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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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ドイツ国防軍第二七七歩兵部隊(4)

 鼻歌を歌いながら車に乗り込み、その場を後にしたいところだった。

 だが、そうはいかない。


「ったく、めんどくさいなぁ」


 楽しそうにぼやきながら、(フランキ)は死体の両足をつかむ。

 ズルズルと引きずるたびに、喉元奥まで切られた首がグラグラと揺れた。

 刃が傷むことを恐れたHの咄嗟の動きで、首の骨の僅かに手前で裂け目は止まっていた。

 見事な剣さばきである。

 被害者であるブレーザーは、おそらく自身の死すら感じぬまま逝ったことだろう。

 そんなことよりも、返り血で私服が汚れた事実の方がHには不満だった。


 面倒臭いが「ドイツ兵の死体」を発見されるとコトなので、死体は数百メートル歩いた先の海岸から海に流すことにする。


(コルト)! カタキはうったよ!」


 陽の落ちる寸前の海に向かって叫んで、思わず彼は苦笑した。

 自分がかなりサムイことをしていると気付いたから。

 役立たずの下っ端(ブレーザー)を殺したところで気分爽快となるわけでもないが、まぁ少しは溜飲も下がったか。


「弟が逝って、これでボクは孤独になっちゃったね」


 どうでもいいという口調で呟いてジープに戻る。

 大事な車に血がついていないかよく調べて磨きあげなくては。


 戦場の兵士たちは一人の例外なく故郷、家族を恋しがるものだ。

 しかし彼は違っていた。

 双子の弟以外の肉親に愛着はなかったし、親交もなかった。

 期限も定められず異国の地に留め置かれ、それでも平気な人間は自分くらいのものだろう。


「《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》、待ってろよ!」


 どことなく楽しそうに見えるのは彼が血に飢えているからに違いない。

 ジープが汚れていないことに満足したか、Hはひととおり車体を拭いてから車に乗り込んだ。

 処刑《前戯》はすんだ。後は戦闘《本番》が待っている。


「でも、何となくムシャクシャすんだよね~」


 何かオカシイ……。

 違和感を覚えたのは今日の昼間……夕方近くだ。

 さて、一体何だろう?


 彼はあまり頭で考えることはしないが、その代わり勘は大事にしていた。

 この違和感を放置していては後々足元を掬われかねない。そんな思いが過ぎる。


 ──ザクソニア・ロング=レンジ。彼直属の上司。

 あのクソみたいに能天気な男が違和感の中心だった。

 何かを隠している──そう感じたのは何がきっかけだったろう。


「──《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》か」


 夕方に聞いたその名はザクソニアを指す異名だ。

 現在は没落したものの、意外と家柄の良かった彼の父が軍士官学校の鬼教官だった時代に付けられた綽名である。父と瓜二つという理由から息子であるザクソニアも踏襲しているらしい。


 しかしその名は本国ならばともかく、フランスの西端で知る者などいない。

 なのに、すれ違いざまにあの中年はその名を叫んだのだ。

 しかも毒々しいまでの殺意をもって。


 この地にはレジスタンスも多く、彼等はどこに潜んでいるか知れない。

 無用な危険を回避するため、内陸を移動する場合、ドイツ兵の軍服を脱いで巡礼者を装うことはよくあった。

 気休め程度の効果はあろうが、しかし中身は屈強の兵士であることはすぐに分かる。

 自分の日頃の行いが行いだけに、恨みを買うことに慣れていて咄嗟に応戦したものの、今考えると何かおかしい。


 いや、おかしいのはそれだけじゃない。

 思い出せ。あの集団にはその中年男の他に誰がいた?


「まず小っちゃいボクちゃんがいたっけ。あと陰気そうな若い男。それから……」


 ゾクリ。

 背筋が凍るのをHは覚えた。


「──ヤツだ」


 あそこにいた女が《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》だ……。


 ブレーザーの証言と兵士たちの噂話を総合しても、それは神がかり的な勘だったかもしれない。

 しかしその考えはHの血液を沸騰させた。


「もっと早く来いよッ!」


 みすみす復讐の機会を逃していたことに気付き、彼は激怒した。

 クソッ、と叫んで車内壁を蹴る。

 ブレーザーの死体を始末した後なのが残念でならない。

 目の前にそれがあればタイミングの悪いその男の指を落として、骨を全部折って、顔の皮を剥がしてやるのに。


「まぁいい……、まぁいいさ」


 荒い呼吸を何とか整える。

 《鋼鉄の暗殺者(アイゼン・メルダー)》をどうやって殺してやるか……。

 まずは空想して楽しむことにしよう。本物のお楽しみは先に取っておいた方が張り合いがあるというものだ。


 まず顔を切り刻んで、右手を切り落とす。

 服をはいで、味方一部隊に進呈しよう。

 同時に何人も相手させて、快楽と恥辱にまみれたその顔を特等席から見物してやろう。

 それから……。

 残虐な空想は留まるところを知らず溢れ出る。


「ボク、ホントはなぶり殺すのがスキなんだよね」


 笑いながらHはアクセルを大きく踏み込んだ。

 ジープは闇に落ちたフランスの大地を爆音を立てて走り出す。

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