力下に入ったのだ。


 それはヨーロッパ──とりわけポーランドに暮らすユダヤ人にとっては暗黒の時代の幕開けであった。


 一九三九年当時、ワルシャワはヨーロッパで最多のユダヤ系人口を抱える都市だったが、驚くべき事におよそ六年でそのほとんどが一掃されてしまったのだ。


 一九四〇年十月にこの都市に住むユダヤ人は、老若男女問わず旧市街地近くに設けられたユダヤ人居住地区(ゲットー)に強制的に移住させられた。


 このとき、ラドムと両親のザクワディ一家三人が辛くもワルシャワから逃げ出せたのは、ドイツ兵への莫大な賄賂のおかげである。

 ラドムの祖父にあたる人物が銀行業で財を得た、つまり彼等は成金一家だったのだ。


 ナチスの徴収から免れた財産のほとんどを、ドイツ兵への賄賂に使い彼等はワルシャワを逃げ出した。

 鉄道でダンチヒまで行き、そこで密輸船に乗り込む。

 バルト海を越えて北海に出て、イギリス北部エディンバラを目指したのだ。

 そこからアメリカ本土へ逃げる計画を立てていたのである。


 ラドムと同じ境遇の子供たち──近所の友達や学校の同級生のほとんどは為す術なくゲットーに送られた。

 中には自分も逃げると言っていた子も居たが、果たして上手くいったか……。

 友人たちの中で、今生きているのはどのくらい居るだろうか。


 ラドムの父も母も殺された。

 たった一人残された少年は、遠い異国の地──フランスで目覚めることとなる。


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