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本編




 暖かい。泣きすぎて目が開かないし疲れて眠たい……ゆらゆらと揺れているので誰が運んでくれているのだろう。ふわふわとした毛が当たっているので地元の狩人かもしれない。起きなきゃいけないけど緩やかな揺れが心地良くて、でも落ちないようにしっかりと掴まり直した。意識がまた落ちていく……。




 行商をしている両親と兄、弟の5人家族で山越えをしている時に魔獣に襲われ自分だけ連れ去られてしまった。

 今年は冬が早まりそうだから早めに次の街にと出発したが、冬に備えて蓄え始めた魔獣にとって私は良い餌だったのだろう。枯れ枝を拾いに少しテントから離れすぎてしまったのがいけなかった。枝を拾うためにしゃがむと影が射したと思ったらもう体を掴まれ宙に浮いていた。飛ぶ魔獣は巣に持ち帰って餌を食する。人ではない何者かに掴まれて身体が浮いた瞬間にもう家族の元に帰れない、自分の死が見えてしまい泣き叫ぶ事しか出来なかった。家族が気がついて何か言っていたがすぐに聴こえなくなった為、きっと飛ぶのが早い種類だったのだろう。すぐに絶望と息苦しさで気を失ってしまった。



 次にハッキリと目が覚めると洞窟の中に倒れていた。


「ここは……あの魔獣の巣なの? 」


 飛ぶ魔獣は木や崖の上に巣を作るはずなのにここは違う。起き上がると自分の下に木の葉や柔らかい枝が敷かれていた。立ち上がるには少し高さの足りない内部は出入り口の明かりのみなので薄暗いが、周りを見ても人が使っている感じでもない。自然に出来た洞窟のようだ。

ひとまず外に出ようとした瞬間に白い大きなものが出入り口に立ち塞がった。


「お、オオカミ?! 」


 でもオオカミは茶色や灰色だったはず。目の前にいる個体は真っ白だ。どういう訳か別の獣に捕まっただけで食べられるという私の運命は変わりそうにない。逃げ道を絶たれ腰が抜けてしまい座り込むと、目の前のオオカミも座りこちらをじっと見ている。


(まだ、食べないつもり? 他に仲間がいて帰ってくるのを待ってるのかしら)


 お互い座ったまま見つめあっているとオオカミが立ち上がりこちらに近づいてきた。目を瞑り、どうせなら苦しむ事なく一思いに齧ってくれたら楽なのにななんて考えていたがいくら待っても痛みは来ない。不思議に思い目を開けると目と鼻の先にオオカミが来ていた。


「!? 」


 初めて間近で見るオオカミは真っ白な毛並みに深い緑の目の色をしていた。驚きすぎて息が出来ないでいると膝の上に何かが落ちてきた。自分から目をそらすと襲われるかもしれないと思いじっと見ていたが、オオカミはフイと向きを変え出入り口まで行き寝そべり始めた。膝の上には秋に食べ頃になるカジィの実が3個置かれている。人が生で食べても問題ない果実だ。


「これ…私に食べろって事? 」


 どうして良いかわからず尋ねてもオオカミの尻尾がパタパタとしているだけでわからない。もしかしたらもっと太らせてから食べるつもりかもしれない。

 一気に色々な事がありすぎてお腹は空いていないが喉が乾いている。1個だけ食べてみると甘酸っぱさが口に広がり、数日前に家族で食べた味と何も変わらない。もう家族に会えない現実を突きつけられ一口で食べれなくなってしまった。するとまたオオカミが近づいてきて鼻先で実を押しつけてくる。


「やっぱり、これを私に食べろって事なのね」


 今のところこのオオカミの目からは【無】しかない。私を食べるつもりならもっと警戒し威圧的になるはずなのに全く感じられない。このオオカミが何を考えているのか分からないが逆らうと怒るかもしれないと思い、無理矢理食べた。


 3個食べ切るのを見守るとまた出入り口を塞ぐように寝転がりこちらを静かに見ている。緊張で疲れたのかまだ眠い……。また落ち葉と枝の上に寝転がりこれからどうすればいいのか考えているうちに眠ってしまった。



