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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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犠牲者たち(7)

 銃声。たった三発。

 それは威嚇の行動だ。

 空に向けての発砲は鳥達を慌てさせたに過ぎない。


 我に返ったラドムは傍らの少女を仰ぎ見た。

 アミとシュタイヤーは男の銃を睨んだままぴくりとも動かない。


「何やってんのさ」


 耳に障る嫌な声。

 《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》の背後から背の高い若い男が一歩、足を踏み出した。

 青白い額、脱色した髪。

 武器商人を睨む双眸は真っ赤に充血している。


「お前は……!」


 銃声と同じくらいの……いや、それ以上の衝撃をラドムの悲鳴は物語っていた。


 男の細い指に光る物は鋭いナイフである。

 その顔には見覚えがあった。

 細い顎と軽薄そうな口元。そして殺人に飢えた目。

 あの船で彼をいたぶり、父と母を殺したのは間違いなくあの顔だ。


 だが──。


「あの時確かに……」


 アミに心臓を潰されて、奴は間違いなく死んだはずだ。

 殺人兵器の右腕を構える傍らの少女からも、微かな動揺が伝わってくる。


「……邪魔するなら、キサマから殺す!」


 アミの右手に力が込められる。

 しかし男は、うろたえる彼等の姿など視界に入らないように薄く笑みを作った。

 その手首が軽く動いたと気付いた時には、アミの前でしわがれた呻き声があがる。


 それは一瞬──よりも短い出来事。


 ナイフは、今しも男たちに飛びからんとしていたアミを狙っていた。

 薄刃が肉を抉る重い響き。

 刃物が空を切る音を捉えたガリル・ザウァーが、神業的な速度で少女の前に腕を突き出したのだ。

 そこに容赦なくナイフが突き刺さる。

 薄い刃が掠めた赤い筋が手の甲に浮いていた。


「コイツッ!」


 アミが叫ぶ。

 鋼鉄の右腕が振り上げられた。

 浅く腰を落とし、ふくらはぎのバネを一気に使って相手に詰め寄ろうとしたその動きを制したのは、黒衣の青年であった。


「ま、待て、アーミー。引くぞ」


 少女の抗議の声には取り合わず、シュタイヤーは身を翻した。

 腕に刺さったナイフの柄をつかんで絶叫するガリル・ザウァーの小柄な身体を抱え上げる。

 相手は予想以上の手練れだ。

 これ以上、ガリル・ザウァーを危険に晒すわけにはいかない。

 次のナイフを構えさせる間も与えず、シュタイヤーは身を翻していた。


「クソッ!」


 逃げ去る黒い影に新たなナイフの狙いが定められる。


「止せ、(フランキ).アッド・オン」


 感情を消した低い声は銃をしまった《帝国の狼(ライヒ・ヴォルフ)》のものだ。

 (フランキ)と呼ばれたナイフ使いは露骨に顔を顰め、刃を下ろす。

 その隙に、ショックに凍りついていたラドムの襟首をつかんでアミが走り出した。


「アミ、い、今の……?」


「しゃべるな! わたしにだって分からない」


 ラドムの疑問はアミに短く遮られた。


 奴らが追って来る気配はない。

 先に逃げたシュタイヤーに追いつくことは出来なかったが二人は走り続け、そしてモン・サン=ミシェルに帰り着いたのだった。

 そこで、更なる驚愕に見舞われる。


「シュタイヤー、どうかしたか?」


 武器庫ヴァッフェン・カマーの前に立ち尽くす黒ずくめの青年。

 声を掛けてから、アミが絶句した。

 民家を模したその家では、十人ばかりの仲間たちが作業をしていた──筈。


 その建物が今、無残に崩れ落ちていたのだ。

 大気中には火薬の臭い。足元には炎が燻っている。

 空爆を喰らったのか?

 犠牲者はまだ中にいるのか?


「うぅ……」


 微かな呻きが路地裏から聞こえた。

 アミとラドムは顔を見合わせて声の方へ駆け寄る。

 はじめ、それは地面に転がる泥の塊に見えた。

 腹を赤い血と泥に汚した人影が、こちらに這いずり寄ってきたのだ。


「ロム……?」


 ラドムは呻く。

 明らかにひどい傷を負ったその姿は、さきほど一緒に話をし、笑い合った青年であったのだ。


「ど、どうしたんだよ」


「う、うぅ……」


 二人の姿を認めて、ロムはその場で上体を起こそうともがいた。

 何か言おうとしているのだろう。

 唇を震わせるものの、しかし声は出ない。


「ロム、答えろ! 誰がやった? ドイツ機か? それともさっきの奴らか?」


「アミ、止めろ。無茶するな。まずは血を止めないと……」


 怪我人の肩を揺すって問いつめようとした少女の冷たい手を、ラドムは押さえた。


 きょろきょろと周囲を見回すものの、止血に使えそうな道具は見当たらない。


 ラドムは自分の腹を覆った包帯を解いた。

 ほんの数時間前、ロム自身が巻いてくれたものだ。


 ロムの腹から今もトクトクと溢れ出る血液を、とにかく止めることが先決だ。

 不器用な手付きで傷口を縛る。


「イテッ! ……ってコレ、お前のお古かよぉ……くそっ」


「ごめん」


 その目は、しかしラドムではなく遥か虚空を見詰めている。


「お母さんがまだ中に……。おれを庇って……クソッ!」


 青年の目に色濃く浮かんだ絶望。

 それはラドム自身が良く知っている色彩だった。

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