あなたの為に生きて、死ぬ(4)
にまっ。
片手に蛇を握りしめて、満面の笑みのアミは草原に仁王立ちしていた。
隻腕の少女がたった一人。蛇持って突っ立ち、にやにやしている様。
傍から見れば、それは奇異な光景であった。
しかし彼女はヘビ肉の事で頭がいっぱいのようだ。
先程、締めあげたばかりの蛇は彼女にとって立派な食料である。
ラドムに腹いっぱい食わせてやろう──そう思うと心の底から誇らしげな気分になるのだ。
そこでさっきの魚騒動を思い出す。
あんなにおいしそうなものを前にして彼は、生臭いとかウロコが気持ち悪いとか意味の分からないことを言っていたっけ。
「しょうがない坊ちゃんだ」
ラドムが騒ぐ前に、それと分からぬよう肉を捌いておいてやろうか。
蛇を膝の間に挟み、生き残った左手で頭部を力任せに引っ張り始める。
怪力にまかせて、蛇を引き千切るつもりのようだ。
アミの頭はアレなもので──と、みんなはオブラートに包んでそのように表現する──何をやっても、人に感謝されることは少ない。
それでもこうやって誰かの世話を焼くのは好きだった。
「ラドムおそいな。迷ったかな」
きょろきょろ周囲を見回しながらグイグイ蛇を引っ張るものだから、アミの右肩は軋んで嫌な音をたてた。
義手が捥げた時に血管を傷付けたのだろう。
相当量の出血があったことを思い出す。
今も、タラリと赤い雫が腕をつたって地面に落ちた。
ポトポト落ちる血液を「あーあ……」と残念そうな表情で見下ろす。
その時、彼女の聴覚は微かな物音を捉えた。
大抵ぼんやりしていることの多い意識にそれが伝達されるや否や、アミは反射的に腰を落として戦闘体勢を整える。
カサカサと草地を踏み締めるその足音はかなり急いでいるようにも聞こえる。
しばらくしてから目視で確認できたのは、淡い金髪を振り乱した小柄な少年であった。
走る度に振り落ちる汗が陽光を受けて、小さな刃のように反射している。
ラドムだ。
アミは至極ご満悦な笑みで振り向いた。
早く獲物を見せてやりたいという思いと、捌きが間に合わなかった反省から、彼女は少年の顔に張り付いた恐怖の感情に気付かなかった。
「アミ! アミ……!」
ようやくこちらの姿を認めた少年が転ぶように走り寄ってくる。
「ラドム、見ろ!」
得意げな様子で蛇を掲げるも、ラドムはこちらを見てはいない。
己の肩を抱き、背後を振り返って何か言いかける。
よく見れば手足はおろか、顔も身体も擦り傷と切り傷だらけだ。
──どうかしたか?
口を開きかけたアミを制するように、少年は強張った表情でこちらを見上げた。
「急いでここから離れよう、アミ」
言ってる意味が分からない。
何故かと問うと、理不尽にも舌打ちを返される。
「あー……狼! そう、野生の狼と遭遇したんだ。お腹空かせたやつ!」
「オオカミか? でも大丈夫。襲ってきたら、わたしがやっつける! そして食べよう!」
大真面目に言ったつもりが、返ってきたのはまたもや苛立たしげな舌打ちだ。
「だから……狼だけじゃないんだ。巨大熊も、巨大蛇も……ああ、僕は何を言ってるんだ。とにかくここを離れよう!」
「巨大ヘビだって? これよりずっと大きいか?」
握り締めた一メートル足らずの獲物を振って見せる。
「これだって、炙ればおいしい」
しかしラドムは人の話など聞いちゃいなかった。
「アミ、早くってば!」
彼女の腕をつかんで歩き出す。
「見ろ、ラドム。苦労してとったんだ。このヘ……イテテ」
少女は顔を顰める。腕をにぎるラドムの手に、不必要な力が加わったのだ。
「いいから! 黙って僕に付いてきて」
「………………」
怒鳴られた。すごく理不尽だ。
アミは膨れた。
「こんなに世話をやいてやっても、返ってくるのはこの暴言……」
「アミ? 何言ってんだよ」
元々、感情の浮き沈みが激しい性格のアミである。
腹を立てながらもションボリとうなだれ、ラドムに引っ張られるままズルズルと引きずられていく。
明かに様子がおかしい。
ラドムが何かに怯えているのは分かった。
オオカミやクマやヘビに対してでもあるまい。
何を隠しているのか? 言ってくれたっていいじゃないか。
「わたしだって、みんなに言われるほどアレじゃないのに……」
ラドムの言動は意味が分からなかったが、しかし彼女は理由を告げられずに行動することには慣れていた。
「こっちだ、ラドム」
少女は、少々寂しげな表情で方向転換する。
「隠れるなら、あそこがいい。さっきいいところを見つけた」
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