◇◇◇




 あれから何日かたったが、相変わらずオオカミは私を食べない。木の実や肉を取ってきては私に渡してくる。最初生肉を渡されたがさすがに食べられなかった。食べられないとわかったのか、次からは何故か冷えてはいるが肉は焼けているものだった。魚も同様で、川で獲った後にどこかへ持っていき帰ってきたら焼いたものに変わっていた。

 わかった事は洞窟のある一線を超えるとオオカミが唸って戻るように言ってくる事。たまに外に出れた時もぴったりとひっついて逃げないように見張られている事。川で水を汲んだり水浴びや体を拭いている時は遠くから静かに眺めている事。あとは夜に寒さから震えたら一緒に寝てくれるようになった事。


 最初ほど恐怖を感じなくなった事と寂しさから返事はない独り言だが、私はオオカミに話しかけるようになった。


「おはよう。今日は寒いね」

「雨が降ってきたわ。濡れてしまうからもっと中に入らないと」

「この木の実は初めて見るけど美味しいね」

「ねえ、寝る時に毛皮が暖かくて嬉しいけど、私が寄りかかると重たくない? 」


 目をパチパチしたり尻尾を振ったりとなんとなく答えてくれているような気がして嬉しくなり、益々話しかけてしまう。頭の上をスリスリと顎で撫でられるのも嫌じゃない。

 ある日の朝に異変が起こった。


「おはよう。水が無くなったから今日は川に行きたいけどいいかな?」


 返事がないのはわかっているが水筒を振って中身が無いことを見せた。


「……おは、よう。かわ。きょう。いく」


 オオカミが口を開き喋ったような気がした。驚き唖然としていると


「かわ。さかな。とる。きょう。ごはん」


 辿々しいが本当に喋っている。


「あなた、喋れるの?! 私が言っている事わかるの? 」

「やっと。しゃべる。ちょっと。でも、わかる」

「ねぇ。私をどうしたいの? 」


 ずっと気になっていた事を聞いてみた。オオカミは少し考え、


「まだ。このまま。まだ、においついてない。なってない。まだ。だめ」


 よくわからないがこのままでいろというのはわかった。


「私の事食べるの? 」

「まだ、だめ。いて。たべない。ぜったい、たべないからいて」


 食べないのにまだこのままでいろというオオカミの考えがさっぱりわからなかった。


「いて、ここにいて……」


 甘えるように頭を押しつけてくる。敵意はないし、【まだ】という事はそのうち帰してくれるのだろうから頷くしかなかった。


 その日を境にオオカミはどんどん喋り始めた。話し方もすぐ流暢になり今では普通に喋っている。名前が無いというから【オルレア】と呼ぶ事にした。


「マナ。服持ってきた。毛布も。寒くなってきたからこっちに着替えて」

「この服どうしたの?人の服じゃない」


 ある日オルレアが身体に荷物を縛り付けて帰ってきた。出ていく時に何度もいなくならないか確認されたが、絶対にここにいるからと伝えると何度も振り返りながら出かけて行った。服のデザインは幾分古いが厚みもあり暖かい冬用の物だ。まさか盗ってきたのかと思っていると


「ばあさんの昔の服だって。じいさんくれた」

「え? オルレアは誰かと会っているの? 」


 詳しく聞くと小さい頃に助けてくれた山小屋の老夫婦の所に行ったとの事。今までの焼いた肉や魚はどうもここから貰ってきてたらしい。喋れるようになり、何故焼いた物を欲しがるのか伝えると服や毛布など色々とくれたそうだ。ただ、対応はおじいさんだけらしく、おばあさんはオオカミを怖がっているのでおじいさん一人の時に姿を見せるようにしているらしい。


「じいさんあんまり喋らないけど、俺が行っても怒らないし怖がらないんだ。喋れるようになったって言った時も少し嬉しそうだった」

「急に話し出して驚かなかったの? 」

「うん。そうかって」


 どうもおじいさんはオルレアの事情をわかっているみたいだ。


「ねえ、マナ。今日寝る時に俺の話聞いて? 今ならちゃんと話せると思うから」

「……わかったわ。それじゃあ先にご飯にしましょう」


 おじいさんは服以外にも石鹸、塩、小型ナイフ、暖炉代わりにも使える保温機能付き守護魔石や小さい肉や魚に火を通せる加熱布も持たせてくれていた。久しぶりに暖かいご飯を食べる事が出来るのが嬉しかった。


