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第四話 ふたつのヘアピン

「――んで、早く行きましょっか?」

 下げていた頭を上げて、ルビーは何気なく言った。

「は?」と瑪羽は面食らう。

「そうだね。移動した方がいいかも」と私も同意する。

 駅前の噴水の周囲のベンチ付近。そこで騒いでいた我々は、それなりに注目を集めていた。

 瑪羽もようやくそれに気がついたのか、きょろきょろ周囲を見ながら、

「る、ルビーのせいで変な目で見られてるじゃない……!」と耳を赤くして小声で怒った。

「ん? あ〜、ごめんなさい」

 ルビーは全く悪びれずに謝る。

「あんた、ほんとに悪いと思ってんのッ!? あーもう、とにかく行くわよ!」

 瑪羽の声かけで、私達は駅の中へ移動した。




 電子マネーで改札を通り、二駅先の駅を目的として電車に乗った我々は、車内で瑪羽に今日の目的を話した。

 今まで私はグレーや黒――無彩色の髪留めばかり使っていたから、たまには色味のある髪留めを前髪に使いたい。

 そこで、ヘアアクセ集めが好きで、色々と詳しそうなルビーに協力してもらうことにした。

 そして今日はとりあえず二駅先の駅中の、ヘアアクセが売っている雑貨屋などのお店に行ってみることにした、ということだ。なぜ少し離れたところにしたかというと、そこがここらでは駅中のお店が一番にぎわっているから。

 瑪羽に説明している間に二駅は過ぎ去り、階段や通路を利用して改札まで辿り着き、電子マネーで通り抜ける。

 三人とも通り抜けた後、瑪羽はぽつりと、

「……つまり、いろはにとってルビーの趣味は好都合だったのね」と呟いた。

「好都合? って何が?」と私が聞き返すと、

「ルビーには利用価値があったってことよ。だからつるんでるんでしょう? ねえ――」

 瑪羽はニヤァっと口の端をつり上げる。しかし横から、

「仰天のびっくり箱です!」

 とルビーが口を挟んできた。

「わっ、な、何なのよ!?」

 驚く瑪羽へルビーは問いただす。

「さっきの推理はマジ話ですか〜? 瑪羽さん。あたしはいろはに利用されてたんですか〜? 悲しいです〜」

 ルビーはわざとらしく泣くフリをする。瑪羽は瑪羽で、

「それは……その……」とか口ごもっている。私ははあっと息を吐いて、

「そんなわけない……。ルビー、瑪羽をからかわないの」

「にゃはは〜、冗談だって」とルビーは笑った。

 それに対して瑪羽は「はぁ!?」とまた声を上げ、

「あんたね、な、泣かせたかもしれないって私は思ったのに! なんなのよその態度……」

「うんうん、行きますよ〜。瑪羽さん!」

「そうだね。行くよ、瑪羽」

 喚く瑪羽の背中を押して、ルビーと私は目的のお店まで歩を進めた。




 到着したお店は雑貨屋ではあったが、想像とは少し違った。

 小物やヘアアクセが棚や壁掛けにとても大量に、そしてやや乱雑にも見える様子で置かれている。可愛らしいといえば可愛らしいのだが……。無秩序なアクセサリーの群れ、とでも言えばいいのだろうか。

