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鋼鉄乙女のモン・サン=ミシェル戦闘記  作者: コダーマ


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犠牲者たち(3)

「つまり、わたしには色々用事がある。そういうことだ」


 アミの長い話が終わったのは、今からおよそ三十分程前になろうか。

 断定口調で喋るわりに、彼女が言わんとしている内容は今ひとつ理解できなかった。

 語彙が乏しいうえに説明の要領が悪く、しかも話題があちこちに飛ぶ。


 モン・サン=ミシェルを出て内陸の方へ向かってしばらく歩いたところで、ラドムはたまらなくなって彼女に疑問をぶつけたのだ。

 つまり、自分たちは今どこへ向かっているのかと。


「どこって……ユージン・ストナーの所だ」


 けろっとした顔で彼女は告げた。

 ラドムは溜め息をついて頭を振る。

 いい加減頭痛を覚えてきた。


「だからその人は何者なの? どこにいるの? それから……」


「ま、待て待て。質問はひとつだ。いっぺんに言われても覚えられないぞ」


「じゃあ、まず一つ。どのくらい歩くんだ? 乗り物に乗るの?」


「あっ、二つ言った。ずっるいなぁ! 疲れたんならラドム、わたしがおぶってやるって言ってるだろ。大丈夫だ」


「……それはいらないってば! 自分で歩く」


 それから小一時間、アミは辿々しい口調で少年の質問に一つ一つ答えていった。


 結果、彼の出した結論はこうだ。


 ──この人から情報を引き出すのは無理そうだ。


 彼女が親切なのは確かだ。少々アレなことは仕方がないとしよう。

 そもそも、質問に対する答えが返ってこない。

 第一、その質問すらきちんと聞いてはいない。


 諦めの極致に近い感情で、ラドムは黙りこんだ。

 どこへ行くかは、ついていけば分かる話だろう。

 黙りかけた彼の注意を引こうとしたのか、鋼鉄の乙女は「ホラ、メンテナンスがいるだろ!」と大声で叫んだ。


「な、何? 意味が分からないよ。それってあなたの脳味噌のメンテナンスが必要ってこと?」


「ん? どういう意味だ?」


「い、いえ……」


 毒舌すら解さなかったか、あるいはあえて無視したのか。

 彼女はニマッと笑った。

 さも得意気に自分の右手をぶんぶん振り回す。

 ああ、もしかしたら義手のメンテナンスをしに行くのだろうか?


「えっと……武器の売買に行くんでしょ? その相手がアミの手も診るの? そいつ、医者なの? 技師? 一体何処に行くの? 病院?」


 再び始まった矢継ぎ早な質問は、すでに飽和状態のアミの頭を素通りしたらしい。

 知らない外国語を聞き流したような表情で、アミは遠い目をしてニコニコ笑っている。


 もう一人──尋ねやすそうな人物は、ヒィヒィ言いながらちょこまか懸命に足を動かしていた。

 体力が皆無であるらしいガリル・ザウァーに声をかけるのも気の毒に思える。

 躊躇ったように歩調を緩めたラドムの背後に、黒い影が立った。


「聞きすぎだ」


「す、すみません」


 シュタイヤーである。

 彼の醸す殺気走った雰囲気に、ラドムはそれ以上の追求を止めることに決める。


 気まずい沈黙の中、各自黙々と足を動かすこと数十分。


「ヒィ……やっと着きました」


 ガリル・ザウァーが足を止めたのは、見渡す限り何もない平原だった。

 だが戸惑いを見せたのは、この中で少年だけ。

 アミとシュタイヤーにとっては慣れた場所であるらしい。


「アミさん、お願いしますよ」


 茂みの一点を指差され、少女は腕まくりしてそちらへ近付く。

 地面に座り込んだ彼女の肩越しに、ラドムはそれを発見した。


 茂みに隠すように、一辺六十センチメートル程の正方形の鉄製扉が地面に設えられてあったのだ。

 かなり重そうなそれをアミは右手一本で軽く持ち上げた。


 覗きこむと、下水道の入口のように下に向かって坑道が掘られているのが分かる。

 扉には縄梯子が付いて、頼りなく揺れていた。

 中は暗いので、縄梯子がどれほどの長さなのか伺うことはできない。


「ここは……?」


 独り言に近いラドムの問いに、漸く息を整えたガリル・ザウァーが返す。


「地面の中の方が砲撃や火災から身を守りやすいんですよ。ドイツ兵にも発見されにくいですしね」


 アミ、ガリル・ザウァーに続いてラドムも梯子を降りた。

 民家の二階分ほどの距離を下に降りたろうか。


 上方から伸びる光の筋の下、ぼうと浮かびあがる坑道の壁にはシャベルで穿たれた跡が残っていた。

 おそらく、軍が貯蔵庫として作った坑道なのであろう。

 横に伸びる通路の先は真っ暗だ。どこに続いているか窺い知ることはできない。


 不安定な縄梯子にぶら下がるようにして降りてきたので、固い地面に足をつけてほっとしたは確かだ。

 しかし、それもつかの間。

 アミに尻をつつかれた。

 早く歩けということらしい。


 暗闇の中、背を丸めるようにして細い坑道の壁に手をつける。

 そろそろと歩を進めるラドムの目の前に突然、光が溢れた。

 先頭を歩いていたガリル・ザウァーが扉を開けたのだ。


 意外なほど明るい世界に目をしばたたかせるラドム。

 内部は塹壕というには広い一室であった。

 地面の傾斜を利用した明かり取りの窓が上方に設えてあり、ここが土の中とは思えない。


 目を引くのは、部屋の真ん中に設置されている大きな机。

 メンテナンス中であろうか、バラバラになった銃器が散乱している。


 武器庫のように使われているのだろうか。

 四方の壁一面に棚が設えられていて、無造作に銃器が置かれていた。




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