 夜暗くなるのも早い季節のため食べ終える頃には星空が見え始めた。早速洞窟内で守護魔石を発動させ、これで暖かく安心して眠る事が出来る。毛布もあるのでそこまで寒くないのだか、オルレアは一緒に寝たがったので今まで通り一緒に丸まって寝る事にした。


「俺は山オオカミなんだ。山オオカミは普通のオオカミと違って獣人族のまつえい? なんだ 」

「獣人族……。昔話でしか聞いた事ないわ」

「なんかね、急に山オオカミが減ったんだ。それに山オオカミの毛皮は暖かいだけじゃなくて、時には魔力を防いだりする事も出来る。だからかニンゲンは山オオカミを次々に捕まえていったんだ。いくら強くて走るの早くてもいっぱいのニンゲンに追い詰められたらさすがに勝てなかったらしい」


 毛皮が一般市民には手が届かない金額で取引されているというのは噂で聞いた事がある。てっきり希少性と毛並みの素晴らしさから高いものだと思っていたがそれ以上の価値があるみたいだ。


「山オオカミはオオカミと似て毛色が灰色なんだ。なのに俺は真っ白でしょ?山オオカミはニンゲンに見つからないように生きなきゃいけないのに俺の白は森の中で目立つんだって。だから母ちゃんは俺だけ群れから離して別の所で育ててくれたんだ」


 確かにこんなに真っ白だと薄暗い森の中でも目についてしまうだろう。


「だけど群れのボスは許さなかったんだ。群れを守る為にはキケンな俺をどうにかしないといけない。だからまだ小さい俺を川に放り投げたんだ。溺れて身体が重くてもうダメだって思った時に拾って助けてくれたのがじいちゃんだよ」


 何も言えずただオルレアの毛を撫でる事しか出来ない。


「最初じいちゃんは俺の事犬だと思ったんだよ。丁度いいから猟犬にしようと思って育ててくれたんだけど、俺がニンゲンの言葉をハッキリと理解している事に気がついたんだ。じいちゃんは山オオカミについて知ってたから俺にどうしたいか聞いてくれた」

「どうしたいか? 」

「うん。山オオカミはニンゲンの言葉を理解するだけじゃなくて話す事が出来る様になったら一人前なんだ。でも俺は小さい頃に親から引き離されたから言葉は教えて貰えなかった。じいちゃんがこのまま話す事が出来ないままでいても問題は無いだろうって。それならただの毛色の珍しいオオカミとして生きていける。山オオカミとして生きたいなら教えなきゃいけない事がいっぱいあるって。俺は俺を捨てた山オオカミにはなりたくなかった。だからじいちゃんの元を去ってたまに会いにいくぐらいにしたんだ。でもこの色だとオオカミの群れにも入れなかった。だからずっと俺だけで生きてきたんだ」


 オオカミは群れで生活をすると聞いた事があったのにオルレアが単体でいたのはその所為だったのだろう。


「ある日、ヒューグラフっていう鳥の魔獣の巣に卵が無いか見に行ったんだ。あの卵はニンゲンが欲しがるものだから、あったらじいちゃん達に持っていってあげようと思って」


 ヒューグラフは鳥型の大型魔獣だ。卵は深い傷でも再生させる事が出来る貴重な材料で、鳥の羽も装飾品として高く取引されている。


「そしたらさ、まだ早かったみたいで卵無いんだよ。巣にヒューグラフもいないし。なーんだって思ってたらあいつ何か持って帰ってきてさ。それがマナだったんだよ」


 私を掴んだのはヒューグラフだったんだ。掴まれたら何がなんでも離さないといわれるぐらい自分の獲物に執着心が強く、奪い返すのが難しいと言われている。


「わ、私そんな魔獣に捕まってたのね……」

「うん。でもあいつ巣に帰ってきたから油断したんだろうね。パッとマナを離したんだ。卵は無かったけどニンゲン連れて帰ったらじいちゃん喜ぶかなって思って俺がマナを奪ったんだ」