「えっと、ルビー? 私が欲しいのは髪留めなんだけれど」

 ルビーの方を振り向くと、彼女は人差し指を立てて、

「髪留めって一口に言うけどにゃー、色々あるんだよー? 折角だから見て回ろうよ〜」

 と言って、お店の中へ入っていってしまった。

 私と瑪羽は一瞬取り残され、私はルビーを追いかけなくては、と思って慌てて追いかけた。

「例えば〜」

 たくさん壁にぶら下がっているアクセサリーの中から、ルビーは何やら選別をしている。

「もういいって、いろは」

 遅れてついてきた瑪羽がため息を吐きながら私に話しかけた。

「この店はいろはには合ってないわよ。ルビー、あんたには悪いけど私達は帰るから……」

「あ、こういう系統のグリーンは〜? 好きー?」

 瑪羽の言葉を遮って、ルビーは深緑色のカチューシャを差し出した。

「これは……」と私が言いかけると、

「あんた聞いてなかったの? いろはは髪留めが欲しいって言ってんのよ」と瑪羽が口を挟む。

 更に、ああそうよね、と続けて、

「まあ言わなきゃ分かんないわよね。ちなみにいろはの言う髪留めってのはね、ヘアピンくらいのものなのよ?」

 と微笑んで言った。

「それは分かってます〜」とルビーは瑪羽に答える。「あたしが聞きたかったのはー、色のことだけ」

「は? 色?」と瑪羽は吐き捨てるように言う。

「うん、そうだね。聞かれたのにすぐ答えなくてごめん」

 私はルビーに謝罪する。そして、

「そのカチューシャの緑は暗すぎるかもしれない」と答えた。

「ふむふむ」

 ルビーはカチューシャを元の位置に戻し、アクセサリーの選別に戻る。

「ちょっと待ちなさいよ、どういうこと?」

 瑪羽は落ち着かない様子で私とルビーを交互に見ている。どうしたのだろう。

「どういうことって、何?」と私が聞くと、

「ルビーは今、何してるの?」

 瑪羽は不思議なことを聞いてきた。

「ルビーは私が気に入りそうなヘアピンを選んでくれているのだと思うけれど……」

「え? なんでそれがわかるわけ?」

 瑪羽は心底訝しげに質問してくる。そんなにおかしかっただろうか。私は瑪羽へ補足説明する。

「ルビーは、いいヘアピンがパッと見当たらなかったから、とりあえず目についたカチューシャの色で、私の好みそうな色合いを探った……と私は思っている」

 違う、ルビー? と私が一応聞くと、

「合ってるよん」とルビーは言った後、

「あっちの方見てくるー。お二人さんもちゃんと探すんだぜ?」

 と付け加えてお店の奥の方へ行ってしまった。

 取り残される私と瑪羽。

「はぁ……なんだか疲れたわ」

 瑪羽は不意に雑貨屋から出た。そして、雑貨屋とその隣のお店を区切る支柱の壁に背中を預ける。

「私に付き合わせてごめん」と謝る。

 しかし瑪羽は首を横に振り、

「なんでいろはが謝ってんの? 私があんた達の遊びについて行きたいって言ったんだからそこはいいのよ。てか、本気で帰りたくなってたらさっさとお暇してるわよ」

「そう……?」

 瑪羽は相当嫌そうに見えるけれど、本気で帰りたくなってはいないのか。瑪羽は腕組みをしてうつむきながら、

「帰りたくない……ううん、帰れない、が正解かしら。いろはとルビーを二人きりにして放っておけないもの」

 と言った。

「え、どういうこと?」と聞き返すと、

「……あんな得体の知れない宝石人と二人きりになるなんて、さすがにあんたの馬鹿さに私も心配になっちゃうってことよ」

「またそれ……」と私はため息を吐いた。

「瑪羽は駅でもルビーに『宝石人だからって調子に乗るな』などと言ってた。宝石人のヒトに恨みでもあるの?」

 私が聞くと、瑪羽は当然のように頷く。

「だって、宝石人の奴らって宝石魔法が使えるってだけで未だに全世界の中心国にいるのよ? それに、過去には色んな国を植民地にしたし……いくら今は手放したからって、良い印象を持つわけないじゃない?」

「……極東の島国である私達の国も、植民地は過去にやっていた。他の国もやっていた。だからって許されることではないけれど、なぜ宝石人のヒトだけを嫌うの?」

 もしかして――瑪羽は何か、宝石人の魔法によって嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。だからつい、トラウマになって一括りにして嫌ってしまうのかも。

 そういう思いで私は問いかけ、瑪羽からの答えはこうだった。

「直接的には何もされてないわよ。でも、なんかムカつくじゃない?」





「いろは、見て見て!」

 ルビーに誘われるがまま、雑貨屋の奥へ進む。相変わらず色とりどりのアクセサリーが周りを囲んでいた。ルビーは一番奥の棚まで来て立ち止まる。そして一つのアクセサリーを手に取り、

