第八話 地下室
私達は、地下室に続く下り階段へと辿り着いていた。
階段の下はひんやりとした冷気と暗闇が閉じ込められ、それらが立ち上ってきているような薄気味悪さがあった。
「嫌な雰囲気デスね」とゆらが眉をしかめた。「本当に降りるんデスか?」
「降りるつもりではあったけれど……」
そう言いつつも、私は迷っていた。以前、降りようとした時の印象とは全然異なっていたから。
「そもそも高校に地下室があるのって珍しくないデスか?」とゆらは言った。続けて、
「ごめんなさいデスけど、ゆらチャンはいろちゃんから話を聞いても半信半疑でした。でも、こうして一階より下に続く階段がある以上、地下室はあるんデスよね」
と言った。そう、それなのだ。
「うん。私も今まで通ったり見学したりした学校の中で、少なくとも生徒が行ける範囲に地下室なんて見たことなかった。だから気になって行った」
ゆらに経緯を説明する。
「ふむ。立ち入り禁止……なども特に書いてありませんネ。確かに、これは好奇心をそそられたら行きたくなるのも分かりマス……」
ゆらはぐるりと周囲を見渡し、納得する。
「やっぱりやめよう」と私は言った。
「そうデスね。まあ、下り階段の手前までは行ったわけデスし……。めう子に対しては『行ったけど何も無かった』と口裏を合わせればいいでショウ」
「いや、それは……」
嘘をつくのはちょっと、と言いかけたその時。
「嘘つきっ!!!」
という大きな声が響き渡った。
私達は驚いて思わず顔を合わせる。
「今の声って……」と私が言ったのと同時くらいに、大声がした方向――私達が降りてきた階段のほうから、乱暴な足音がした。誰かが駆け降りてくる。
振り向くと、その足音の主と目が合った。
「やっぱり……」と私はつぶやく。
予想通り瑪羽だった。彼女は僅かに息を荒げて、そこに立っていた。
「めう子……どうしてここにいるんデスか?」
ゆらは当然の疑問を呈するが、瑪羽は、
「あんた達さぁ……何がしたかったわけ? 地下室に行きたいとか言って、結局は口裏合わせればいいとかなんとか……。なんで私のこと騙そうとしたの? ねえ?」
と言って聞く耳を持たない。
「それは……」とゆらが口ごもる。私は間に割って入り、
「質問を質問で返さないで。ゆらは先に、瑪羽はどうしてここにいるのかって聞いたんだよ」
私がそう言うと、瑪羽は舌打ちをした。
「そんなことどうでもいいじゃない……。何? いろははゆらを庇うの? 幼馴染の私よりそんな奴の方が大切なんだ……?」
「幼馴染と友達は比べるものじゃない。どちらも大切」
「ふざけんなッッッ!!!」
「大声出さないで、瑪羽」
「そ、そうデス……先生にでも見つかったら……」
恐る恐るといった感じで、ゆらが瑪羽に忠告した。
「うるさい」
それでも瑪羽は逆らう。その時、
「あのー」という知らない声がした。
地下室に続く下り階段を降りた先――白衣を着た見知らぬ女性が立っている。
白衣ということは――理系、もしくは美術関連の先生とか……? どちらにせよ注意されてしまうかも。
「す、すみマセン。こんな場所に入っちゃっテ――」
ゆらも白衣の女性を何かしらの専門分野を持った教師と見做したらしく、叱られると予想して先に謝罪した。しかし、
「別に大丈夫ですよ」とその女教師は言った。
「それよりあなたたち、ちょっとこちらへ来てくださる?」とも。
私達は階段を一段ずつ降りる。
「は!? 私の話が終わってないんだけど!?」
瑪羽も怒りながらついてくる。ん?
この女教師、いや女性、先生と呼ぶには若すぎる気が……。
不意に、その女性は白衣のポケットから取り出した何かをこちらに向け、向けられたそれは、
『ピピ』
と高い電子音を立てた。
瞬間、階段が無くなった。
無くなったというのは文字通りである。段差がなくなり、やや急斜面の坂になった。
階段を降りていた私達は驚き、足をもつれさせながら地下室の床へ落下した。
「ようこそ、地下世界へ」
声がする。私は床に打ちつけた体の痛みにうめきながら白衣の女性の方へ視線をやった。
「どうやってここまで来られたのかしら? それを白状するまで、アタクシが可愛がってあげますわ」
女性は蠱惑的に笑った。