「おじいさんは喜ばないと思うけど……。ヒューグラフは怒ったんじゃないの? 」

「あいつが? 俺に? 俺の方がすごい強いから怒らないよ。あいつが油断して離したのがいけないんだ。でもさすがに悪いかなって思ったから俺の毛を少しわけてやったんだ。冬毛に変わる時期だったから抜け毛だけど」


 私の代わりに毛を渡すというのがいいのか悪いのかよくわからない。どう答えていいのか悩んでいると


「俺の毛には抜けた後でも魔力が残っているんだ。その毛を巣に入れると俺より弱い奴らは巣に寄り付けなくなる。餌は奪われたけど巣が安全になったから子育てしやすくなったんじゃないかな」

「なるほど。でも私おじいさんの所じゃなくてこの洞窟にいたよね? おじいさんの所に持っていこうとしたんでしょ? 」


 そうだ。その話の通りなら私はおじいさん達の所で目を覚ましたはず。だけど実際は違った。


「それは……」


 オルレアが喋り辛そうにモゴモゴとしている。


「オルレア? 」

「マナをね、背中に乗せて運んでる時にマナが俺にぎゅってしてきたんだ。なんでかわからないけど、なんかじいちゃんの所に行きたくなくなったしなんならマナを誰にも見せたくなくなったんだ」


 うっすらと覚えている。運んでくれていたのは狩人じゃなくてオルレアだったんだ。


「でも起きたマナは俺を怖がってたからどうしたらいいかわからなくて。食べ物持ってきたら喜ぶかなって。ニンゲンが生肉食べないって知ってからは、じいちゃんの所からとってきたりした。そのかわり生肉置いてきたよ。あと居なくならないかずっと見て……水飲む為に川に行ったら凄く嬉しそうだったからその顔見たくて、本当は嫌だけど外にも一緒に出たんだ」


 ずっと暗い洞窟の中だと色々と考えて不安でしょうがなかったから外へ出れたのは確かに嬉しかった。まさかそんなに観察されていたとは知らなかった。


「そしたらどんどんマナは俺に話しかけてきてさ。俺、マナと話したいってすっごい思うようになったんだ。だけど俺喋れないから尻尾や目でちゃんと反応してわかってるよって伝えてたけどわかった? あとマナの言葉を聞き逃さないようにしてたんだ」

「うん。オルレアが私の言葉に反応してくれてるのはわかってたよ」

「良かった。そしたら俺の中で言葉が溜まった感じがして、急に声が出るようになったんだ。声が出るようになって、マナと話せるってすごい嬉しくて。でもマナは帰りたいって言うし……」


 しょんぼりと尻尾と耳が垂れ下がった。


「オルレアはあの時に【まだダメ】って言ってたのは何でなの? 」

「マナが俺のだっていう匂いがついてないから。じいちゃんに匂いの付け方聞いてきたけど、まだしっかりついてなかったし」


 匂い付けってあの顎で頭をなでなでするのかしら?


「ねぇ、マナ。もう俺一人ぼっちは嫌だよ。マナと一緒にいたいよ」


 辛そうに呟くと体を丸めてぎゅっとされてしまった。オルレアと一緒にいるのは嫌じゃない。でもこのままここにいるのはどうなんだろう……やっぱり家族にも会いたい。


「私もオルレアと一緒にいたいけど、このままって訳にはいかないわ。家族にも私は無事って伝えたいし……」

「本当?! 一緒にいてくれる? それならいいよ。マナの家族に会いに行こう。俺、匂いでわかると思うから探せるよ。でも冬はここにいたいな。多分そろそろだろうし」

「いいの?! わかったわ。じゃあこの冬はここでオルレアと一緒にいる。冬の準備しなくちゃね」


 背中を撫でながら言うと尻尾が嬉しそうに振っている。


「マナ。マナ。ずっと一緒だよ」

「ふふふ。皆に紹介するわ。オルレアの事」


 鼻先をぐりぐりと首元に押し付けながらオルレアは嬉しそうだ。よしよしと撫でてやると安心したのかあくびが出始めた。今日はもう寝ようと言い、そのまま一緒に眠った。




 ふと目が覚めた。もうそろそろ起きなければと思うが、何か重いものが乗っている感じがして身体が動かない。目を開けると目の前に男の人の胸元がある。ビックリして一気に眠気が飛んだが離れようにもこの人の腕や足で抱きしめられて動けない。上を向くと白い髪の毛の若い男性がすやすやと眠っているではないか。もしやと思い声をかけてみた。


