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第六話 原動力

「ただいま」

 言いながら誰もいない自宅の玄関の扉を開ける。ローファーを脱いで靴棚に仕舞い、二階の自分の部屋へと向かう。

 その後、学校から出された宿題を終えて、自分と母親のぶんの夕食を作った。ちなみに私の家は私と母の二人暮らしだ。

 今日も母は遅くなると思う。私は十九時ごろになったら夕食を食べるけれど、母に同席してもらうことは難しいだろう。

 母の帰りが遅いのは仕事が忙しいのもあるけれど……大抵は彼氏絡みだ。こればっかりは仕方がない。

 購買部で私がたまごサンドを欲するように。

 ルビー・スカーレットがにゃははと笑うように。

 からかわれた青井瑪羽が怒りだすように。

 仕方のないことだ。

 私はいつも通りそう思ったあと、十九時まで勉強をしていた。十九時になったら夕食を摂り、スマホの通知を確認した。

 グループチャットやトリッターから通知が来ていた。

 ちなみにトリッターとはさえずり系SNSと呼ばれるもの。トリッターのアプリは鳥のマークが印象的で、東ヒノデ国のユーザー数はかなり多い。気軽に日常のふとした事やなんでもない事も書き込めるところが好まれているのだろう。

 私も昨日、読んだ小説の好意的な感想を書き込んだのだけれど、それに「いいね」を押してくれた人がいたみたいだ。

 一つでもいいねがつくのは嬉しい。別にいいね目的で投稿しているわけではないが、ポジティブな書き込みに肯定されることで悪い気分はしない。

 そうしてスマホを見ていたら、一階から「ただいまー」と聞こえた。母の声だ。今日は帰りが早めだ。

 それから一時間ほど後。

 不意に、母が階段を上がってくる音がする。私は勉強していたがペンを置いて、椅子に座ったまま、勉強机ではなく出入り口のドアの方へと体を向けた。

 母は私の部屋のドアをノックして「ただいま。入っていい?」と聞いてきた。私は「うん、いいよ。おかえりなさい」と言う。

 パジャマ姿の母は「ずっと帰りが遅くてごめんね」と言いながら部屋に入った。

「大丈夫だよ」と私は言う。

「そう? それならいいんだけど……。って、勉強の邪魔しちゃ悪いわね。いろはにはいつもお夕飯作ってもらってばかりだから、お礼にお茶でも淹れようかと思ったのだけど……どう?」

「ありがとう。じゃあ、温かい緑茶が飲みたい」

「分かったわ。それじゃ、待っててね」

 私は微笑んで頷いた。

 そして母は部屋を出て行こうとして、

「あ、そうだ」と言った。続けて、

「お母さん、日曜日は教会に行くから、午前から出かけるね」

 そう言ってドアを閉めた。

 私しか居なくなった自室で、沈黙が場を支配する。

 教会に行くから……か。それはインフィ教の教会のことだ。母は今いる彼氏の影響で、無宗教だったがインフィ教を信仰するようになった。

 別にそれが悪いわけではない。教会に度を超えた献金をして家計が火の車だとか、おかしな派閥に唆されているとかいうこともない。

 ただ、私が歴史上の宗教戦争を知った気になって、勝手に宗教に対して良くない偏見を持ってしまっているだけだ。

 それに、宗教にあまり馴染みがない環境で育った私が、高校生の今になって実の親が急に宗教を信仰するという変化についていけていない。単にそれだけの話だとも思う。

 それでも……。

 私は再び部屋に来た母から熱いお茶を受け取り、そーっと口をつける。そして母が出て行った後、少し思案してからスマホを開いた。

 チャットアプリを起動させ、宛先をルビーにする。

『ルビーに聞きたいことがある』

 と書き込んだ。先ほど時計を見たが、時刻は21時半。まだ起きているだろう。

 返事が来るまで小説でも読もうか……。

 本棚を見ながらどの本を読むか考える。私は少し迷ったけれど、この間のミステリをもう一度読もう、と思った。

 この小説は面白かったけれど、一回目読んだ時はなんとなく読んでしまった感じがした。改めて読むことでこの物語は何を訴えていたのか考えてみたかった。

 読書に没頭し始めたところでスマホの通知が鳴った。

『なになにー?』というルビーの返事。

 私はすぐさま文字を打とうとして、少し考えた。いきなり『あなたはインフィ教徒?』と訊くのは不自然だ。そして思いついたまま文字を打ち込む。

『ジュエランドと東ヒノデ国で教会に違いはあるの? 母がインフィ教を信仰し始めたから少し気になったのだけど』

 それで送信した。少し経って、ルビーから返信が来る。

『宗派とかによるんじゃなーい? 知らにゃいけどー』

 知らないけど、か。この反応は……。

『ルビーはインフィ教徒ではないの? ジュエランド出身だから、てっきりそうかと思った』

 送信、と。少し時間を置いて、ルビーからの通知。

『あたしはインフィ教じゃないよん』

 ピースの絵文字とともに、そう返ってきた。それに対し、

『そうなんだね。じゃあ何も信じてないの?』

 と送るとルビーは、

『そんなことはないよー、あたしは自分を信じてるからね! なんちて! にゃはは』

 と返事してきた。

「ルビーらしいなぁ」

 私は思わず呟く。

『なるほどね。答えてくれてありがとう』と返信してスマホを閉じる。

 確かにルビーは自分を信じているのだろう。いつだって。それが彼女の原動力なのだから。

 私の原動力は……。

「お母さんが幸せな人生を送ること、かも」

 願いと言い換えてもいいかもしれない。

 お母さんが幸せに生きていてくれるなら。

 私は何を犠牲にしたっていい。

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