犠牲者たち(2)
※※ ※
「頼んでいたものは出来たのか」
低く、どこか凄みのあるその声に少年は一瞬、身を強張らせた。
この声はシュタイヤーのものだ。
常から陰気なその声は、更に暗い。
ラドムは開けかけた扉を、僅かな隙間を残してそっと閉める。
中の声を聞き漏らさぬように隙間に耳を近付けたのは、持ち前の好奇心の強さからであった。
先だっての問いに「ああ」と答えたのは、しゃがれた弱々しい声である。
「出せ」
ゾクリ……。
忌まわしい記憶が蘇り、気配を殺したまま少年は震えた。
二人の声に、ではない。
室内の二人が紡ぐ言葉が故郷で聞き慣れた言語──ドイツ語であったからだ。
電光石火の早業で故郷ワルシャワを占領した軍隊。
ドイツ兵──それはユダヤ人にとっては殺戮者と同義語であった。
条件反射で悲鳴をあげかけた口元を両手で覆って、ラドムは両手を握り締める。
落ち着け。
あれはドイツ兵じゃない。
アミの仲間だ。
もう一人は、アミの保護者であるガリル・ザウァーの取引相手という武器職人その人であろう。
ちらりと送った視線の先には、こちらに背を向けた黒ずくめの男。
彼の前には、ころころ太った老人が立っていた。
狡猾そうな細目を、笑みの形に歪めて。
「頼まれていた物はこれだ」
老人が黒衣の男に包みを手渡す。
──何だ?
扉の隙間から目を凝らすも、ラドムの元からは彼らの手元までは見ることが出来なかった。
「アミも十四歳になったか。女の子だから成長もそろそろ止まる。頻繁に取り替える必要もないだろう」
「ドイツに戻るというのは本気か、ユージン・ストナー」
「ああ、この時世だ。ドイツの方が仕事があるだろう」
「……ガリルの情報を手土産に、か」
シュタイヤーの声に不吉な殺気が混じる。
老人は狡猾に「クッ」と喉を鳴らした。
「アミの腕は二本造っておいた」
切り札のような鋭さで、その言葉はシュタイヤーの殺気を粉砕する。
「あれはただの義手じゃない。筋肉の繊維と同じ形状の金属と、それに巻き付かせるように組み込んだ重量級の特殊形状シリコン製の腕だ」
ユージン・ストナーと呼ばれたその男は、知識をひけらかす学者のように一気に言を紡いだ。
骨格に合わせて造りは細いものの、驚異的な破壊力を秘めた腕のからくりを評す。
「肩の骨を削って義手をしっかり固定することで、神経線維を義手の内部に組み込んでいる。筋肉細胞への伝達の速さ、滑らかな動き。アミの元々の身体能力を最大限に引き出した兵器だ。やはり軍用兵器に関する技術はドイツが最高水準を誇るな」
俯いた黒衣の男、その横顔がラドムの方からもはっきり見える。
ギリと唇を噛み、わなわなと頬を震わせる怒りの形相。
額に血の気はない。
ラドムは静かに扉を閉めた。
溜めていた息を一気に吐き出す。
「……何だかキナ臭い」
どうしようかと思う。
アミを始め、ロム母子、そしてガリル・ザウァー。
お気楽な面々が揃う《武器庫》の中で、常に殺気を纏うシュタイヤー──この男だけが異質だ。
血生臭い予感に襲われて、ラドムはその場をそっと離れた。
今見たことをアミとガリル・ザウァーに知らせた方がいいだろうか。
そもそもこんな所に一人で入り込んだのが間違いの元だった。
過度の好奇心は身を滅ぼすと分かっているのに……。
ラドムは頭を抱えてしゃがみこむ。
今の二人のやりとり、おそらくこれは「見てはいけないもの」なのだ。
「どうしよう……」
時間を遡ってじっくり考え直そう。
うん、その方がいい。
そう、確か四人でここに来て、それで……。
いや、シュタイヤーが居なくなったことに気付いたのはもっと後で……。
とりあえずアミが色々うるさくて……。
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