「オ、オルレア? 」


 まだ眠いのかううーんといった感じでもぞもぞしていたがもう一度声をかけると


「マナ? んん〜、まだ早いんじゃない? 」


 完全に声がオルレアだ。でも何故人になってるのか訳が分からないし、なにより何も着ていないオルレアが恥ずかし過ぎるので叩き起こした。


「オルレア! な、なんでどうなってるの? とにかく一回離してっ! 」

「あいてっ! どうしたの急に? ってあれ? 俺変わってる! 」


 起きたオルレアは自分の身体を見回している。驚きというよりは何故か嬉しそうだ。


「とにかくっ! 何か着て! 」


 そういえば服の中に男の人の服もあったはず。急いで持ってきてオルレアに渡すが着方がわからないという。こういう服も一緒に持たせてくれたって事は、おじいさんはこうなる事を予測してたって事かしら。


「服ってまとわりついてへんな感じ。これ脱いじゃだめ? 」

「ダメっ! それよりもどうなってるの? オルレアはこうなる事がわかってたの? 」

「うん。じいちゃんに教えてもらった。言葉が喋れるようになったら次は身体を変化するだろうって。でもニンゲンの身体がどうなってるのかわからないからマナが水浴びしてる時に形やどうやって動くのかとか見てたんだ」


 河で遠くから眺めていたのはそういう事だったの!てっきり周りを警戒したり邪魔にならないように遠くにいたのかと思ったら、自分の姿を観察されていたと言われ恥ずかしさで死にそうだ。


「動かし方を頭に入れれば変化出来るはずって言ってたから、そろそろ変わるかなって思ってたんだ。どう? 俺、変じゃない? 」


 オルレアの年齢の問題なのか、女の私を見ていたからなのかわからないが、少し線の細い男性といった感じだ。髪が白く長く緑の大きい目をしている。童顔なので可愛さもあるカッコ良さでオルレアだと分かっていてもドキドキしてしまう。


「うん。ちゃんとニンゲンになってるよ。もうオオカミの姿には戻れないの? 」

「もう覚えたからいつでも戻れるよ。当分はこっちに慣れた方がいいから、狩り以外はニンゲンの姿でいるつもりだけど。マナはこっちよりオオカミの姿の方が好き? 」


 目をキラキラさせながらずいっと近づき尋ねてくるオルレアに少し押され、言葉につまってしまった。


「マナ。マナが嫌ならオオカミのままでいるよ。俺はどっちでもいいんだ」

「嫌なんて事ない! どっちでもオルレアでしょ? 今まで座ってると目線が同じだったから少し上向いて話すのに戸惑ってたの」

「そっか。確かに俺よりマナの方が小さいね。今までより撫でやすい」


 更に寄ってきてすりすりと顎で頭を撫でてきた。オオカミの時は何も気にしなかったのに人になった途端恥ずかしくてしょうがない。


「オ、オルレア。撫でるなら顎じゃなくて手を使って」

「あ、ごめん。つい癖で。こんな感じ? 」


 なでなでと自分よりも大きい手で撫でられる。物凄く嬉しそうな顔でこっちを見るものだからどうしていいかわからない。私ばかりが戸惑っているのが悔しくて、お返しにオルレアの頭を撫でてあげると溶けそうなぐらい優しい顔になった。2人で朝から頭を撫で合っていたがお腹が空いたので朝ごはんを食べる事にした。


 ニンゲンになったとはいえ味の好みは変わっていないらしく味のついた物はあまり食べなかった。二本足で歩くのも戸惑っていたのは最初だけですぐに走れるぐらいまで慣れてしまった。冬支度をしなければいけないので木の実や肉を乾燥させたり、寝床を暖かくしたりと毎日忙しく過ごしオルレアはたまにじいちゃんの所に行ってくるといって出かけていくが、基本一緒に行動をした。

 流石に恥ずかしいので寝る時に何度か別々でと言ってみたが、オルレアが断固拒否。一緒に寝てくれないならもう服を着ないと言い出したのでしかたがなく2人で引っ付いて寝る事になった。