「このヘアピンなんて、どおー?」と言った。

 それはつやつやした緑色のヘアピンだった。飾り気のないシンプルなデザイン。

「地味すぎ」と瑪羽が苦言を呈した。

「えぇ〜? 普段使いするにはこれくらいが丁度いいかなって思ったんですよー」

「それにしたって地味すぎよ。ちなみに私はね、すごいお洒落なヘアピン見つけたわよ?」

 自信満々そうな瑪羽だが……。

「いや、瑪羽。本気で言ってるなら恥かくよ?」

 私は制止した。

「なんでよ! てかいろは、あんたこれ買いなさいよ!」

 半ギレ気味に瑪羽が差し出したヘアピン。

 それは大きな茶色の毛糸玉がついたヘアピンだった。それだけならまだしも、その毛糸玉には大きな目玉が二つ、縫い付けられた赤い毛糸の口らしきものがついている。

「なんですかー? この、ええとー、毛玉さん? は」

 そう尋ねるルビーに、私はぼそっと「イガマロン」と答えた。

「え? なんて?」とルビーが聞き返す。

 対して瑪羽は嬉々として、

「だから、みんなの正義の味方、大英雄イガマロンよ! かっこいいでしょう?」

 胸を張って語る。これは……補足説明が必要に違いない。

「あの、瑪羽が好きなアニメ番組で『大英雄(だいえいゆう)イガマロン』というものがあるの。そのアニメに出てくる栗を模ったヒーローキャラクターがこれ」

 私は目玉と口がついた毛糸玉を指差しながら言った。

「へー、そうなんだー」

 別のヘアアクセを見ながらルビーは頷いた。イガマロンの話に全く興味がないようだ。

「で? いろは、どっち買うわけ?」

 もちろん、イガマロンよね? と言いたげに、瑪羽は自信に満ちた強気な笑みを浮かべている。

 それに対しては本当に申し訳ないのだけれど。

「瑪羽、ごめん。ルビーが選んでくれた緑のヘアピンにする」

「ハァ!?」と瑪羽は予想通りの反応。

「えーと……」と怒り出した瑪羽にルビーは困っている。

 そうだ、とルビーは言い、

「あたし今日ー、お金多めにあるんだよねー。だから、その緑のヘアピンはー、あたしがいろはに買って、プレゼントするー」

「え?」と私がルビーの顔を見ると、彼女は笑って、

「だからー、イガマロンのヘアピンも買っちゃいなよー」

 と言った。

「プレゼントするって……いいの?」と私は聞く。

「いいのいいのー。いろはさんには、いつもお世話になってますのでー」

「ふふっ、何それ」と思わず笑う。

 私は瑪羽の方をちらりと見て、

「じゃあ、そういうことでいい?」と聞く。

「……い、いいけど。そもそも、そこまでするの馬鹿じゃない? いろはが一つだけ買えばいい話なんだから」

 瑪羽は瞬きを早めながらふいっと視線をそらす。

「んーでもでも、イガマロンもいろはに似合わなくもないと思わなくもないですし……」

「あんたそれ、ほんとに思ってるわけ!?」

 ルビーの発言に瑪羽が噛みつく。そして、

「もう、いいわよ! ルビーの選んだヘアピンだけ買っていきなさいよッ!」

 瑪羽は怒ってズカズカとレジの方へ歩いていってしまった。

「いやぁ瑪羽さん、面白いお友達だねぇ〜」

 ルビーは満ち足りた表情をしている。

「からかいすぎは駄目」と釘を刺しておく。

「分かってるよー。んじゃいろは、買いに行こうか」

 私とルビーもレジに向かった。




 お店の外を出る頃には、そこそこ辺りが暗くなり始める時間帯だったため、今日はこれでお開きの手筈となった。

 帰りの電車に揺られながら、明日からはルビーが選んでくれたヘアピンをつけて登校しよう、と私は胸に決めた。それを考えるとなぜか胸が温かくなった。

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