 そうして秋を過ごし、冬になった。寒いので川で身を清めるのは諦めるしかないかと思っていたら、山の一部にお湯が湧いている所があるらしく、天気の良い時に入りに行ったりした。また洞窟の中でオルレアに文字を教えたりして言葉を更に増やして過ごしていたが、たまにオルレアがぼーっとする事が増え、寒いからかな? ぐらいにしか思っていなかった。


「マナ。寝るよ。早く早く」


 木の葉と木の枝を増量し毛布もある寝床でオルレアが待っている。最初の頃はあんなにドキドキしたのに私を抱き枕みたいに抱くと、オルレアはすぐに寝てしまうので一緒に寝るのもいいかげん慣れてきた。


「はいはい。今行くわ」


 横に転がると早速抱きついてきた。いつものようにすぐに寝るのだろうと思っていると、今日は頭を撫でながら更に強く抱きしめてきた。


「どうしたの? 眠くない? 」

「ううん。マナが俺の腕の中にいるのが嬉しいんだ。今日じいちゃんにどんな様子だ、とかマナの事色々聞かれてね。最初はオオカミの姿でもマナと居られればいいと思ってたんだ。でも俺、マナの隣に立つならニンゲンの方が良いって言ったんだ。だって、こうやって抱きしめられるし、手を繋いで歩く事が出来るでしょ」

「そ、そう」

「そしたらじいちゃんが、それはマナを【番】って思ってるって事だろうって。番はたった一人だけでずーっと一緒にいたい相手なんだ。俺ね、マナの事番だと思ってる。俺以外の奴と番になって欲しくない。俺、マナと番になって子どもが生まれて……家族になりたい。マナは獣人族の俺と家族になるのは嫌? 」


 驚き顔を上げると熱のこもった目でこちらを見ている。ずっとオルレアは私の事を姉か母親代わりのように思っていると思っていた。


「でもね、マナが嫌がるならそこは諦めなきゃいけないって言ってた。人と獣人が一緒になるにはお互い覚悟を決めないといけないから。もし断わられたら、後はわしがどうにかするからってじいちゃん言ってくれた」

「後はどうにかするってどういう事? 」

「春がきたら、マナが家族のもとに帰れるように」

「オルレアはどうするの? 」


 にこりと笑って答えてくれない。またぎゅっと抱きしめられ、顔が見えなくなってしまった。


「さっきも言ったけど、俺はマナが一番だからマナに従う。今まで俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。だからマナがどうしたいか教えて? 」

「私は……」


 最初は怖くて仕方がなかったけど、オルレアはずっと優しかった。

 外に出ないように唸っていたのもまた魔獣に襲われる危険性があるから、オルレアの匂いを私に付けて他の魔獣が近づかないようにする為だったのだ。生肉を食べないと知ると次の日には焼いた肉を。本当は外に出したくないけど外に出ると喜ぶからちょくちょく出してくれた。話しかけると目を見てじっと聞いてくれる。寒いと思ったらスッと寄ってきて、寂しくて泣いているとペロペロと涙を拭って慰めてくれた。春になったら家族を探して会わせてくれるとも言ってくれた。

 そうだ、オルレアはずっとずっと私を大切にしてくれた。ニンゲンになってもそれは変わらない。少し幼い感じがしていたのに言葉を知り、他と触れ合う事で心が成長したオルレアはこのまま私をここに縛り付ける事が悪い事だと思ったのだろう。無理矢理そばに置いておく事だって出来るのにそうしないのがオルレアらしいところだ。


 ここまで真っ直ぐに自分を求めてくれるオルレアが愛おしくてたまらなかった。またその想いに応えたいと思う自分がいた。



「私もね、オルレアと一緒に生きたい。家族になりたいな」

「ほ、本当? 俺、もうマナの事離してあげられないよ? 」

「うん、本当。私もオルレアが好きよ」


 言葉がスッと出ていた。オルレアがポロポロと泣き出した。今まで喜びや悲しみの顔は見てきたが泣かれたのは初めてだ。ひとまず服の裾で拭いていると手を掴まれた。


「ありがとう、マナ。俺、マナの事ずっと大事にする。いつまでもマナが笑っていられるように頑張るね」

「ふふ、私もオルレアが幸せになれるように頑張る。2人で一緒に頑張れはいいんだよ」


 ぎゅうきゅうに抱きしめられ少し苦しいが嬉しさの方が大きい。心の中が幸せで満ちている。


「あ、あのね。その……マナにちゃんと俺の匂い付けしたい」

「ん? 頭ナデナデ? 」

「それじゃ少ししか付かないからもっといっぱい。子どもつくることしたら俺の匂いいっぱい付くんだ」

「……え?! 」

「イヤ? 」


そそそれはそういう事だよね? さっき家族になろうと話したのだからここで嫌がるのは違うよね?


「わかった。でもオルレアやり方わかる? 私はなんとなくでしか知らないから、あんまりわかってないよ? 」

「大丈夫! じいちゃん本見せてくれた。わからない所も聞いてきたし」


 自信満々に言っているがおじいさん大変だっただろうな……。純粋だからなんでも聞いてきそうだし。オルレアとそういう関係になるって決めたんだから私も覚悟を決めないと。返事をする代わりに抱きしめ返してオルレアに任せることにした。



 


 

 それから春になるまで穏やかに、たまに愛し合いながら過ごした。晴れの日が増え、雪が溶けて道を歩けるぐらいになった時に山を降りた。崖や岩場はオルレアが抱えてくれたが、ニンゲンになったとはいえ身体能力はそのままらしい。

 それほど時間はかからず山小屋にたどり着いた。小屋の外でおじいさんが薪割りをしている。


「じいちゃん! 久しぶり。連れてきたよ 」


 パッと顔を上げしかめっ面でこちらを見ている。


「あ、あの、初めまして。私マナと申し……」

「話なら中に入りなさい。お前はここで薪を割っとけ」

「はーい」


 ぶっきらぼうにそういうと家の中に入ってしまった。オルレアは言われた通り薪割りをするみたいだ。おじいさんについて行くと椅子を指差されそこに座れと言われた。大人しく座っているとお茶を出され、おじいさんは机を挟んで目の前にどかりと腰を下ろした。


「名前を聞いていいか? 」

「は、はい! 私、マナ・マクレーバーと申します。年は16歳です」

「マクレーバー……? あのマクレーバー政務官の娘か? 」

「あ、いえ。政務官をしているのは叔父です。私の父は叔父の兄になりまして、行商をしています」

「マクレーバー商会の方か……なるほどな。肝が据わっているわけだ」


 王都で勤めている方では無いと知りほっとした様子だ。


「わしはグルグナだ。苗字は持っとらん。山小屋で半分自給自足しながら狩りをして、その獲物で生計をたてとる。妻のリアは今裏で洗濯しよるわ」


 オルレアに聞いていた通り、2人きりみたいだ。


「あいつの顔をみればわかるが、マナさんはあいつと番うつもりなんだな」

「はい。一緒に生きていきたいと思います。もう私にとっても離れがたい相手です」


 真っ直ぐと目を見て話した。ここで恥ずかしがって目を逸らすと迷いがあると勘違いされてしまうかもしれない。間違えてはいけないのだ。

 ふぅとため息とともに立ち上がると棚から一冊の本を持ってきた。


「これはマナさんに渡しておく。これから先、獣人族の事で知りたい事があったらこれを読みなさい」


 キチンとした本ではなく手作りのものみたいだ。ぱらりと中を開くと獣人族の習性、成長過程などが記載されている。こんなもの見た事ない。


「これは……」



 おじいさんがどうしてこの本を手にしたのかを話してくれた。


オルレアとおじいさんの出会いは、前に聞いた通り川で拾ったそうだ。最初は犬だと思って狩りに連れて行ったりしていたのだが、子犬にしては賢すぎると気がついた。狩りの最中に動くなよといえばぴたっと動かない。獲物を拾いに行かせ、離しなさいと言うとすぐに口を開ける。まだ遊びたい盛りの仔犬にそれらの事はなかなか難しいそうだ。だけどおじいさんも山オオカミとはまったく疑わず、どこかで猟犬として躾けられていたのか? と疑問に思うぐらいでそこまで深く考えていなかった。


 ある日おじいさんは一人で山に入り、キノコを採っていたら、目の前に毛並みの綺麗な灰色のオオカミが佇んでいた。静かに見つめられ逃げるにも動けないでいるとそのオオカミが


「あの子をどうするのです」


と話しかけてきたらしい。オオカミが喋る事と誰の事を言っているのかわからず不思議に思っていると


「あの白い子はどうするつもりです」


とまた尋ねてきたそうだ。白いのと言われてあの仔犬の事だとわかった。うちで飼って猟犬にするつもりだと言うとそのオオカミの目が少し和らいだそうだ。そこから白い子が犬ではなく山オオカミである事をいわれたが、それでもおじいさんは考えを変えないと伝えた。灰色オオカミは数日中に男が訪ねてくる。その男が持ってきた本をよく読みなさい。それでなおどうするかをその男に伝えなさいと言って去って行ったそうだ。


 その数日後に本当に男が訪ねてきた。その時にこの本を渡されたのだ。今は仔犬ぐらいだが、大きくなれば犬と言うには無理がある大きさになる事、山オオカミは匂いで嘘がわかる事が書かれていた。また言葉を聞き覚え、話し出すこともその時知った。


「最初の山オオカミはあいつの母親だろう。声色からしてメスだと思うしな。わしがそこで山オオカミと知り、あいつを売り飛ばそうとか、殺して毛皮を剥いでやろうなんて考えが少しでもあったら嘘を見抜かれてその場で殺されていたさ」


 このまま犬としてうちで飼うには難しい。口数が少ないとはいえニンゲンの近くにいれば話し出す可能性もある。そうなるといよいよ犬として誤魔化せない。本を持ってきた男に相談すると、自分で選ばせてやればいいと言ったそうだ。そこからはオルレアに聞いた通りだ。

 山に入ったとはいえ、オオカミの群れにも入れず一匹でいるオルレアがたまに家に来るのは邪険に出来なかったそうだ。


「わしが話せるのはそこまでだ。あいつもわからんだろうがな」

「あの、色々とありがとうございます。この本もそうですが、着替えとか道具諸々は本当に助かりました。今手持ちが無いのでまたーー」

「いらんぞ。あれは在庫が余っとったんだ。人間の番を見つけたという事はここから去るという事だ。餞別だと思っとけ」


 こういう頑固そうな人は何言っても受け取ってくれないんだろうな……。無理にいうとヘソを曲げちゃうかもしれないし。


「あとコレも渡しておく」


 ガチャリとお金が入った袋を押し付けられた。驚き流石に貰えないと返そうとするがこれもまた受け取る気が一切ない。


「さっきの道具やら着替えは餞別だ。それはお祝いだから素直に受け取っておけ。これから先無一文というわけにはいかんじゃろ」

「どうしてここまでしてくださるんですか? おじいさんにとって私もオルレアも……」

「わしらは子どもがおらん。オオカミ姿とはいえ嬉しそうに懐いて、ワシらの為に色々なものをここに持ってくるあいつに少し情が移っただけだ。人間の姿になってからは、ばあさんとも仲良くしておったし…充分拾った恩は返してもらったさ」


 少し耳が赤いような気がするのは気のせいとしておこう。


「ーーありがとうございます。これから私の家族と合流するつもりなのですが、またこの近くを通った時は寄らせていただきますね」

「ふん。好きにせい。あと、ばあさんは少しぼけてるからその服の事も覚えておらん。下手に礼など言うんじゃないぞ」


 頷くと話は終わりとばかりに外に出て行ってしまった。そろそろオルレアも薪割りが終わった頃だろう。


 裏で洗濯をしていたおばあさんにも挨拶をし、一番近い町を目指すことにした。魔物だって獣だって俺がいたら大丈夫だからねと言い、繋いだ手をぎゅっと握ってくる。わかっているとこちらからも握ると嬉しそうな顔をして歩き出した。

 わからない事も多いが、愛おしいこの手を離さないようにしっかりと握って行こうと思う。

その後としてマナの家族と合流した時や後の事を載せる予定です。まだ謎にしている部分もありますので、そちらはこれとは違う別のお話で明かせたらいいなと思います。


お読みいただきありがとうございました。

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